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千鶴には三つ年上の兄と一つ年上の姉がいる。
二人はとにかく出来が良く、両親は二人に期待していた。
兄は医者を目指し、姉は弁護士を目指す。
勉強も運動もそつなくこなし、成績は常にトップクラスだった。
けれど、千鶴は違う。
決して悪い訳ではないが、千鶴は勉強も運動も人並み程度。
兄と姉が出来すぎたせいか、幼少期から常に比べられてしまっていた。
千鶴の良さと言えば、持ち前の明るさと物怖じしない性格、そして周りを魅了する容姿くらいのものだった。
「父も母も、私には何の期待もしてないんです。だから、家でもいつも一人でした。母は兄と姉の塾の送迎で忙しかったし、父も仕事人間で常に帰りが遅かったので」
「そうか……」
「だけど、佐伯さんにスカウトされた時だけは、『凄い』と褒めてくれたんです」
「それなら、千鶴のモデルとしての活躍を十分期待しているんじゃないか?」
そんな蒼央の言葉に、千鶴は弱々しく首を横に振った。
「期待はしてないんです。あくまでも褒められただけ。芸能界なんて厳しい世界、やっていける訳が無いって、反対されました」
「今も、反対されたままなのか?」
「いえ、一応、許可は貰いました。三流大学に進学するくらいなら、スカウトされたモデルをやってみればいいと。ただし、生活費は自分で稼ぐこと、恥を晒すことだけはしないようにと言われました」
「……お前は、家を出たかったんだな。親元から離れて、自由になりたくて上京して来たんだな」
「そうです。本当は、モデルがやりたかった訳じゃないんです。ただ、私にも出来ることがあるならって思って、佐伯さんの話を受けたんです」
蒼央は千鶴を写真に撮りつつ、ずっと思っていたことがあった。
それは、千鶴が心の底から撮られることを楽しんでいないということ。
傍から見れば、十分楽しんでいるように見えたし、写真の出来栄えも素晴らしいものだった。
けれど、蒼央には分かっていたのだ。
千鶴は心に何かを秘めていたことに。
その何かが無くなった時、撮られることを心から楽しめるようになった、その時は、今以上に魅力溢れる千鶴を写真に収められることを。
「俺はずっと、お前が何かに悩んでいることに気付いていた。レンズを通してな」
「やっぱり……そうだったんですね」
「気付いていたのか?」
千鶴の言葉に驚いた蒼央は目を丸くした。
「はっきりと気付いた訳じゃ無いんですけど、蒼央さんには全てを見透かされている気がしていたので、隠せないなって。でも、撮影は楽しいんです。カメラの前に立つと、これまで自信の無かった自分とは別人になれる気がして、楽しめるんです。それは、本当です」
千鶴は初めこそ乗り気じゃなかったけれど、蒼央に写真を撮って貰ったことで『撮られる』ことに楽しさを見出し、彼女なりに全力で取り組んでいた。
それでもやはり蒼央には無理をしていたのが分かったようで、蒼央は千鶴が何に悩んでいるのか、何を思っているのかが知りたかったのだ。
「母親からは、定期的に連絡が来るのか?」
「そうですね、最低でも、週に二度は来ます。きちんとやっているのか、他人に迷惑を掛けていないか、仕事はどうなっているのかって……」
「だから出たくなかったのか」
「……はい。そんなことしちゃいけないって分かってはいるんです……。でも、母の私への干渉は私を心配してのものではないから……。心配しないのなら、いっそのこと、放っておいて欲しいと思ってしまうんです……」
千鶴は決して母親のことが嫌いな訳では無く、出来ればほんの少しでもいいから自分に興味を持って欲しいだけなのだ。
けれど母親も父親も兄と姉のことで手一杯で、きちんとやっていけるかわからない『モデル』という不安定な職業を選んだ千鶴には興味が持てず、頻繁に連絡をして来るのは都会へ出て変な輩と付き合っていないか、問題を起こさないか、遊佐家の名に傷がつくような厄介事に巻き込まれていないか、自分たちの暮らしに影響が出ないよう常に目を光らせて監視をしているだけだと分かっているから、放っておいて欲しいと思っているのだ。