二人はこちらに一泊して、お父さんは長野に帰って行った。またすぐこちらに来るらしい。お母さんは僕が入院中はこっちにいて、退院後は様子を見て帰ることになった。
昼間は検査やカウセリングが行われ、後の時間は記憶を取り戻すために動画サイトを見たり、お母さんに買ってきてもらったチームが載ってる雑誌をただ読んで過ごす。スマホも確認したかったけど、設定してるパスワードが分からなくて開けなかった。着信やラインがすごいことになってることをマネージャーの人に話したら、
「大森さんと若井さんに、藤澤さんと親交あった方に『藤澤さんは大丈夫』と連絡入れてもらいましょう。それと、各所に『入院中の為直接の連絡はNG』と通達しておきます。そうすれば何かあった時は事務所か大森さん達に連絡がくるでしょう。」
「ありがとうございます。」
本当に至れり尽くせりで、自分が傲慢になってしまわないか怖くなる。
『コンコン』
「はーい、どうぞー。」
誰だろ?事務所に人かな?
「失礼しまーす。」
今見てる雑誌に載ってる人が入ってきた。
「あ!Gt.の人だ!」
僕の言葉に、お母さんが
「ちょっと、涼!」
「あ、ごめんなさい…。えっと、若井君だよね?」
「そ。若井滉斗です。」
笑いながら手を差し出してきたので握手をした。
「涼ちゃん今日は手温かいね。」
確かに末端冷え性だから手とか足は冷たくなりがちだけど….。
「涼ちゃんママもお久しぶりです。」
「お久しぶりです。いつも涼架がお世話になってます。」
「いえ、俺も涼ちゃんには随分助けられてます。」
お、大人の会話だ….。
「記憶の方どんな感じ?」
暗くならないようにあえて軽く明るい感じで聞いてくれてるんだろうけど、それを感じさせないごく自然体でこちらも自然と明るい気持ちになれた。
「まだ全然かな。これに載ってるの僕じゃないみたいで変な感じ。」
見ていた雑誌を見せる。
「涼ちゃんって曲で結構ヴィジュ変えてるからね。でも、全部ちゃんと涼ちゃんだよ。」
「若井君とは同居してる時期があったんだよね?」
「うん。何年か前ね。」
同居理由が仲がそこまでよくなかったからって雑誌のインタビューには書かれてたけど、この感じだと今は仲いいよね?
「お母さん、ちょっと若井君に聞きたいことがあるから部屋出ててくれない?」
「はいはい。」
「マネージャーさん達も。」
いつも居て色々対応してくれるマネージャーさんと、若井君と一緒に来たスタッフさんも部屋を出て行ってもらった。
「人払いしてまで何聞きたいの?。」
「あのさ、変なこと聞くんだけど、僕の彼女って知ってる?」
「それ聞くためだけにお母さんまで部屋の外に出てもらったの?」
「だってお父さんには”紹介したい子がいる”って話してたらしいんだけど、お母さんには話してないってことはさ、何か理由があるんじゃないかなって思って。」
「あー….。」
「やっぱり何か知ってるんだね?!スマホもパスワード分からなくて開けないし。」
「Face IDは?」
「顔怪我してるからか開けなかった。一応有名人?だから何かしら熱愛報道的なものないのかな調べたけど、僕だけ….僕だけ全くなかった….!」
身持ちが堅かったのか、モテなかったのか….。多分後者だろう….。
「俺と元貴の熱愛報道も全部デマだからね?」
「デマでも可愛い子との熱愛報道なんて羨ましいよ….。」
「まぁ、涼ちゃんには最強のセキュリティがいるしね。」
「最強のセキュリティ?」
「あ、やべ。そろそろ時間だわ。」
「元貴君もだけど、忙しいんだね。」
「ありがたいことにね。」
彼女のこと聞けなかったけど、これ以上は引き留められないし、また今度にするか。
「あ、そうだ。涼ちゃん。」
「なに?」
「涼ちゃんのスマホのパス、多分”0914”だよ。」
「え?」
何で知ってるか聞きたかったけど、それより先にスマホを手に取り今聞いた数字を入力してみた。
「開いた….。」
「やっぱりね。涼ちゃんベタなことするね。」
「この番号は何?」
「調べたらすぐわかると思うから言っちゃうけど、元貴の誕生日だよ。」
「元貴君の….?」
何で元貴君の誕生日をスマホのパスにしてるんだろう?若井君が”ベタなこと”って言ってるから、元貴君は僕にとって大切な存在だったってこと?
「明日は元貴と二人で来れそうだから。またね、涼ちゃん。」
若井君は帰って行き、しばらくしてお母さんが戻って来た。
「どうだった?聞きたいこと聞けた?」
「聞けなかった。若井君も忙しそうで。」
「そりゃあね。ただでさえ忙しいのに、涼の代役で色々してるってマネージャーさんが言ってたわよ。」
「僕のせい….。」
「申し訳ない気持ちでいっぱいだろうけど、今は仕方ないでしょ。」
「うん….。」
面会時間が終わり、お母さんは宿泊している近くのビジホに帰って行った。
1人になりようやく落ち着いてスマホを見ることができる。
親交がある人たちがニュースを見て送ってくれたメッセージが沢山あるけど、記憶を戻す手掛かりはこれといってない。さらに言うと、彼女っぽい人も見当たらなかった。
「お父さんに言った”紹介したい子”って誰だろう?」
言い方からして相手は年下だろう。忘れてるってことはチーム関係者ってことだよね?
