劇的なプロポーズ(?)から3日過ぎたころ、チーフマネージャーから連絡が来た。
『元貴君、明後日涼ちゃん退院して、自宅療養に切り替えることになったよ。』
「そっか。」
酷い怪我はなく一応の入院だったけど、やはり退院という言葉にどこかほっとする。
『一週間に1回通院しつつ様子見。退院日に涼ちゃんパパがこっちに戻ってきて、退院後パパママは涼ちゃんところに一泊。問題なさそうなら仕事もあるし二人で帰って、その後は1~2週間に1回はこっちに来るらしい。』
俺や若井は親に会おうと思えばすぐ会える距離に居るけど、涼ちゃんはそうじゃない。ご両親も不安だろう。
『それで、元貴君。話にあった身内だけの練習に涼ちゃんを参加させる話だけど、このまま進めていいの?』
「うん。だけどその前に俺と若井と涼ちゃんの三人でセッションしたいんだけど、スケジュール調整できそう?」
『夜遅くなっちゃうけど、できるはできるかな。』
「なるべく気楽にやりたいから小さめのスタジオで。」
『わざわざスタジオ押さえなくても、元貴君の家でするのはどう?』
「あー….。それも考えたんだけど….。今の状態だといくら涼ちゃんでも気楽にできなくない?」
いくらメンバーだと言っても記憶がない今の涼ちゃんにとって、俺も若井もよく知らない他人だ。そんな人の家に招かれるとか….
「俺だったら気楽にできない….。」
『そりゃ元貴君ならね…。』
どういう意味だよコラ。
『記憶がなくなってるからこそ、三人で深い話もできる家の方がいいと思うよ。一度涼ちゃんに聞いてみる。少しでも難色示したらすぐスタジオ押さえるから。』
「わかった。よろしく。」
退院日当日には俺も迎えに行きたかったけど、家族水入らずを邪魔するのもどうかと思ってやめた。そしてチーフ経由で涼ちゃんから自宅セッションOKの返事が来て、スケジュールが調整された。
当日
「今日はよろしくお願いします。」
涼ちゃんがうちにやって来た。チーフは涼ちゃんを送り届けた後、
「じゃ、帰りはお願いね、元貴君。」
「了解。」
チーフは帰って行った。
「さ、上がって。」
「お邪魔します….。」
恐る恐るといった風に入ってくる。そこへ奥から若井がひょっこりと顔を出した。
「おー、涼ちゃん。久しぶり!」
「あ、若井君。来てたんだね。ごめん、僕が一番遅かったみたいで。」
「大丈夫。俺は前の仕事が早めに終わっただけだし、元貴は今日夜仕事なかったし。」
「一息ついてから楽器触ってみる?」
「そのことなんだけど、元貴君。」
「どうしたの?」
「えっと….先にキーボード弾かせてもらってもいいかな?」
「いいよ。」
作業部屋に置いてあるキーボードに案内する。その前に座ると、おもむろに涼ちゃんは弾きだした。
「「え …..。」」
俺と若井が驚いている横で、涼ちゃんはバラード曲を完璧に弾き切った。
「すげぇ、涼ちゃん。」
若井の言葉に、涼ちゃんは嬉しそうに
「練習したんだ。でも、体が覚えてたみたいで案外すんなりできたよ。」
「記憶なくなる前より弾けてるよ!」
「それは….いい事なの….?」
ちゃんと弾けてはいる
だけどなんだろう?
