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「んーっやっぱ美味しーい!」美味ぃ、と足をばたつかせる彼女の反応が愛おしい。「もっちもっちしてあまくてあたたかくって最高! ミルクティーとのコントラストがたまんないわぁ!」
彼女をよしよしして髪を耳にかけてやる。「髪、伸びたね……夏妃ちゃん」
「伸ばしてますから」と彼女。「まだ長さは足りないけれど、直前まで伸ばそうって決めてるの。終わったらわたしあそこ行きたいんです。あの、ガラス張りでオッシャレーな空間で、皆さんがきびきびと黒い服装で働いてるあの美容室」
「歯医者さんの隣の?」と広坂が問うとそうそう、と彼女は頷く。「やっぱり、雰囲気って大事じゃないですか。そこ行くだけで癒されるって場所があるだけで違います。……ねえ広坂さん。
わたし。幸せだなあ……。
広坂さんといろんなところに行って。美味しいもの食べて。家でゴロゴロニャーゴって可愛がられて……わたし、猫みたい。美味しいものには目がないしちょっぴりわがままで……ねえ広坂さん。
こんなあたしのことを、ずっとずっと、可愛がってくれる……?」
「勿論さ」広坂は彼女の肩を抱き寄せた。「タピオカも甘いけれど、きみより甘いものをぼくは他に知らない。きみはぼくの太陽さ。いつでもどこでも、ぼくのこころを照らし出してくれる……ぼくの女神」
シェイクスピアの作品に登場する美男子じゃあるまいしタピオカティー専門店で臆面もなくこんな台詞を言い切れる広坂。彼女が赤面するのも、無理からぬ話である。
「夜ごはん、カレーがいい?」と彼女。「なんか、こんなあっまーいもん飲んだから、今度は辛いものが食べたい! 夏だから夏野菜カレーにしようか」
「いいね」と広坂は同意する。スマホで早速レシピを検索。トッピングを夏野菜にする美味しそうなレシピを発見。よし決めた。
「じゃあ、今夜はぼくが作るよ。野菜買って帰ろう」
「えーでも、わたし、広坂さんと一緒がいいな……」
「分かった分かった」目を細める広坂。「それなら……きみとエロエロびちゃびちゃ。いっろんなところを可愛がりながらエッチな料理をしよう……」
「それだと集中出来ないんじゃ」
「いいんだよ」と広坂。「それに。きみのエプロン姿ってなんかそそるんだ……」
――後ろから犯してやりたくなる。
「……なっ」耳にささやきかければお約束通り、彼女が顔を真っ赤にする。その彼女の反応を広坂はくすくす笑い、「楽しみだなあ。きみがどんな状態に陥っているのか……玄関で確かめるのが」
玄関に入るなりスーパーの袋そっちのけで求めあう。うるんだ彼女の唇はいつも広坂の深いところを突き動かす。愛したいという欲望を駆り立てる。獣のように。
キスもそこそこに広坂は一気に挿入する。彼女を玄関ドアに押し付け、まるでドアに彼女を縫い付けているような状態。高いところで手をドアに押し付け、指を絡ませ、ぐいぐいと彼女のなかを探っていく。
「気持ちい……」熱い、という感情が最初に去来したのだが、広坂が口にしたのはそれだった。「あなた……ねえ、いつからこんなになってたの? どろっどろのぬっちゃぬちゃじゃん……ぼくのペニスをぎゅいぎゅい締め付けて、さ……」
「やぁ、ん……」
広坂が角度を変えると涙を流し高い声を彼女があげる。そんな彼女に、しぃーっ、と広坂は息を吹き込む。耳をべちゃべちゃと舐めながら、
「……ここ、どこだと思ってるの? 防音完璧のマンションでも、こんなところでエッチしたら、きみの声が廊下までダダ漏れさ。……抑えて、声……」
