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真夏の苦しいほどの暑さは抜けて、冷たさも混じる海風が髪をさらっていく。 ザザンと鳴る波越しに数回発信音が重なったあと特徴的な声がした。
『えとさん?』
「今、海にいるんよね。前心配してたから一応連絡しとく」
じゃっぴの慌てた声に笑うとこっちは心配してるんだけどと少し怒られて大丈夫なのになあと電話したことを後悔して話そこそこに切ってしまった。
商業施設の煌びやかさと対照的な暗い海。
えとはサクサクと浜辺を歩き始める。
夏の毎日投稿、毎日配信が終わるとホッとするようになったのはここ数年でそれだけ大きなグループになったのだと実感する。
いわゆる初期組と言われているじゃぱぱ、のあ、たっつんは特に忙しくてたっつんなんて寝込むに近いくらい終わったあとはぐったりしていたりなんかする。
割とけろっとしているじゃぱぱとのあは体力オバケすぎるだろとフッ軽であるえとですら強く感じる。
とはいえ、今年の9月はゲームの大会にお呼ばれし、大好きなのあよ誕生日に出かけ、ありがたいことに恒例になっている肝試しサーバーに参加させてもらったりと何かと忙しなかった。
そんな9月のある日、今年も生チョコアイスの時期がやってきたとSNSで見かけてこれは買いに行こうと玄関でサンダルを履いているとどぬくに声をかけられた。
「どこ行くのお」
「コンビニ」
「そうなん?」
何かついでに頼みたそうだったので少し待ってあげたが何も思いつかなかったようでいってらっしゃいと声をかけられたので少し笑ってしまいながら行ってきますと外へ出た。
夕方と言える時間帯で、以前外に出た時よりもだいぶ日が短くなったと思う。
肌を撫でる風も夏らしい蒸すような熱気が抜けて、さらりと心地よさを感じられる。秋の匂いものって心がふわりと浮上した。
「海、行きたいなあ」
コンビニに行くままの姿ではあったが、ここ最近はメイクの練習がてら用はなくても毎日メイクしているし、一応パーカー着て、お出かけ着のスエットだし、サンダルも出かけられるラインのサンダル。
交通費はモバイルがあるし、正直スマホさえあればなんとかなってしまうのが今の世の中だ。
ま、ノリと勢いっしょ。
えとはどぬくにコンビニと言ったものの、このまま海に向かうことを決めた。
帰宅ラッシュを逆行するように向かう電車は空いていて想定より快適だった。
車内の光で映り込む自分越しの風景はどんどんと夜の黒を濃くしていく。
どうしてこうも電車の中はよく眠れるのか、うたた寝して起きたときには降りようと決めていた駅の一つ手前だった。危ないとひやりとしつつ、いいタイミングで起きた自分エラいなんて思いながら軽く整える。
このまま海に行くのもいいけどどうしようと考えながら足を進める。
すると始め行こうと思っていたコンビニがあってアイス買っていって海で食べればいいんじゃんと迷わず入店した。
けれど、肌寒さも感じる風にアイスは躊躇してしまってどうしようと店内をゆっくりぐるっとすると値引きキャンペーンの広告が貼ってある肉まんの什器に目が止まってこれだとえとは胸がときめいた。
そうだお酒も買っていこうとカゴに焼酎を入れて、鮭とばも入れてレジで肉まんも頼んだ。あぁ、おでんもあったら良かったのになと若干の心残りをコンビニに置いて海に向かった。
エコバッグだけは持ってきていて良かったなと思う。さすがにこの街をスマホとレジ袋だけで歩くのは厳しかった。
あとは波の音と潮風の香りを頼りに海まで向かうだけだ。
海だ。
大きな橋とか街並みの照明が映り込んで都会は海までキラキラしているのだなと思う。
ちょっと派手派手しいなと少し照明が弱くなるところまで移動して、そういえば以前一人で海に来ることがあるといったら心配していた人がいると思い出してほら一人でも大丈夫と教えてあげようと思い電話したら、結局心配されて少し怒られた。
えとは少し不貞腐れながら階段に腰を下ろしてまだ温かい肉まんで冷えた指先の暖を取る。
