テラーノベル
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冷たい雨がアスファルトを叩く音が、虎杖悠仁の鼓膜を震わせていた。視界が揺れる。腹部に突き刺さった乙骨憂太の刃の感触が、現実味を帯びて神経を焼き尽くす。
(ああ、死ぬんだな。ここで)
虎杖は悟っていた。だが、不思議と恐怖はなかった。ただ、申し訳なさと、何かが終わる寂しさだけが胸を満たしていた。
乙骨憂太の表情は冷徹だった。上層部との縛り。虎杖を一度殺し、即座に反転術式で蘇生させる。その残酷な手筈を彼もまた、口に出すことは許されていない。
「ごめんね、虎杖君」
乙骨が刃を深々と捻り込もうとしたその時だった。
「……そこまでです」
空気が凍りついた。
突如として、その場の密度が変わった。誰も気付かなかった。気配すら消し去った影が、いつの間にか虎杖と乙骨の間に立っていた。
銀灰色の髪をなびかせ、エルフのような尖った耳を揺らす少女。水乃刻。
虎杖は目を見開いた。いつも学校でぼんやりと外を眺めていた、あの幼馴染。なぜ、こんな死地へ。
「刻……? なんで……っ」
「黙っていてください、悠仁。今は安静に」
刻の言葉は淡々としていた。何を考えているのか測れない、掴みどころのない瞳。
彼女が右手をかざすと、空間から氷の日本刀が創り出された。凍てつく刃であるはずなのに、刀身にはゆらりと禍々しい炎が纏い、周囲の雨を瞬時に蒸発させていく。
「一般人が何をしている。離れなさい」
乙骨が警告する。しかし刻は動じない。彼女の瞳が、ふっと赤く染まった。
六眼の対、天眼。
未来視によって乙骨の切っ先が向かう先を完全に把握した刻は、炎を纏った氷刀でその軌道を完璧に弾き飛ばした。
「……何」
乙骨が驚愕に目を見開く。刻の動きは洗練されていた。自身の能力値を2倍に底上げするバフを己に付与し、さらに虎杖へも最小限の出力で安定化のバフをかける。
「悠仁の未来は、ここにはありません」
刻の顔には、かつてないほど冷徹な光が宿っていた。
施設での凄惨な実験。移植された瞳。拒絶反応で死んでいった仲間たちの記憶。それら全てを飲み込み、彼女は「万物創造」の力で戦場を支配する。相手の術式を瞬時に解析し、自身のものとして構築する。
「天の羽衣」
彼女が小さく呟くと、柔らかな光の結界が虎杖を包み込んだ。
乙骨の攻撃は、全てその結界に吸収され、虎杖の傷を癒す呪力へと変換されていく。一ヶ月に一度しか使えない、絶対防御と回復の秘術。
「どうしてそこまで」
虎杖の震える声に、刻は振り返ることなく答えた。
心から笑うことさえ忘れていた彼女の世界を、唯一色づかせた存在。この理不尽な世界で、彼だけが彼女を「水乃刻」として見てくれた。
「悠仁に生きていてほしい、ただそれだけです」
彼女の瞳から血が滲む。天眼の過剰な負荷が、彼女の体を内側から蝕んでいた。
それでも彼女は笑った。それは、幼い頃に母親を待ち続けた時のような空虚な笑みではなく、自分の意志で、大切な誰かを守るための、初めての笑みだった。
「さあ、続きをしましょうか。特級呪術師様」
炎と氷を纏った少女が、最強の呪術師に刃を向ける。
その背中は、虎杖が見てきた誰よりも小さく、そして誰よりも強く見えた。
まみか
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小豚ちゃん
コメント
1件
第1話からすごい密度ですね…! 刻ちゃんのキャラクター設定が細かくて、一気に世界観に引き込まれました。特に「心から笑うことさえ忘れていた」彼女が、悠仁を守るために初めて笑う場面が胸に刺さります。氷と炎の刀、天眼の代償描写も切なくて、続きが気になります🌷