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そこに容赦なく浴びせ掛けられる鬼神の問い掛け、
「嫌なら別に、食べなくても良いのでござるよ?」
言いながら自分のステーキに、フライパンの中からオリジナル醤油ソースを回し掛ける善悪。
コユキは聞かずには居られなかった。
「あ、あの、せんせい、それは一体?」
「ああ、今日二人で食べる為に準備していたシャトーブリアンでござる。 昨日回避を頑張っていたし、オルクス君いらっしゃいのお祝いも兼ねようとねぇ~、いやぁ~、残念でござるよぉ、本当にぃ、今日の訓練の後愚痴ったりして居なければ、二人で美味しく頂けたでござるのに、つまらない事をしたでござるなぁ、拙者としては一緒に食べる事に否は無かったのでござるよ? でもねぇ? ね!」
間を置かず一気に言われた。
さっきの独り言を聞かれていたようだ、激怒(げきおこ)プンプン丸のつるピカ善悪だったが、どうやら付け込む隙は有りそうだとコユキには感じられた。
内心でニヤリとしながらも、表面上だけは神妙な表情を浮かべて、言いなれた台詞を口にする。
「せ、先生! 私、又間違えてしまったようです…… お許し下さい! もう二度と同じ間違いはいたしません。 本当に、本当に心から――――」
「あ、そう? んでも、まぁ、今更反省されても、約束は約束でござるからぁ…… 今更、僕ちんにもどうしようも無いのでござるよぉ~」
「なっ?」
ちょろい筈の善悪がちょろく無い? コユキは俄(にわ)かには信じる事が出来なかった。
出会ってから三十年以上になるが、常に自分の大嘘や誤魔化しを信じて良い様に使われて来た善悪が、初めて思い通りに操る事が出来無かったのだから、その驚きも当然と言えた。
ちきしょう、いつの間に覚えたんだ、正論を……
コユキは内心で臍(ほぞ)を噛んだが、次の瞬間には再びニヤリとして、次に打つ手を思い付いた。
その手とは、アイ・ドント・リメンバー、所謂(いわゆる)『記憶にございません』ってヤツであった。
単純だが、一対一の言い争いに於いて、不敗を誇る伝説のテクニックであった。
たった一人でも証人が居ただけで負けてしまうと言う制約は有る物の、古来より言った言わない、やったやらない論争で、勝てないまでも引き分けを作り続けた先人の知恵、魔法の言葉である。
今回の場面で使うのは、先ほど善悪が言った、『愚痴』の部分だろう、そんな事言っていない、覚えが無いの一点張りで一点突破すれば良い。
そう考えたコユキが口を開こうとした瞬間であった。
善悪が懐から取り出した物をテーブルの上に置いて、
「昼のやり取りと、今言った自分の間違いを認めた謝罪の言葉、念の為に録音していたのでござる」
言いながら目を向けているのはICレコーダー。
続けて袂(たもと)から取り出したスマホのメーラー画面を見せつけながら言葉を続けた。
「更に念の為に録音データは一定時間毎に、我輩の隠し垢に添付送信させているのでござるよ。 証拠隠滅されると困るでござるからね」
驚き固まったままのコユキに更に、更に言葉を投げ掛け続けた。
「出る所に出ても良いでござるが、お薦めは、詰まらん嘘は止める事でござるっ! と言う事だけは言って置くでござる」
最早、何も言える事など残っては居なかった。
最終奥義『知らぬ存ぜぬ』の全てを無効化されたコユキは、只黙って与えられた塩×塩プレミアメニューを有り難く頂く事しか出来なかったのである。
子供の頃からずっと言い負かしてきた善悪に、初めての負けを与えられたコユキは、ガチしょんぼり沈殿丸(ちんでんまる)になりながらヤケ食いを続けるのだった。
おかわりの時に、追い塩を許して貰えたのは、慮外(りょがい)の僥倖(ぎょうこう)と言えただろう。
コユキがご飯(白米のみ)でお腹が一杯になった時、今日ばかりはこれで満足するしか無いと考えた、仕方が無い、と。
しかし、善悪はそんなコユキの予想を、良い意味で裏切って来たのだった。
コユキの目の前に置かれたのは、製氷機から小皿に出された立方体の氷が五つ、そこに適量のお砂糖が乗っている物だった。
只の砂糖水じゃん? そんな事は無かった。
コユキは美味しそうに砂糖付き氷デザートを味わっている、少し嬉し涙も浮かべて居るようだ。