「ルーが僕を堕落……? 僕はむしろルーと出会えてこの世界を好きになったくらいだが……。それに、仮にそうだとしても、お前が変わってしまったことと何の関係が……?」
戸惑うユージーンにジュリアンが告げる。
「──兄上は僕の理想でした。新月の夜闇のような漆黒の髪に、血のように鮮やかな赤い瞳。世界を憎み、すべてを悟っているかのように周囲を冷たく睥睨する眼差し。頭脳明晰で魔力も桁違い、兄上に出来ないことは何も無い。孤高で気高い存在だった。それなのに……」
ジュリアンがルシンダをきっと睨み、鋭く指差す。
「あの女が兄上を変えてしまった……! あの女に出会ってから、兄上は格下と群れだし、あの女を甘やかすことばかりに現を抜かすようになってしまった。今の緩みきった兄上は、本当の兄上ではない! だから僕が昔の兄上の素晴らしさを再現すれば、兄上もきっと目を覚ましてくださると思って……!」
ジュリアンが悲痛な表情で胸を押さえる。
「……なるほど、中二病な上にブラコン属性もあると」
「あれはユージーン様を真似た姿だったのですね……」
「いや、今も昔も断じて僕はあんな風ではないからな! ……というか、ジュリアンには僕がああ見えていたってことか? だいぶショックなんだが……」
ミアたちが三者三様の反応を見せる中、ルシンダはじっとジュリアンを見つめたまま無言を貫いていた。
「ルー、大丈夫か? 怖い思いをさせて本当にすまない……」
胸に手を当てたまま固まっている様子のルシンダに、ユージーンが謝罪する。きっと先ほどの火柱に怯えてしまったのだろうと思ったのだが、ルシンダから返ってきた言葉にユージーンは耳を疑った。
「……カッコいいですね」
「…………えっ?」
思わず聞き返せば、ルシンダは憧れの人物でも見るかのように目を輝かせ、同じ言葉を繰り返した。
「カッコいいです……」
その眼差しは、ジュリアンに向かっている。
もはやただの中二病と認めざるを得ないジュリアンに。
「……ちょっとルシンダ、正気なの?」
「まさか、チューニ病とは伝染性があるのか……?」
ルシンダの反応にミアとサミュエルは顔を引き攣らせる。
ユージーンは何か気が付いたのか、深く嘆息してミアに小声で打ち明けた。
「……今思い出した。ジュリアンの格好は、ルーが前世で好きだったRPGのキャラクターにそっくりだ。ああいう黒づくめの衣装で、魔法を使うときの詠唱が格好いいと言って暗記していた気がする」
「やだ、ルシンダも中二病予備軍だったのね……」
「ルーに悪影響があるとまずい。早くジュリアンを何とかしないと……」
「そうは言っても、あんな重度の中二病、簡単にどうこうできるものじゃ……」
ミアとユージーンがぶつぶつ話している間に、ルシンダはジュリアンのほうへと近づいていく。
「……ジュリアン様」
「お前に気安く名を呼ばれる筋合いはない」
「では何とお呼びすれば……」
「そうだな、《深淵の使徒》──とでも呼んでもらおうか」
「分かりました。では、《深淵の使徒》様……」
《深淵の使徒》なる者が何なのか全く見当はつかないが、見るも恥ずかしい茶番が始まってしまったことを察して、ミアとユージーンは額に手を当てた。
一方のルシンダはすっかりRPGの世界に入り込んでいるのか、完全に何かのスイッチが入ってしまった様子で、ジュリアンの足下にひざまずいている。
「あなたのお姿と詠唱に感銘を受けました。どうか私にも教えを授けていただきたく……」
目の前で懇願され、満更でも無さそうな表情のジュリアン。腕組みをしてルシンダを見下ろす。
「そうやって取り入ろうとしても無駄だ。僕はお前を許さない。それにお前ごときの力で僕の教えを受けようだなんて烏滸がましいにもほどがある」
「……仰るとおり、私はまだまだ力不足かもしれません。ですが、大魔術師を目指して日々修行を重ねております。せめて、一度私の実力をご覧になって判断していただければ」
