【お願い】
こちらはirxsのnmmn作品(青桃)となります
この言葉に見覚えのない方はブラウザバックをお願い致します
ご本人様方とは一切関係ありません
不良やさぐれ神父(桃)の元に、真面目な悪魔(青)がやって来た話。
「神っ〇いな」の合唱のときのビジュを想像して読んでください…!
柔らかい木漏れ日がステンドグラスの色を床に映す。
薄暗い教会の内部は、それでも暖かい日差しが差し込めば眩しく思えて目を細めたくなった。
静かなその空間に流れるのはパイプオルガンの優しい音楽だけだ。
ただそのオルガンは今では自動演奏機能なんてものがついていて、情緒という面では何だか物足りない。
それでもその音に耳を傾け、祈りを捧げに来る人は多い。
救いを求めているのか、それとももっと別の願いがあるのか……いや、後者の方が多いかもしれない。
低めの声で聖書を朗読する俺に集まる視線が、純粋に主に祈りに来たと思えるようなものばかりではなかったからだ。
「……だっる」
ミサを終え、信者たちが帰って行った後。
教会裏の小さな森のような場所で、そんな呟きと共に倒れている木をベンチ代わりに腰を下ろす。
胸の下辺りに提げたロザリオは、日の光を受けてきらりと煌めいている。
その連なった珠の部分を手で払い、胸のポケットを探った。
そこから取り出した煙草を咥えると、オイルライターで先端に火を点けるいつもの流れ。
じじ、と小さく焦げ付いていく音がする。
煙草を唇に挟み、大きく息を吸った。
肺を充満していく煙は、この年になっても「美味い」なんて感覚はなかった。
それでも習慣と言えばいいのだろうか、この感覚が胸の奥底の何かを埋めていく実感は沸く。
それを一般的には「中毒」なんて言うんだろう。
聖書を読み、教えを説き、祝福を授ける…そんな一連の流れを終えた後は、いつも言いようのない気怠さに襲われる。
熱心な信者ばかりではない。
ミサが目的ではなく、俺に好奇の目を向けてくる「敬虔」とはほど遠い女たち。
うんざりする、と考えてから、何だかおかしくなった。
「不敬は俺の方か」
ふーっと長い息と共に煙を吐き出す。
自嘲に似たそんな呟きは、誰の耳にも届かずに虚空へと消える。
……いや、消えるはずだった。
「びっくりした、不真面目な神父もおるんやな」
急に降ってきた声。
…いや、例えではなく本当に「降ってきた」。
煙草を指の間に挟んだまま、勢いよく顔を上げる。
そんな俺の両の目に映ったのは、全身黒…たまに差し色で青が入っている服をまとった長身の男。
…いや、それはまだいい。
問題は、その頭に角みたいなものが生えていることと、空中から数十センチほど浮いていることだ。
「……は…?」
思わず目を見開いたけれど、思考は思ったよりも冷静でクリアだった。
バッと勢いよく立ち上がり、煙草を投げ捨てた代わりに首から提げたロザリオに手を伸ばす。
「あー、そういうん無駄やで。俺には効かんから」
ぷかりと浮いた足を、そいつは楽しそうにぶらぶらさせる。
それから意味もなく空中で一回転したかと思うと、「ふふ」と得意げな笑みを浮かべた。
教会のステンドグラスみたいに透き通る青い瞳が、ふっと細められる。
「あく…ま…?」
途切れがちな声でそんな単語が口から漏れた。
さすがの俺でも悪魔なんて本当に目にしたことはない。
それでも頭の角と、一回転したときに見えた後ろの長い尻尾。
何より空中に浮くなんていう人間離れした技を披露する目の前の男を、それ以外の言葉で説明することができない。
戸惑い気味の俺の言葉に、男はもう一度微笑んだ。
Ifと名乗ったその悪魔は、教会から少し離れた場所にある俺の家までついて来た。
「If…いふ…いふまろ………じゃあそうだな、まろって呼ぶわ」
タイトなズボンのポケットに手を突っ込んだまま歩く俺の後ろに、まろは宙に浮いたまま続く。
連想ゲームさながらに呼び名を決めた俺の言葉に、「えぇぇ」と少し不満そうに眉を寄せている。
「どっから来たん、『まろ』は」
「何となく」
「…まぁ何でもえぇけど。かわいいし」
かわいいか?『まろ』が? 悪魔の感覚はよく分からない。
小さく首を捻りながら、家の玄関ドアを開けた。
悪魔が目の前に現れる…つまりは死期が近いということだろうか。
それか人として地の底まで堕落させられる…?
