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ありんす
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隼人
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「空気として生きる」と心に誓った矢先、神様(あるいは『ほら滅』の脚本)は容赦なく俺に嫌がらせを仕掛けてきた。それは俺が9歳になった、ある晴れた午後のことだ。
「テウル、吉報だぞ! 我がエクス家に、まさかの大貴族様からお茶会のご招致が届いたんだ!」
書斎で父上が、手が震えるほどの興奮冷めやらぬ様子で1通の豪華絢爛な招待状を掲げていた。
金箔で縁取られた高級紙。そこに押された漆黒の蝋封には、見覚えがありすぎる家紋が刻まれている。
……剣と黒百合。
(嘘だろ……これ、ヴァルハイト公爵家の紋章じゃねーか!!!)
ヴァルハイト。
そう、全108ルート中、約3割のルートで俺を大剣で踏み潰し、残りのルートで嫉妬のあまり王都を火の海にする【脳筋×ヤンデレ狂愛攻め】カゼル・ヴァルハイトの実家である。
「た、父上……? なぜ我が家のような末端の子爵家に、そんな雲の上の公爵様からお誘いが……?」
顔を引きつらせて尋ねる俺に、父上は誇らしげに胸を張った。
「実はな、先日納品した我が領地の特産品(上質な馬具)を、騎士団長であられるヴァルハイト公爵閣下が痛くお気に召されてな! 『ぜひ製作に関わった者と、その息子を招いて労いたい』とおっしゃられたのだ! これで我が家も安泰だぞ、テウル!」
安泰じゃない。破滅のカウントダウン(プレ期)だ!!
(待て待て待て! なんで学園入学の何年も前に、攻略対象の筆頭みたいな奴の実家と太いパイプができかかってるんだよ!? ステルス計画はどうなった!?)
断れば不敬罪。行くしかない。
俺は前世の腐男子知識を総動員して、ヴァルハイト家(特にカゼル)の幼少期データ(裏設定)を必死に脳内検索した。
『カゼル・ヴァルハイト(当時10歳)。幼少期は父である騎士団長のスパルタ教育に嫌気がさし、剣術の稽古をサボっては屋敷の庭の裏手で荒れている時期』
(……なるほど。なら対策は一つだ)
当日。ヴァルハイト公爵家の圧倒的な大庭園。
大人たちが挨拶を交わす隙を狙い、俺は速やかに「気配遮断(気配殺し)」を発動。スッと社交の場から抜け出し、あらかじめアタリをつけておいた「屋敷の裏手にある誰も来ない木かげ」へと避難した。
よし、ここで終始大人しくしておけば、カゼル本人とエンカウントすることもなく――
「……おい。そこでコソコソ何してる、お前」
低めの少年ボイスが、頭上から降ってきた。
見上げると、そこには見事な赤髪と、すでに将来のイケメン確定な鋭い目つきをした少年が、木の枝に跨ってこちらを見下ろしていた。
小柄だが、すでに騎士の家系らしい引き締まった体躯。
10歳の、カゼル・ヴァルハイト本人だった。
(ひえっ……! 出たーーー!! リアル『ほら滅』の狂愛候補生!!)
俺は心の中で悲鳴を上げつつ、瞬時に「モブの微笑み」を貼り付けた。
「これは大変失礼いたしました、カゼル様。エクス子爵家が長男、テウルと申します。あまりに庭園が素晴らしかったため、静かな場所で拝見しようかと……すぐ立ち去りますので」
関わらない。深追いしない。目も合わせすぎない。完璧なモブとしての対応。
だが、カゼルは木の枝からトッと軽やかに飛び降りると、俺の顔をまじまじと覗き込んできた。
「テウル……? ふうん。お前、他の貴族のガキどもみたいに『カゼル様ぁ~!』ってへこへこ媚びてこないんだな。つーか、なんでそんな俺から逃げるみたいに距離取ってんだ?」
(野生の勘が鋭すぎるだろこの脳筋候補生!!)
「滅そうもございません。ただ、私のような者が公爵家の跡取りであられるカゼル様のお邪魔になってはと……」
「ふん、気取りやがって。……まあいいや。ほらよ」
カゼルは懐から、何やらボロボロの小刀を取り出し、俺に放り投げてきた。
思わず受け取る。
「それ、親父に『研いでおけ』って言われたやつだけど、研ぎ方が分かんねーんだよ。お前の家、馬具とか金属扱ってんだろ? 研ぎ方知ってんなら教えろ。教えないなら、親父に言ってお前の家の取引潰す」
(10歳にして脅迫の質がヤクザなんだよなぁ!!)