ずっと波の音を聞いていると色んなものが空っぽになっていく気がする。
カサカサと肉まんの包み紙を開いてかぶりつけばあったかさと白いおまんじゅうのところの甘味と肉餡の旨みがじゅわっときてすごくすごく幸せな気持ちでいっぱいだ。
すかさずパキリと焼酎瓶の蓋を開いてひと口飲めばアルコールが少しキツいもののはぁっと幸せのため息が溢れる。
「はぁ、最高すぎる」
結局全部食べるつもりでいるので鮭とばも開けてしまう。噛み締めながら塩分をお酒で流せば楽しくって仕方がない。
海を眺めながら、一杯ひっかけてえとは今この瞬間一番自由なのは自分かもしれないとさえ思えてくる。
肉まんが冷えないうちにともぐもぐしてお酒が半分くらいになってきた頃、もう一度リーダーから電話が来た。
まだ心配してるのかあ?と多少億劫になりながら電話に出ればどこにいるのか、電話は切らずにそのままいてと言われて。素直に電話は切らずにいたらザクザクと自分以外の砂浜を歩く音が聞こえる。
「え?」
「はぁ、いた」
その声は電子音と生声が重なっていた。
驚いて後ろを振り返れば本当にじゃぱぱがいてなんで?とこぼれた。
「なんで?じゃないでしょ。全くこんな薄暗いところで一人、しかもお酒まで開けてて」
「あ、え?来たのわざわざ」
「勝手に来ておいてあれだけど。まあほんとに楽しそうにしてて何よりだよ」
「え、まあ、ハイ。めちゃくちゃ楽しんでました」
じゃっぴも食べる?と鮭とばを差し出せば食べるとえとの横に腰を下ろした。
「鮭とばうめー」
「うまいよね」
「鮭とばとチャミスルって」
「さっきは肉まんも食べてた」
「肉まん!?え、ずるじゃん誘われてないって」
「そもそも誘っとらんて」
「かなしー」
鮭とばを噛んでいるとやたらこちらを見てくるので飲みさしではあるがチャミスル飲むかと聞くと少しだけ迷ってもらうとじゃぱぱはお酒に口をつける。
「うま。鮭とばと酒やば」
「もうまじ楽しすぎる」
「来て良かったかも」
「あんだけ怒ってたくせに」
「いやいや、一人で夜の海に行くって言うから心配しただけだから。のあさんが一人夜の海に行くってなったら心配するでしょ?」
「まあ、確かに?」
「そういうことだよ。ね、もう一口お酒ちょうだい」
「いいよ」
えととしては少しアルコールの重さを感じてむしろ飲んでもらえるのはありがたいと残りを全て譲った。
「えとさんさー、この後どうすんの?お腹いっぱい?」
「いや、これしか食べてないからもうちょっとちゃんと食べたさはある」
「じゃあさ、このあと飯行こうよ。なんか食べよ」
「ごちそうさまです。ありがとうございます。リーダー」
「まあまあ、初めからえとさんに出してもらおうなんて思ってないからいいよ。家着でスマホしかぶら下げてなくてエコバッグの人にさ」
本当良くそのままでここまで来たよねとじゃぱぱは驚き半分呆れ半分でいう。
「最近の世の中スマホさえあればどうとでもなっちゃうんですよ。知ってました?」
「んー、確かに鍵とスマホさえあれば出かけられちゃうかも」
「でしょ。現金だけのところもあるけどそこを避ければどうとでも」
じゃぱぱは調べていたここから近くの海鮮系居酒屋をえとに見せる。
「良さそう良さそう!」
「よし、じゃあここで」
少しだけ残った鮭とばとゴミをエコバッグにしまってまたザクザクと砂浜を歩き始める。
「なんだ海来たかったの」
「んー、涼しかったから。暑いとしんどいじゃん」
「ほんとにそれだけ?」
「うん、それだけだよ」
「なら、良かったけど」
えとからしたらじゃぱぱの方がしんどそうに見えると思う。誰に対しても優しい、優しすぎるリーダーだ。自分が息抜きになるようにこの人の息抜きになればいいのだけれど。
でも、そういう彼を慰めたり解放してあげるのはどちらかと言えばえとの担当ではないと認識している。せいぜい暇つぶしの相手くらいだろう。
そういうのは大人組に任せておけばいい。
過ぎる優しさを見てちょっとの気まずさを感じながらお店に向かった。
「えとさん食べられないものあったっけ?」
「ここのメニューではないかも。あ、でも冷奴はいや」
「豆腐美味いじゃん」
