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#山中柔太朗
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apricot
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「ねえ、勇斗。これ、どっちがいいと思う?」
休日の午後。
俺は、婚約者の隣に座り、テーブルに並べられた結婚式場のパンフレットを眺めていた。
白を基調としたチャペル。緑に囲まれたガーデン。大きな窓から光が差し込む披露宴会場。
どれも素敵で、正直なところ、違いがよく分からない。
🩷「うーん……俺はこっちかな」
「本当? 私もこっちがいいと思ってた」
彼女は嬉しそうに笑った。
その笑顔を見ると、自然と笑顔になる。
彼女と出会いは、 両親のお見合いで決まり、何度か食事に行くうちに、気づけば一緒にいることが当たり前になっていた。
彼女は俺の話をよく聞いてくれた。
仕事で疲れた日も、何も話したくない日も、無理に聞き出そうとはしなかった。
一緒にいると、穏やかな気持ちになれた。
だから、結婚を決めた。
少なくとも、そのときの俺は、そう思っていた。
「勇斗?」
🩷「ん?」
「最近、ちょっとぼーっとしてない?」
はっと顔を上げた。
🩷「そう?」
「うん。何か考え事?」
🩷「いや、仕事がちょっと忙しくて」
嘘ではなかった。
けれど、それだけでもなかった。
彼女は少し心配そうに勇斗を見つめたあと、パンフレットを閉じた。
「無理しないでね」
🩷「ありがと」
彼女がそっと俺の手に触れる。
その手は温かかった。
俺はその手を握り返した。
大切にしたい。
それは、間違いなく本心だった。
なのに。
どうして、あの日からずっと、別の誰かのことを考えてしまうのだろう。
その夜。
俺は一人で車を走らせていた。
特に目的地はなかった。
気づけば、いつもの海へ向かう道を走っていた。
街灯の少ない道。窓の隙間から入る潮の匂い。
🩷「……ほんと、何やってんだろ」
苦笑しながら、車を停めた。
海岸まで歩くと、波の音が聞こえた。
昔と同じ場所に立つ。
あの日、仁人が「二人で逃げない?」と送ってきたとき。
驚いた。
嬉しかった。
でも、何より怖かった。
あのまま二人でどこかへ行ってしまったら、もう戻れなくなる気がした。
掠れた声で俺の名前を呼ぶ仁人。
それでも、仁人の手を取った。
そして、キスをした。
あの瞬間のことを、一度も忘れたことがなかった。
🩷「……好きだったな」
小さく呟く。
過去形にしたはずの言葉が、夜の海に溶けていく。
そのとき、スマートフォンが震えた。
彼女からだった。
『今度の休み、式場の見学に行かない?』
俺は画面を見つめた。
しばらくして、返信を打つ。
🩷『行こう。楽しみにしてる』
送信。
スマートフォンをポケットにしまう。
海を見つめたまま、長く息を吐いた。
逃げてはいけない。
もう、あの夏のように、何も言わずに終わらせることはできない。
一方、仁人は東京の自宅で、仕事の資料を広げていた。
帰ってきてから、もう何日も経っている。
忙しい日常に戻れば、あの町での出来事も少しずつ薄れていくと思っていた。
けれど、ふとした瞬間に思い出す。
海辺で隣に立つ勇斗。
大人になった横顔。
左手の指輪。
💛「……はあ」
ペンを置いた。
机の端には、あの青いガラスのキーホルダーが置かれていた。
鞄から出して、そのまま置きっぱなしにしていたのだ。
指先で、そっと触れる。
あの頃の自分は、勇斗と離れたくなかった。
でも、離れたくないと言えなかった。
勇斗も、同じだった。
八年も経って、ようやく分かったこと。
💛「遅すぎるよな……」
笑おうとしたけれど、うまくいかなかった。
そのとき、スマートフォンに通知が届いた。
見慣れない番号ではない。
柔太朗からだった。
🤍『そういえば、仁ちゃん。今度こっちに来る予定ある?』
💛『まだ決まってないけど、仕事次第かな』
🤍『そっか。もし来るなら、またみんなでご飯行こ』
後ろでは太智と舜太の笑い声が聞こえる。
🤍「2人ともうるさいから!!」
🤍「ごめん仁ちゃん」
💛『うん、ありがとう』
笑いながら答える。
それだけのやり取り。
けれど、画面を閉じようとしたとき、もう一通届いた。
🤍『勇斗のこと、あんまり一人で抱え込まないでね』
仁人は、動きを止めた。
何を知っているのだろう。
どこまで気づいているのだろう。
返信欄を開いたまま、しばらく考える。
そして、短く打った。
💛『大丈夫だよ』
送信したあと、俺はスマートフォンを伏せた。
大丈夫。
💛「大丈夫、…」
そう言うのは、昔から得意だった。
本当は、大丈夫じゃなくても。
数日後。
勇斗は、婚約者と一緒に式場の見学に来ていた。
案内されたチャペルは、白い壁と大きな窓が印象的だった。
祭壇の向こうには、緑の木々が広がっている。
「きれい……」
彼女が小さく呟いた。
🩷「うん、いいね」
俺もそう答えた。
担当者が説明を続ける。
当日の流れ。装花。写真撮影。ゲストの人数。
彼女は一つひとつ楽しそうに聞いていた。
できる限り笑顔で相槌を打った。
けれど、ふと祭壇の前に立ったとき。
頭の中に、まったく別の光景が浮かんだ。
夏の海。
夕焼け。
仁人の濡れた前髪。
「勇斗」
名前を呼ばれ、俺は振り返った。
彼女が不思議そうに見ている。
「どうしたの?」
🩷「……ごめん。ちょっと考え事」
「そっか」
彼女は笑った。
けれど、その笑顔は、いつもより少しだけ寂しそうに見えた。
帰り道。
車の中で、彼女が静かに口を開いた。
「ねえ、勇斗」
🩷「ん?」
「結婚するの、楽しみ?」
信号が赤に変わる。
ハンドルを握ったまま、すぐには答えられなかった。
🩷「……うん」
やっと出た声は、自分でも驚くほど小さかった。
彼女は窓の外を見つめた。
「そっか」
それきり、会話は途切れた。
青信号になっても、俺ははすぐにアクセルを踏めなかった。
後ろの車のクラクションで、ようやく我に返る。
車を走らせながら、勇斗は思った。
彼女は、何かに気づいているのかもしれない。
自分が隠しているものに。
そして、それを見ないふりしてくれているのかもしれない。
その優しさに甘え続けることが、本当に彼女を大切にすることなのだろうか。
答えはまだ出ない。
けれど、もう一つだけ、はっきりしていることがあった。
今度こそ、誰かを傷つけないために黙るのではなく。
自分の気持ちと、きちんと向き合わなければならない。
俺は、前を見つめた。
フロントガラスの向こうに、夕暮れの空が広がっていた。
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コメント
1件
第24話、読ませていただきました。勇斗が仁人を想いながらも婚約者と結婚準備を進める…その心の揺れがすごく丁寧に描かれていて、胸がぎゅっとなりました。特に式場見学中、祭壇の前に立った瞬間に夏の海の仁人が浮かぶ場面が切なくて。柔太郎が仁人に「抱え込まないで」と伝える優しさも沁みました。お互い「大丈夫」と言いながら本当は大丈夫じゃなくて…次が気になります🌷