流石はのちに主人公(レイ)を自室に軟禁して「外に出たら足を折る」とか言い出す男だ。幼少期から血生臭い才能が溢れ出ている。
だが、金属のメンテナンスなら前世の知識(とエクス家の職人から教わった知識)がある。
ここで変に突っぱねて家に害が及ぶのは一番避けたい。
「……研ぎ石はありますか? カゼル様」
俺は溜息を殺し、木陰に座り込んで小刀の手入れを始めた。
角度を保ち、滑らかに刃を滑らせる。前世のオタク知識(刀剣系ジャンルも履修済み)と職人の知恵のハイブリッドだ。
カゼルは最初は退屈そうに見ていたが、みるみるうちに刃が銀色に輝き出すと、目を丸くして俺の隣にへたり込んだ。
「うお……すげえ。お前、手元全っ然ブレねえな。親父より上手いんじゃねえか?」
「家業の嗜みですから。……はい、出来ました。どうぞ」
「おう! サンキュ!」
カゼルは嬉しそうに小刀を受け取ると、ブブンと空を切った。
よし、これで解放……と思いきや、カゼルはニカッと犬のような(ただし目は少し据わっている)笑顔を俺に向けた。
「決めた。お前、おもしろいから俺の**『舎弟一号』**な!」
「断固拒否させていただきます(※心の中の叫び)」
「これで親父に怒られずに済むわ! これから毎週我が家に来いよ! 剣の稽古も付き合え!」
「……カゼル様、私はしがない子爵家の……」
「関係ねえ! お前、度胸あるし手先器用だし気に入った!」
ガシッと肩を組まれ、俺は遠い目をした。
(……神様。どうしてでしょうか。俺はただ、遠くの木の上から彼らのドロドロの総受けライフを鑑賞したかっただけなのに……なんで学園入学前に『攻め(狂愛)』の幼馴染ポジションに足を突っ込んでるんですか??)
屋敷に帰る馬車の中、父上は「カゼル様と仲良くなれたようだな! 誇らしいぞテウル!」と大喜びしていたが、俺は絶望で頭を抱えていた。
(ヤバい……このままだと学園で『カゼルと仲が良いせいでレイに嫉妬される』か『カゼルのレイへの執着に巻き込まれて最初に踏み潰される』の二択になる……! 誰かこの未来を修正してくれ!!)
こうして、テウル・エクスの「完全ステルス計画」は、幼少期の時点で盛大に暗雲が立ち込め始めたのだった。
カゼルという最大の爆弾と知り合ってしまった絶望から数ヶ月。
俺(テウル・エクス、当時9歳)は、さらなる「ステルス&安全対策」を強化するため、王都の巨大な大図書館へと足を運んでいた。
カゼルの「舎弟一号」に任命されて以来、週末になれば「テウル! 剣の稽古だ!」「小刀研げ!」と呼び出される日々。このままではカゼルルートの巻き添えで死ぬ。それを回避するための『対・狂愛騎士対策』の文献を探しに来たのだ。
「ふぅ……さすが王立図書館。誰もいない奥の魔導書コーナーは静かで最高だな」
人目を避け、薄暗い書庫の最奥で静かに本を漁る。これぞモブの鑑。
だが、前世の腐男子としての勘が、急激に警報を鳴らし始めた。
(……待て。誰もいない薄暗い書庫、静寂、膨大な魔導書……**このロケーション、既視感がありすぎる**)
嫌な汗が背中を伝う。
脳内で『ほら滅』全108ルートのデータベースが目まぐるしく回転した。
『シオン・アルスター。侯爵家の神童。幼少期から天才的な魔導の才能を持つが、あまりの頭脳ゆえに周囲を見下し、王立図書館の最奥に籠もって怪しい魔術実験に没頭している【マッドサイエンティスト攻め】』
(……逃げろ。今すぐ引き返せテウル・エクス!!)
俺が踵を返そうとした、まさにその瞬間だった。
**ドガァァァン!!**
書庫の奥で小さな爆発音が響き、黒煙とともに、怪しい紫色に変色した液体が書棚の隙間から勢いよく噴き出してきた。
「っ不覚……! 触媒の比率を誤ったか……!?」
煙の向こうから現れたのは、黒髪ロングを雑に束ねた、冷ややかな目つきの少年(当時10歳)。
幼少期にしてすでに「人体実験とか平気でやりそう」な雰囲気をバチバチに漂わせている美少年――**シオン・アルスター**本人だった。
しかも最悪なことに、彼が撒き散らした紫色の液体(絶対ヤバい薬品)が、俺の足元に向かって一直線に迫ってきている!
(うわあああ! 触れたら絶対ロクなことにならないやつ!!)