「ふん、どうせたかが知れているだろうが、一度だけ慈悲をやろう。お前の力を見せてみるがいい」
「ありがとうございます。では、雷の魔術をご覧に入れます」
ルシンダが立ち上がり、瞑想するかのように目を閉じる。そしておもむろに呪文のような言葉を紡ぎ始めた。
「暴風よ、猛り唸り黒雲を呼べ……」
すると、ルシンダの詠唱に合わせて見る見るうちに空が暗くなり、禍々しい積乱雲が集まり始めた。
「……天の門より放たれし紫電の霹靂が、汝を永遠の眠りへと導かん……」
ルシンダがその翠玉のような瞳を見開く。
「あれはルーがやってたゲームに出てきた呪文……!」
「やだ、酷い中二病フレーズだわ!」
「物凄い魔力を感じるぞ!」
「この僕より詠唱が長い、だと……!?」
またもやバラバラの感想が飛び交う中、ルシンダが伸ばした片手を振り下ろす。
「──安息の雷光!!」
その瞬間、恐ろしいほどの魔力が凝縮された紫の光が迸る。
「ま、まずいわ……!!」
危険を感じたミアが咄嗟に魔術の結界を張ったが、雷撃は結界をいとも容易く貫いた。轟音とともに大地が揺れ、何かが焦げる臭いが辺りに漂う。
皆が恐る恐る目を開ければ、庭園の大木が真っ二つに裂け、見るも無残に倒れていた。
「──結界まで張ったのにこれって……嘘でしょ?」
「こんな大木が根元まで裂けるとは……」
「地面が抉れている。凄まじい威力だ……」
「……こっ、こんなこと、あるはずが……」
桁外れの魔術にミアたちはおろか、ジュリアンまでもが目を見開いたまま動くことができない。
そんな四人に囲まれたルシンダはゆっくりと辺りを見渡し、ぽつりと呟いた。
「──な、なな、何これ……?」
正直、周囲の四人の誰よりもルシンダが一番驚いていた。
ジュリアンに良いところは見せようとしていたが、複合魔術を使い、地面に落ちる雷の威力を土の魔術で抑えようと思っていた。
なのに、雷の魔術が想定外の威力になってしまい、ミアの結界を破ったうえに、庭木に直撃までしてしまった。
完全に計算外だった。
(どどど、どうしよう……。公爵家の庭をめちゃくちゃにしちゃった……弁償とかどうすれば……)
青褪めながら縋るようにミアを見れば、呆れ顔で溜め息を吐かれた。
「本当にあなたって子は……」
皆が固まっている中、ミアがルシンダに近づいて肩に手を置く。
「……あなた、妄想の世界に入り込みすぎたのよ」
「妄想……?」
「あんな長ったらしい呪文まで唱えて、どうせ何かのキャラクターに成り切ってたんでしょう?」
「うっ……それは、そうです……。だってジュリアン様の格好があまりにも推しキャラにそっくりだったから……」
図星を指されてルシンダがうろたえる。
「魔術には想像力が大切だって教わったでしょ。あなたの妄想力が凄すぎて、きっと魔術の威力が最大化してしまったんだわ」
「私の妄想力が凄すぎて……?」
さっきまではスイッチが入っていたせいで何とも思っていなかったのに、改めて第三者から指摘されるとダメージがすごい。
恥ずかしいやら申し訳ないやら、非常に居た堪れない思いで両手で顔を覆っていると、我に返ったユージーンが駆け寄ってきた。
「ルー、大丈夫か!? 怪我は!?」
「あ……怪我は大丈夫……。でも、お庭がこんなことに……ごめんなさい……」
しゅんとして謝るルシンダの頭をユージーンが優しく撫でる。
「たしかに物凄い有様だけど、心配しなくていいよ。とりあえず僕が何とかしておくから、ルーたちは今のうちに帰ったほうがいい」
「でも……」
「問題ない。今度はゆっくり遊びにおいで」
結局、そのままユージーンの風魔術で押し出されるようにして屋敷を出て、帰宅の途についたのだった。
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