LINEの中で一番多いのは元貴君とのやり取り。その次が事務所の人との業務連絡のやり取りで、次が若井君とのやり取り。事務所の人とのやり取りが業務的なのは仕方ないとして、若井君とのやり取りも7割くらいは簡単な業務連絡。それに対して元貴君とは取り留め尚ない会話から、仕事のこともありつつ、お互い家に行き来することや出かける約束なども結構していた。若井君との方が仲良かったのかと思ったけど、LINEを見る限りでは元貴君との方が仲良かったみたい。
「だから元貴君の誕生日をスマホのパスに設定してたのかな….?」
ただの友達にそこまで?僕重くない….?
「けど元貴君も….。」
明確な答えはないけど、元貴君のメッセージには端々に何かが見え隠れしている気がする。
一瞬彼氏彼女?くらいなラインっぽいが、そこには愛してるだの好きだのと言った言葉はないので、仲がいいと言ってしまえばそれまで。色んな映像見て、元貴君は人との距離が近いようなのでおかしい事ではないのかもしれない。
次の日、検査やカウセリングが終わり部屋に戻ると、お母さんが来ていた。
「来てたんだ。」
「涼、調子はどう?」
「体は全然問題ない。」
「記憶は?」
「まだ戻らない。どうしてなんだろうね?」
「涼、辛いなら帰って来ていいのよ?」
「え?」
「今は忘れてるのかもしれないけど、涼にとってチームはとても辛いところだったんじゃ――――。」
思わず叫んだ。お母さんは驚いて表情をしているが、僕が一番びっくりしてる。
「あ、あれ?僕、なんで….。」
咄嗟に出た言葉の理由が分からない。思い出せないはずなのに、絶対に違うと何故か分かる。
「よくわかんないんだけど….辛いこともそりゃあると思う。でも、楽しい嬉しいが勝つ!….て思うんだよね….。よくわからないけど….。」
すると、お母さんは優しく笑った。
「きっとそれが答えね。よかったわ、辛いだけの場所じゃなさそうで。」
「でも、元貴君と若井君はどう思ってるか分からないから。もしかしたら….。」
その時、いきなり扉が開いた。
「俺達には涼ちゃんが必要だよ!」
元貴君と若井君が扉の前に立っていた。
「二人とも….。」
元貴君は僕に駆け寄り、手を握る。
「涼ちゃんが記憶戻った時、本当に”辞めたい”って思ったのなら受け入れる。でも、俺達は涼ちゃんと一緒に居たい!そのことは忘れないでっ。」
「元貴君….。」
元貴君の後から入って来た若井君も
「元貴は涼ちゃんプロデュースに命かけてるから大丈夫だよ。俺もそれ見るの楽しいしね。」
「若井君….。でも、僕記憶がなくて、二人に迷惑かけて….。」
元貴君は首を横に振った。
「迷惑だなんて思ってないよ。それに、涼ちゃんが忘れても俺達が涼ちゃんを覚えてるから大丈夫。また始めよう、俺たちのMGAを。」
「あ、ありがと、二人とも….。」
堪えきれず涙が零れる。若井君は笑って
「記憶失くしても、泣き虫なのは変わらないんだね。」
「だって….。」
グスグス鼻をすすっていたら、お母さんがふふふと笑った。
「若いっていいわねぇ。こんな熱烈なプロポーズされたんじゃ、涼架もまんざらじゃないんじゃない?」
「ちょ、お母さん!」
お母さんは座っていた椅子から立ち上がり、元貴君と若井君に深々と頭を下げた。
「うちの涼架をよろしくお願いします。」
「お母さん?!」
びっくりしていると、元貴君も同じように頭を下げて
「承りました。病める時も健やかなる時も涼架さんと頑張っていきます。」
「うふふ。本当に結婚のあいさつみたいね。」
「一生の付き合いという点では結婚みたいなものだと思いますよ。」
「まぁ。涼はお嫁に行っちゃうのかしら?それともお二人がお嫁に来てくれるのかしら?」
「どちらでも僕は構いません、涼架さんと一緒に居られるなら。」
「大森さん情熱的ね。」
「そうですか?」
笑い合うお母さんと元貴君。この二人って結構似てる….?
「そうだ、涼ちゃん。退院した後のこと何か考えてる?」
若井君に聞かれ僕は首を横に振った。
「しばらく自宅で生活してみたら何か思い出すかなってくらいで特に何も….。」
「元貴と話したんだけど、体が大丈夫そうなら身内だけの練習に参加してみない?」
「え?!」
「別にキーボード弾けって言ってるんじゃないよ?参加してその空気を感じるだけでもなにか思い出せるかもしれないじゃん?」
「そうだね….。うん!参加したい。」
僕の言葉に元貴君は嬉しそうに笑った。
「じゃあ退院決まったらマネージャーに言って。スケジュール調整しよう。」
「ありがとう、二人とも!」
その後少し二人からチームについて話を聞いたが、やはり忙しいのかすぐに帰って行った。
「素敵な人たちね。」
嬉しそうなお母さんの言葉に、僕も嬉しくなる。
「僕にはもったいない人達だね。」
だからこそ、なぜ彼らを忘れてしまったのか疑問が残る。
(とにかく、退院したら迷惑かけないように頑張ろう!)
コメント
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このお話ほんとに大好きです❤️ プロポーズはもちろん個人的には若様の「最強のセキュリティ」と「涼ちゃんプロデュースに命かけてる」にだよねーってキュンとしました💕
うぅ(´;ω;`)プロポーズしてんの良き微笑ましいわぁ