この違和感
「元貴?どうした?」
「違う….。」
「「え?」」
「完璧なんだけど、何かが違う….。」
目を瞑って記憶を呼び起こす。
激しい曲は命を燃やす様に
切ない曲は涙を流しながら
楽しい曲は笑顔いっぱいで
歌詞の意味を、音の存在を
全身で感じながら弾いていた
「そっか….。感情がないんだ….。」
いつも涼ちゃんは感情をたっぷり乗せて弾く。だから人々を魅了する音色を奏でることができる。今の涼ちゃんの演奏は、まるでコンピューターによる自動演奏。完璧だけど心を揺さぶられない。
若井が”なるほど”と納得する。
「確かに。うまいけどそれだけって感じ?」
「若井….。」
「あ、ごめん!涼ちゃんが悪いんじゃないよ!!しょうがないって。」
しかし、涼ちゃんはあからさまにしょぼんとしていた。
記憶をなくす前の涼ちゃんは、キーボードの前では諦めず、何か言われたらあれやこれやと提案して俺の納得のいく音を作ろうとしてくれた。
比べたってしょうがないのに
貴方は貴方なのに
一つ一つの違いが
俺の知ってる貴方じゃないことを痛感させる
「こうしててもしょうがないから始めようか。」
俺の言葉に二人は頷いた。今の状態でセッションは難しそうだから、涼ちゃんが練習してきたという曲を三人でやった(ドラムとベースはPCのソフトから)。いくつかやって分かったことは、キーボードを弾く分には何の問題もなかった。むしろ間違えることなく強弱も間も楽譜通り。
(最悪このまま記憶が戻らなくてもチームは続けていけそうだけど….。)
ほっとするのと同時に、もう俺の涼ちゃんには会えないのかと思うと胸が苦しくなる。
「元貴、大丈夫だよ。」
若井が俺の肩を叩いた。昔からだけどこいつ力加減バグってない?痛いんだけど。
「あの歴史的瞬間を目撃した俺が断言する。きっと大丈夫!」
「歴史的瞬間?」
「ベタな必然。」
「あぁ….。」
若井と涼ちゃんが同居していた時に泊まりに行って、涼ちゃんが風呂入ってる間に俺が若井に”涼ちゃんのこと好き”って零したらしっかり涼ちゃんに聞かれたやつね。おかげで恋人同士になれたわけだけど。
「大丈夫じゃなくてもまた始めればいいじゃん。それぞれの物語を。なんてね。」
涼ちゃんがいる手前明確な言葉を避けてはいるが、若井は若井なりに俺を励ましてくれてるんだろう。
確かにそうかもしれない。記憶をなくしているだけで根本的なものは変わらない。涼ちゃんは涼ちゃんだ。記憶が戻らなくても、また俺を好きになってもらえばいいだけの話だ。
「ありがと、若井。」
「どういたしまして。」
笑い合う俺と若井を涼ちゃんは眩しそうに見つめる。
「仲いいんだね、二人とも。幼馴染だっけ?」
「若井とはここまでくると腐れ縁だよ。」
「元貴、それを言うなら運命だろ?」
「キモっ。」
「酷っ。」
すると涼ちゃんが
「まさにBFFだね。」
「「え?」」
「何かの映像で見たけど、BFFは若井君の曲なんでしょ?」
胸が締め付けられる
記憶だけじゃなく
曲の込めた俺の想いまで消さないで
言葉を紡げずにいる俺の代わりに、若井が優しく涼ちゃんに言った。
「あの曲は俺だけに向けた曲じゃないよ。俺と涼ちゃんに向けて、元貴が想いを込めて作ってくれた曲なんだよ。」
「そうなんだ….。あの、ごめん元貴君….。」
「大丈夫だよ、涼ちゃん。」
無理やりにでも笑顔を作り、涼ちゃんを安心させる。
「そうだ、涼ちゃん。これ前に涼ちゃんが俺のデモ音源から作ってくれてた新曲の楽譜なんだけど。」
タブレットに表示された楽譜を見せる。
「後で楽譜送っておくから、一通り弾けるように練習しておいて。」
「分かった。」
「俺帰るけど、涼ちゃんどうする?タクシー一緒に乗ってく?」
若井は涼ちゃんに聞いた。
「そのことなんだけど、元貴君。僕もうちょっと練習したいから少し残っていいかな?」
「構わないよ。涼ちゃんがいいなら泊まってもいいし。」
「無理はしないでね、涼ちゃん。じゃ、お疲れー。」
若井が帰り、作業部屋に二人になる。
「涼ちゃん、一人の方がいい?それとも俺も一緒にやった方がいい?」
「んー….。じゃあちょっと教えて欲しいんだけど。」
「いいよ。どこ?」
「僕と元貴君って恋人同士だったんだね。」
5秒くらい時が止まった気がした。
「え?俺と、涼ちゃんが、恋人?なんで?」
なるべく平静を装って聞き返す。
「記憶なくなる前の僕と元貴君がそういうやり取りしてるの見つけたから。」