「『風よ、退け(エア・シュート)』!」
俺は前世の知識とこの世界で必死に練習した生活魔法(初級)を咄嗟に発動。風圧で薬品を押し戻し、ギリギリのところで服への付着を回避した。
「……ほう?」
黒煙の中から、シオンの漆黒の瞳が俺を鋭く射抜いた。
「今のは初級の風魔法だが……発動速度、魔法陣の省略、そして液体の蒸気圧を考慮した完璧なベクトル制御。……君、何者だ? 我がアルスター家に仇なす刺客か?」
(出たよ!! 狂愛マッドサイエンティスト特有の『無駄に鋭い分析と過剰な警戒心』!!)
「違います! ただの通りすがりの子爵家長男です! 巻き込まれたくなかったので自衛しただけです!」
俺は両手を上げて降参のポーズを取った。関わらない、絶対に深入りしない。
だが、シオンはすたすたと歩み寄ると、俺の顔を至近距離でジロジロと観察し始めた。気味が悪いほど冷たい視線だ。
「テウル・エクス……エクス子爵家か。魔導の血筋ではないな。だが、今の魔法の組み立て方……実に合理的で無駄がない。……素晴らしいサンプルだ」
「サンプルって言いました!? いま絶対『実験台』って意味で言いましたよね!?」
「言っていない。……ところで、君はなぜこの棚にいた? ここは高等魔術の区画だ。子供が来る場所ではない」
「……ただ、静かだったからです。あと、魔法陣の幾何学的な構造が美しくて好きなので」
嘘ではない。前世のオタク知識として魔法陣のグラフィックとか大好きだったのだ。
すると、シオンの目が怪しくキラリと光った。
「……幾何学構造の美しさ、か。同年代でその視点を持つ者に初めて出会ったよ」
(ヤバい。スイッチ押した。マッドサイエンティストのオタク特有の『解釈が一致した時のスイッチ』押した!!)
シオンは懐から、びっしりと数式や魔法陣が書かれたノートを取り出し、俺の目の前に突きつけてきた。
「この第4項の循環式、君ならどう展開する? 僕の計算ではここで魔力が暴走するのだが」
「……(頼むから見せないでくれと思いつつ)……ここ、属性の相殺がうまくいってないんじゃないですか? 火と水の魔法陣を隣接させるなら、間に『無属性の緩衝陣』を一つ挟まないと爆発しますよ」
前世でゲームの「シオンルート(解読パズル)」を何十回も解かされた俺には、彼のノートのミスなど一目瞭然だったのだ。
シオンは絶句した。
数秒間、ノートと俺の顔を交互に見比べたあと――その薄い唇が、ゾッとするほど綺麗な笑みを刻んだ。
「……天才か? 君は僕の理解者になり得る存在だ」
「違います!! ただのゲーム好き……じゃなくて、ただの通りすがりです!!」
「決めた。テウル・エクス。君を僕の『共同研究者(兼・観察対象)』として登録する。明日から放課後は僕の個人研究室に来なさい」
(またこれだよーーーー!!)
カゼルには『舎弟一号』にされ、シオンには『共同研究者(観察対象)』にされた。
(なんで?? 俺は学園に入ったら屋根の上から双眼鏡で彼らがレイ(主人公)を奪い合う『ほら滅』の本編をニヤニヤ観賞する予定だったんだぞ?? なんで入学前に攻略対象(攻め)のふたりとガッツリフラグ立ってんだよ!!)
帰宅後。
部屋で弟のルークを抱きしめながら、俺はガタガタと震えていた。
「にいさま……? きょうは『黒髪のかっこいいおにいさん』の話しをしてるの……?」
「ルーク……助けてくれ……。俺の『絶対安全圏高みの見物計画』が、幼少期の段階でガラガラと音を立てて崩壊している……っ!」
「にいさま、しっかり! 500メートル離れるんでしょ!?」
「そうなんだけど!! 相手から5メートル以内に詰めてくるんだよおおお!!」
学園入学まで、あと数年。
テウル・エクス(前世・腐男子)の平和な観客ライフへの道のりは、あまりにも前途多難であった。
コメント
1件
第3話、めっちゃ面白かったです!!😭💕 テウルの「なんで幼少期からフラグ立ってるんだよ!!」って絶望、笑いすぎましたw カゼルに「舎弟一号」にされ、シオンに「共同研究者(観察対象)」にされる流れ、まさに狂愛候補生たちの片鱗がヤバかったです… このまま学園編に突入したらどんな修羅場になるのか、想像しただけでニヤニヤ止まらないです!!(テウルは地獄ですが…) 次回も楽しみにしてますね〜🌸✨