「や、ん……もう」無理難題を吹っ掛ける広坂の腰遣いが無論止まるはずなどなく。頭っから彼の与えうる享楽に彼女は水浸しだ。様々な種類のセックスを堪能する彼らであるが、このときばかりは広坂は激しくいく。激しくぶつかる肉と肉の音。広坂が抜き差しするたびに、彼への愛が彼女のなかで広がっていく。ヒールを履いた彼女の足をぐいと持ち上げ、広坂はより――密着する。
「ああ、……あっ……」
「気持ちいいでしょ」と広坂。「ここ……あなたの弱いところ。ちょっと激しくいくから、声、……我慢すんだよ」
結論からいうと彼女は我慢出来ない。広坂に貫かれるとたまらない気持ちになってしまうのだ。いままでにない快楽を得られるという。いまの彼女を満たせるのは他の誰でもない、広坂だけだ。そんな優越と至福を感じながら、広坂は懸命に、彼女のことを、追いこんでいく。数え切れないほどの絶頂を彼女が迎えるまで、それは続いた。
このときの彼女が好きだと広坂は思う。――おれにしか見せない顔。おれにしか聞かせない声。おれにしか曝さない官能……すべての要素が混成され、広坂を見たことのない高みへと導いていく。ベッドをぎしぎしと言わせながら情交の合間、広坂は背を丸め彼女の胸の頂きを貪る。彼女の内部に深く潜る広坂は彼女の内的変化を直接味わいこむ。これが……いいんだなと。
彼女と結ばれてから、彼女を愛する気持ちがより強くなった。その思いはまっすぐに、広坂のなかを貫いている。精神的支柱はまさにそれだった。
彼女にとっての幸せが自分の幸せだと――感じられるようになった。彼女の満たされた顔が見たい。その欲望そのままに、広坂はそれを言葉へと言動へと体現させる。セックスは目的ではない、手段だ。尊いあなたを愛するという気持ちを表現する手段。
また、新たな彼女の一面を探ってみれば、半日などあっという間に過ぎてしまう。平日は長時間出来ないぶん、休日は時間をかけがちだ。無論、ふたりはそのことを負担になど思っておらず、ただ幸せを味わいこむ日々――。
余波に震え、やがて彼女が眠りに落ちるのを見届け、広坂は調理に取り掛かる。――なんで起こしてくれなかったの。もう……ちょっぴりむくれた顔も見たいから。
「うぅーん。野菜があまくて美味しーい!」予想通り、美味しくてたまらないという表情をする。その振り幅の大きさが実に愛らしい。「なすが、噛むとじゅわぁ……てあまみが広がって最高! もうたまんない。美味しいねえ……広坂さん」
大好きなひとと美味しいものを一緒に食べる以上に幸福な時間など見つかろうか。いや……あるか。と広坂は考える。かぼちゃのあまみを口内で味わいながら、「我ながら傑作」とつぶやく。
「料理って……いいよね。こころが静かになれる……こうして都会暮らしをしているとさぁ、こころ静かに暮らせる瞬間など、見つからないから……野菜と向き合うときの静寂なひととき。これもまぁ、料理の醍醐味だと、ぼくは思うよ……」
「お任せしてすみません」と彼女は手を合わすと、再びスプーンを手に取り、口いっぱいに頬張る。お腹をいっぱい空かせた子どものように。「ああぅーん。美味しい! 美味しい……!」
豊かな感情表現に癒されっぱなしだ。広坂は笑みがこぼれ落ちるのを止められやしない。
「あなたといるとなんか……幸せ」
うん? と彼女が首を傾げれば、
「なんて言うか……ぼくも、バリア張ってたんだ。契約結婚を持ちかけたのも、それは、自分が傷つかないための防波堤が……欲しかったんだと思う」広坂は、ずばり兄が看破していたことを知らない。「契約でーす、っていう逃げ道さえあれば、仮にぼくが捨てられても、立ち直れるっていうか……逃げ道を作っていたんだと思う。知らず知らずのうちに。
傷つくのが、怖かった。
でも、いまのぼくは、あなたとならどんなことも乗り越えられる……あなたといると、そんな勇気が、湧いてくる……。
