「顔は、おまえの頭の中に焼きついている男に似せてやった。着せた服は、他の夢の番人と同じものだ。乱暴に扱うなよ」
かけられた声でゆっくり目を開けると、顔を覆う白金髪に目が留まる。肩のラインを少し超えたそれに触れながら、着ている服に視線を移した。
首元にはストールが巻きつけられていて、神父が身につける祭服のようなデザインの服の長さは足首まであり、前開きでボタンがたくさんついていた。色は深いグレーで、腰には縄のようなものが巻きつき、しかも――。
「なぁ、どうして下着をつけていないんだ? スカスカして気持ち悪い」
「人間は物を食べて活動しているが、夢の番人は何を食べて活動できると思う?」
「夢。じゃないのはわかります」
下着をつけていない時点で何となく答えがわかったが、あえてそれを口にしなかった。
「答えは人間の『精』だ。インキュバスやサキュバスという言葉を聞いたことがあるだろ?」
「つまり善人の悪夢を消し去りながら、淫行しろということでしょうか」
「もちろん夢の中でだ。現実世界でも不特定多数の相手と、いろんなコトをしてきたおまえなら、それは簡単な行為だろ」
(俺が選ばれたワケって、間違いなくそれだろ――)
「ぁ、あの……人間の精が夢の番人にとって大切なことはわかるんですけど、この躰に精をいただくって、つまり――」
両手を握りしめながら訊ねた高橋の言葉は、ところどころ震えるものになった。
「受け手側になればいいだけのことだ。おまえの趣味趣向に合わせて、綺麗な顔をした男の躰にしてやったが、女の躰にすることも可能だぞ」
「や、それはちょっと……」
夢の中とはいえ、いろんな男に抱かれなきゃ生きていけない自分の境遇に、深い落とし穴に落とされた気分に陥る。
「ちなみに悪夢の消し去り方だが、腰の縄を外してみろ」
黙ったまま言われた通りに外してみたら、手にしっくりくる黒光りした鞭に早変わりした。
「夢の番人の装備品は、使い慣れてるものがいいと思って、私がいつも選んでいる。おまえならその武器を、自在に操ることができるだろう?」
「そこまで上手く扱えるとは、自分では思っていませんけどね」
「謙遜するな。それを使って、悪夢の中にいる原因を鞭で打てばいい。さすればおまえは生きた躰に、無事に戻ることができるのだからな」
「はい……」
楽しくプレイするのに使っていた現実とは違い、元の躰に戻るために、鞭を使わなければならないとは情けない。
「悪夢の大きさや内容が酷くても、徳の大きさは一定だ。回数を多くこなすのが、もっとも早く戻るコツで――」
(――おいおいそれって、どこぞのブラック企業の仕事と同じ質じゃないか)
「悪夢の中で自分の身を守れなかったら、そこで終了だ。おまえの魂そのものが消失する。それに伴い、残された肉体も死亡してしまう仕組みになっている」
「そうですか……」
「あとは、夢喰いバクに気をつけること。ヤツらの食い物は夢そのもので、夢と一緒に食べられたら一巻の終わり。近づいてくるときは、地響きのような大きな足音を立てる。よく注意するように」
創造主の言葉を聞いているうちに、心底うんざりしてきたせいで、手に持っていた鞭を力なく手放すと、自動的に縄に戻って腰に巻きついた。こんなに万能な道具を使っても、死に直結するかもしれない現実が信じられなかった。
「俺は夢の番人として、命がけの仕事をしなければならないんですね」
「そうだ、命をなげうった罪の深さを思い知るがいい。世の中には、生きたくても生きられない人間がごまんといる。苦労して仕事に携わるように」
創造主から告げられた、逃げ出したくなる仕事の内容を聞いていたら、聞き覚えのある声が頭の中に再生される。
『物分かりのいい君が傍にいてくれることを考えると、本社で随分と仕事がしやすくなるだろう。期待しているよ』
すべてはあのとき――牧野に目をつけられ、汚れ仕事に従事させられる身の上が嫌になって、結果的に死に急いだ。もしあの男に刺されなかったら、今頃どうなっていただろう。
「おまえの中に、牧野という男に抗う気力はあったか?」
高橋の心の内を読んだ創造主が、疑問点を投げかけた。
「気力どころか途中で精力も削がれて、ただの操り人形になっていた俺は、遅かれ早かれ死んでいたでしょうね」
「ならば、牧野に復讐するために生き返るという理由で、夢の番人の仕事に励めばいいだろう?」
「復讐ですか……」
牧野に頼まれた仕事の関係で、幾分かの弱みを握っているのは事実だったが、証拠になりそうなものを、そのままにしておくような男じゃないこともわかっていた。
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