「豆腐嫌いだってば」
出してもらう側であるし、注文はじゃぱぱに任せた。こだわりはないし、のあと出かけるときも大体のあに合わせている。
結局刺身の盛り合わせとカニの甲羅焼き、厚焼き卵と梅水晶を頼んだ。
飲み物はえとはいつもの梅酒ロック、じゃぱぱは冷酒だ。
「えとさん日本酒飲んでみる?」
「飲んでみたい。この間のあさんとしゅわしゅわする日本酒飲んでみて美味しかった」
「そうなんだいいよこれ飲んでみて。飲めなかったらオレ飲むし」
「いいの?じゃあ、ちょっと」
「魚と一緒だとまじ美味い」
白身の刺身を口にしてから勧められたお酒に口をつけるとしっかりお酒の味のあとほわりと特有の甘味が広がった。
甘味は美味しいとは思うけどやっぱりアルコールの強さに舌がまだ慣れない。
苦手さが顔に出たのかじゃぱぱ無理しなくていいよと微笑ましそうに笑われたのでえとはむくれる。
「えとさんにはまだ早かったかあ」
それは美味しそうに苦手だった日本酒に口をつけ、刺身を嗜むじゃぱぱにこういうところ大人なんだよなあとえとは感じる。
自分の梅酒ロックを口に含めばしっかりとした甘さがあってやっぱりまだこっちだなとほっとする。
「そういえばじゃっぴも飲んでみる?前言ってたよね」
「あ、そうだじゃあひと口もらうわ」
日本酒の後だからか甘いねとでも美味しいと結構気に入ったようだ。
じゃぱぱと二人で何話すんだろうと思っていたが、仕事の話はほとんどしなくてメンバーの面白いエピソードとか、お互いのやらかしの話、最近好きな漫画やアニメ、コンテンツの話でなんだかんだずっと盛り上がった。
最後に二人で焼きおにぎりのお茶漬けで〆て帰ろうかと店を出た。
「ごちそうさまでした」
「いいえ、楽しかったです」
「こちらこそ楽しかったです」
無駄に丁寧なやりとりにお互い笑ってしまう。
すっかりと夜が深まり風は涼しさよりも冷たさが強くなっていてえとは二の腕をさすった。
「冷えるね」
「うん、まあ暑いよりいいけど」
「確かに。暑いのは全裸になっても回避できないもんね」
「やばっ。お巡りさんここです」
「なってない。なってないからさすがに。お風呂でしか全裸にならないから」
「良かった良かった。ちょっとこの人がリーダーで大丈夫かなって心配しちゃったナ」
「普段からオレがリーダーで良かったって思ってるくせに」
「思ってるよ。当たり前じゃん」
冗談のノリで言ったじゃぱぱに対して、さらりとさも当然というえとにじゃぱぱは面食らってしまう。
「え、なんで?そうじゃんうちのグループじゃっぴじゃなきゃやってけてないと思うよ。もちろんのあさんとたっつん、他メンバーだからこそだけどさ」
「ほんっとそういうのサラリと言ってくれるよね」
「ふふっ、本心だからねー。ま、たまには。お疲れリーダー」
「どうもどうも。さて、そろそろ帰りますか。え、帰るよね?」
「帰る帰る。さすがにね。もう遅いしさすがに帰りますよ」
「良かった。送ってくよ」
「いいのー?ありがとう」
「そりゃ大事なメンバーですから送りますよ」
「メンバーで良かったあ、なんて」
なんて互いに照れ隠しで茶化しあいながら帰路につく。
酔ってさすがにシェアハウスの最寄駅から歩くのにめんどくささを感じてタクシーに乗って帰ってきた。
じゃぱぱのマンションもシェアハウスからならそう遠くもないのでそのままタクシーで帰るらしい。
「じゃあねえとさん、楽しかったよおやすみ」
「うん、こっちこそ楽しかった来てくれてありがとうねおやすみ」
タクシーを見送ってから家の中に入ろうとえとは思っていたけれど早く中に入れというじゃぱぱの優しさに甘えて手を振り玄関のドアの中に入るとタクシーが発車した音が少し聞こえた。
メイク落として、歯磨きして早く寝よと洗面所に向かう。
「えっ、もしかして今帰ってきた?」
「え?うん、そうだよ」
驚いて聞いてくるどぬくにえとはそうだよと返事したもののそういえばコンビニ行ってくると伝えていたなと思い出した。
「どこ行ってたの」
「えー、あー、コンビニ」
まあ、どこにあるとは言わないけれど。
間違いではない。