どちらにせよ人間としての尊厳は損なわれるに違いない。
だけど目の前の悪魔は、人間の生活に興味があるのかわずかに目を輝かせてきょろきょろと室内を見渡していた。
今すぐ俺をどうこうするという気はないらしい。
…まぁ死ぬ前に、少しくらい相手してやってもいいか。
なんて思って、ブラックコーヒーとミルク入りのココアを淹れて目の前に並べてもてなしてやる。
2つ並べられたそれを見比べたまろは、匂いを感じ取ったのか直感でなのか、甘いココアの方に手を伸ばした。
「うまい?」
ソファに座って足を組んだ態勢で尋ねると、まろは小さく…だがはっきりと頷く。
へぇ、悪魔って味覚あるんだな。
煙草も食事も大してうまいと思わない俺よりも遥かに人間らしい。
食事はうまいから食うんじゃなくて、ただ空腹を満たすためだけに毎日体内に取り込んでいるだけのようなものだ。
「なぁ死ぬときってどうやって殺されんの? 痛いのは嫌なんだけど」
残されたブラックコーヒーの方に手を伸ばし、俺はそう言いながら口を付ける。
問われたまろの方は、ココアで湿った唇を一度だけぺろりと舐めた。
「…びっくりした。不真面目なだけやなくて聞き分けもいいんやな」
「別に未練も何もないからなぁ、この世にもこの体にも」
自暴自棄になっているわけではない。ただ本当に関心がない。
自分の生き死にすら、ここで道が途絶えるならそれはそういう運命だったのだと思うだけだ。
…ただ、痛いのは絶対に嫌だけど。
「まぁそんなん後でえぇやん。それより神父ってなんか朗読するんやろ? やってみてよ」
「聖書? そういうのって悪魔にとってどうなん。消滅したりしないわけ?」
「本に書かれとること朗読するだけで消滅するわけないやん」
けたけたと笑って、まろは向かい合わせのソファからこちら側にひょいと飛び移ってくる。
しゃーねーな、と呟いて俺は近くの聖書に手を伸ばした。
適当なページを開き、そこにある一節を音読する。
低めの声で読み進めていると、やがて肩の辺りに重みを感じた。
ぽすんとまろの体がもたれかかってくる。
子守唄替わりにでもなったのか、目を閉じ、尻尾は安心しきったように垂れ下がっていた。
「悪魔って寝るんだ」
新しい発見が一つずつ増えていき、それをいちいち口にしてしまう。
手近の毛布替わりになりそうな布をその肩にかけてやった。
風邪もひいたりするんかな、なんて呑気なことを考えながら、肩にもたれかかっている頭をそっと俺の膝の上に下ろしてやる。
何とはなしに手を置いて一撫でしたその青い髪は、人間と同じように柔らかかった。
「なぁやさぐれ神父」
「誰がやさぐれ神父だコラ」
眉を寄せて言葉を返した俺の指から、まろが煙草をすっと抜き取る。
そしてそのまま灰皿に押し付けた。
「聖職者が煙草はあかんやろ」
悪魔なんだから、自分の手や何らかの力で火を消すこともできるだろう。
わざわざ灰皿に押し付けて消す辺り律儀というか、人間っぽいなと思う。
「えー俺そこまで自分を戒めてないからなぁ。肉だろうがなんだろうが食事は制限なく食べるし煙草も吸うし、気が向いたら寄ってきた女の子も抱くし」
そうだ食事だ。話題に出て思い出した。
今日は朝から何も食べてなかったっけ。
「まろも食べる?」
大体いつもこうだ。
時間が来たから食べるのではなくて、腹が減って思い出してからようやく「食べなくては」という気分になる。
尋ねられたまろの方はというと、またわずかに目を輝かせて頷いた。
「はい」
ほんの5分ほどで作り終えた遅めの昼食。
簡単なインスタントラーメンだったけれど、もちろん初めて目にしたのか、まろは嬉しそうに麺を啜った。
…悪魔って箸使えるんだな、なんてまた似たようなところで感心する。
だけどそんな俺の方をちらりと見やってから、あいつは何かに気づいたように「うぉい!」と変な声を上げてきた。
「何、声でかいなぁ」
「鍋から直接食うなよ…! 行儀悪いやろ!」
まろのラーメンはきちんと器に入れてやったけれど、俺は鍋から直に麺を啜っていた。
大きめの鍋に、裕に3人前くらいは入っている量。ちゅるりとそれを啜りながら俺は眉を寄せた。
「『行儀悪い』って…お前悪魔だよね?」
言いながら、鍋をテーブルにこつんと戻す。
「あぁぁぁ聖書の上に鍋を置くな! 鍋敷きちゃうねん!」