ありがとうね夏妃。ぼくに、こんな気持ちを、教えてくれて……」
「広坂さん……」
目を合わせ微笑みを交わす。こうして幸せな経験が、ミルフィーユのように、ふたりのなかに積み上げられていく。結婚とは即ち、幸せ……。愛する者と巡り合えた幸せを味わう広坂であった。
「広坂さん……気持ちい?」
「うん……」そっと彼女の髪を撫でる。このときの彼女の顔もたまらない。指を使い舌で舐めあげ、男性器を刺激する魅惑的な女の動きが。
ちゅば、ちゅば、ちゅば、と……静謐なる孤独を宿すこの部屋に、明かりを灯すように、彼女の織り上げる愛が広がっていく。聴覚と感覚がリアルだ。
「夏妃……」切なく広坂は彼女を呼んだ。「ああ……出ちゃうよ。出る。ああ……もう、……っ」
短く叫んで広坂は彼女の口内に射精した。ごく、ごく、ごく、と一瞬のためらいもなく飲み込んでいくその様に、昼間、タピオカミルクティーを飲んでいた彼女を重ねた。あのタピオカ店を見るたび、おれは変な気持ちになる……それは予感ではなく確信であった。
飽きるほど行為を重ね。飽きることなく互いの体温を貪る。夏は――暑い。けれど、二人のあいだに宿る愛情以上に熱いものなど、この世に存在しない。余韻に浸るなか、肌を重ねていると不意に――彼女が言った。
「あたし、嬉しかったな……広坂さんが、自分の気持ちを打ち明けてくれたの」
うん? と広坂が目を覗き込むと彼女は、「だって広坂さん……『あのこと』について、あんまり言ってくれなかったでしょう? 下手に刺激すると辛いだろうから、広坂さんが言いたくなるタイミングまで言わないって……決めてたの」
彼女が言うのは、婚約破棄のことだ。仲直りしたときに説明したつもりではあったが、それは落としどころではなかったらしい。彼女は、
「だから……自分から言ってくれて嬉しかった。あなたの素直な気持ちを。ねえ、広坂さん……わたしたち家族なんだから。苦しみも悲しみも分かち合うために生まれてきたんだから……もう、ひとりで苦しまないで? 話聞くだけしか出来ないかもしれないけれど、……力になるから。もっと……頼ってくれたって、いいんだよ?」
広坂の目に涙が湧いた。深く説明せずとも、聡い彼女は、分かっていた。
いつでも、両手を広げて待っていた。傷つけたのにも関わらず。
あれ以来、何年振りかに広坂は泣いた。彼女に自分から別れを告げたあのとき以来。凍てついたこころの氷を溶かしだす――広坂にとって、まさに、彼女は太陽であった。
女神さまははだかの胸で広坂の涙を受け止めて微笑する。やがて――広坂のほうから口づける。しょっぱい味がした。なみだ味のキス。教えてくれるのは、夏妃だけだ。夏妃だからこそ、さらけ出せる、自分を。
からだを重ねることがふたりの会話であった。なにも言わず、けれど官能を受け止める、まさに、広坂にとって彼女は女神そのものであった。
「――愛している。夏妃……」
彼女の隠し持つ最奥の秘密に辿り着くと広坂は愛を打ち明けた。「こんなにも感じやすい、あなたのことが、大好きだよ……愛している」
繋がったまま深いキスを交わす。甘酸っぱい味がした。「わたしも……広坂さん。ずっとずっと、愛している……」
愛という言葉の重みを広坂は知る。それはいままでに、感じたことのない感情であった。愛し愛されることで己の価値を確かめる。相手への深い愛を感じ取る。それは、両想いという尊い行為を成し遂げた恋人たちだけが手に入れられる、エデンの森へと続く、宝物であった。その手触りを感じながら、広坂は今夜も乱れた。二度と訪れないこの一瞬一瞬を、夏妃への愛で彩るために。
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