いつだ?どれだ?SNSでは何かで流出した時にバレないように細心の注意を払うように二人で決めた。手紙でもそうだ。だから、想いは直接言おうって….。
「….!」
涼ちゃんを見ると、申し訳なさそうにほほ笑んでいた。
「もしかして、嘘…..?」
本当に何もなければ「そんなやりとりしたっけ?」等とすぐに反応できただろう。俺があたふたして考え込んだのが涼ちゃんの言葉を肯定するのには十分だった。
「一応聞くけど、そういうやり取りはなかったよね?」
「うん。」
「じゃあなんでわかったの?」
「明確な言葉はなかったけど、元貴君とのメッセージのやり取りが彼氏彼女間のそれに似てる気がしたんだ。そう思って改めてみると、やっぱり言葉の端々に甘酸っぱい何かを感じて….。」
「それでカマかけてみたと。」
「何もなかったら、元貴君は元々人との距離近い人だから間違えちゃったって笑ってごまかそうと思ってた。でも、僕の勘違いを否定せずに聞き返したから確信を得た。」
咄嗟に嘘でも否定したくなかったのが裏目に出てしまったようだ。
「涼ちゃんのくせに….。」
「あはは。」
俺は涼ちゃんの横に座る。
「….そうだね。俺たちは恋人同士だった。でもね、距離が近いのは涼ちゃんだから。それは勘違いしないで。」
「若井君とも近いと思うよ?」
「あいつは….男兄弟みたいなもんだよ。でも、近づきたい、触れ合いたいって思うのは涼ちゃんだけだよ。」
手に触れる。嫌がるそぶりはないようだから大丈夫とは思うけど….。
「元貴君….。」
「涼ちゃん….。」
「興味本位なんだけど、僕は入れる方?入れられる方?」
ん?
「どういう意味かな….?」
「僕の方がタッパはあるけど、ガタイがいいのは元貴君のほうだからどっちがどっちかなーって。」
甘い雰囲気だった、多分。それを瓦割のごとく真っ二つにされた気分だった。
「やめときな?記憶戻った時『死因:恥ずか死』になるよ?」
「そっか。でも、いい大人だししてたんだよね?」
「いや、それはまぁ、人並み程度には….。」
もうやめて。俺のライフはゼロよ。俺が『恥ずか死』しちゃう….。
「安心して。記憶ない涼ちゃんに手は出さないから。」
「出さないんだ。」
「え?」
思わず聞き返してしまう。
「いや、王子様のキスで目が覚めるとかあるじゃん?」
「だとしたら涼ちゃんはお姫様だけど?」
間違っちゃいないけど。
「やっぱそうだよね。」
「”やっぱそうだよね”?」
記憶なくても涼ちゃんは涼ちゃんだわ。うん。このわけわからん具合、なんか懐かしい。
「涼ちゃん、酒飲むかい?いい日本酒あるよ。」
「え?いいの?」
「うん。」
これは酒を飲ませて話題を逸らした方がよさそうだ。
リビングに移動し、適当につまめるものと日本酒を持ってきた。
「いただきます。」
涼ちゃんはお猪口に入ったお酒を一口飲んで
「美味しい~。この日本酒好きなんだぁ。」
「知ってる。たまに飲んでたよね。」
何なら今出してるのうちにある涼ちゃんのキープボトルだし。
「ねぇ、元貴君。」
「なに?」
「さっきの話だけど。」
「さっきって….。」
「キス、してみたい。」
「え”。」
話題逸らすの失敗した….だけじゃなく剛速球で戻って来たんだけど?
「いや?」
「いやじゃない!けど、涼ちゃんはいいの?記憶ない状態で。」
そう言えば涼ちゃんの過去の恋愛(怖くて)聞いたことなかったけど、記憶がない状態であんまり知らない人とキスできるくらいに遊び人だったの?いつも俺がキスすると顔赤らめるのとか演技だったり?さっきのカマかけを考えると1mgくらい可能性ありそうだから嫌だ….。
「自宅に戻ってから記憶を戻す手掛かりがないか色々見たんだけど、僕にとってチームとのこと、元貴君とのこと、きっとすっごく大切にしてた。だから早く思い出したいんだよ!」
「そういうことか….。」
俺とキスしたいわけじゃなくて、記憶取り戻す手段としてしたいってことね。
OK、OK。理解したけどなんでだろう。ちょっとガッカリ….。
「も、もちろん、元貴君とじゃないと、したくないからね?///」
はい、復活。
「本当にいいんだね?」
俺の言葉に、涼ちゃんはコクンと頷いた。
コメント
6件
続きたのしみです😭😭
死因 恥ずか死、名言ですね🤭笑 💛ちゃんが恋人だった事に気付いて、グイグイ来るとこにキュンでした💕
っぁ……たまらん可愛いです……尊死する……