阿鼻叫喚、ってこういうことを言うんかななんて漠然と思う。
俺より遥かに人間らしい悪魔。
それが何だかやけにおかしくなって、俺はここ何年かで久々だと思えるくらいに声を上げて大笑いした。
「まず、ないこは生活態度が良くない」
急に何だよ。
俺の目の前に現れたまろが当たり前のように家に居つくようになってから、何日が経った頃だろう。
俺の日常を見かねたらしいあいつがそんな言葉を投げて寄越した。
「はぁ…例えば?」
「煙草吸うし食事も適当やしインスタントのものばっかりやし」
「腹なんて膨れればいいじゃん」
「体に悪いやろ」
「……お前、俺の命取りに来たんだよね…?」
何その矛盾。思わず「あはは」と声を出して笑ってしまう。
「なので、今日の食事は俺が作ります」
もったいぶるように言って、まろはまたぷかりと宙に浮いてみせた。
そのままキッチンの方へ空中を移動する。
「作れるの? そんなこと言ってるけど、お前も十分怠惰な方だからな」
ここへ来てから、まろはというと一日中ごろごろしている。
ソファで転がったりベッドで転がったり…本気で眠くなったときは俺に聖書の音読をせがむ。
「ないこの声好きなんよな。寝落ちに最適」なんて、褒められてるのかどうか微妙な言葉を口にされたけれど、何だか妙にくすぐったい気持ちになった。
「ハンバーグぐらいなら作れるよ」
言って、まろはすぐに冷蔵庫から材料を取り出す。
玉ねぎを刻んで、ひき肉を捏ねて…なんて作業をする間も別に何らかの力を使ったりするわけでもなく、人間と同じように包丁と手を使う。
…いや、そもそも悪魔の力に玉ねぎを切り刻む能力なんてものがあるのかどうかも知らないけど。
作れる、と豪語するだけあって確かに手際は悪くなかった。
きっと前にも作ったことがあるんだろう。
あっという間に成型まで終わらせて、油を伸ばしたフライパンにそれを並べた。
ぱちぱちと小さく油が跳ねる音が心地よい。
「ないこ、蓋―」
キッチンの引き出しやら棚やらを開けながら、まろが言う。
「ないよそんなもん」
そもそも俺はそれほど自炊をしない。
俺が作る程度のものなんて蓋がなくても間に合ってしまうものばかりだ。
「嘘やろ、蓋ないとか…」
じゃあこれでえぇわ、なんて言ってまろは近くにあったものを拾い上げる。
そのままぽすんとフライパンの上に乗せたけれど、それは昨日届いた荷物が入っていた段ボールを畳んだものだった。
「いやちょっと待て! 火が移ったらどうすんだよ…! 危ないわ!」
「だいじょうぶだいじょうぶ」
んはは、と本当にまろが楽しそうに笑うから、俺も一瞬後につられるようにして吹き出した。
1週間に1度のミサがやってきた。
いつも通りの行程でいつも通りにこなすだけのつもりだったけれど、始まる直前にまろが教会内に姿を現した。
神聖な場だからと家に残してきたけれど、どうやらついてきたらしい。
「…まろ、何その格好」
思わず目を見開いて俺は呟いた。
「ん? ないこの真似―」
俺の神父服にそっくりな衣装をまとい、肩には黒いケープ。
胸には短めのロザリオと、腰にもじゃらりと長めのそれを着けている。
…おそらく単なる模倣品で、何の力も込められていない…意味もないものなんだろう。
角はなく、尻尾も隠したのか見えなくなっていた。
まるで人間そのものだ。
人に擬態しているせいか、今日は宙にぷかぷかと浮いたりはしない。
そのまま、まろはまっすぐパイプオルガンの方へと歩いて行った。
そろそろ人が集まってくる時間だ。
まろはオルガンの前の椅子に座り、自動演奏のスイッチを切る。
それから鍵盤の上に両手を乗せた。長い指が映える。
身体を揺らし、体重ごと鍵盤を押すようにして音を奏で始めた。
その音色はいつも耳にしているオルガンのものなはずなのに、聞き慣れたものよりもとても優しく美しく聴こえる。
…聖歌を弾く悪魔なんて聞いたこともねぇよ。
思わず揶揄するように胸の内で思って、俺はふふ、と眉を下げて微笑んだ。
コメント
2件
新連載ありがとうございます! 青ちゃんが桃ちゃんの生活態度を改めるのすげ~新鮮でしたぁ! でもやっぱどう頑張ってもダンバーグになるんやなw
青くんが悪魔!めっちゃ私の心に刺さる!青くんが悪魔ってほんとにいいな…桃くん、、、生活態度改めましょう…新しい連載ありがとうございます!