いろいろ考えてるうちに、とうとう社長室の前に着いてしまった。
私は覚悟を決めて、その重厚なドアをノックした。
ガチャりとドアが開いて、秘書の前田さんが顔を出した。
相変わらず真面目な表情。
でも、次の瞬間、私を見てメガネの奥の目が少し細くなった。
その顔にちょっとだけホッとする。
「お待ちしておりました。どうぞお入りください」
私は、言われるままに中に入った。
角部屋で、2面が全て大きな窓ガラスになっていて、外のパノラマの景色が視界に入ってきた。
こんな高層階から見下ろしたら、ちょっと足がすくみそうだ。
顔を左に向けると、その広い部屋の真ん中には大きなテーブルとソファが並び、さらにその奥には社長だけが座ることのできる立派な机と椅子が置かれていた。
その机の両脇には観葉植物が飾られ、本棚には綺麗に本が整理されて並んでいる。
「社長はすぐ戻って参ります」
その時、さっきのドアが開いて、
「雫、久しぶり」
そう言いながら、スーツ姿の榊社長が入ってきた。
えっ……
あまりにも現実離れしたカッコいい登場に、心臓が止まりそうなくらいドキッとした。
モデル? 俳優?
ううん、それ以上に素敵過ぎて、これは明らかに反則だと思った。
何に対しての反則なのかよくわからないけど、とにかく、こんなにもドキドキしてる自分が不思議で仕方なかった。
「あっ、あの、お久しぶりです。ご注文いただいたパンの配達に来ました」
私は、ボックスに入ったパンを差し出した。
ガチガチでロボットみたいな私の仕草に、前田さんがクスッと笑った。
「ありがとう。久しぶりに『杏』のパンが食べられる。前田君、頼む」
「はい、かしこまりました」
前田さんは、パンを持って部屋を出た。
「朝から何も食べる時間がなくて、お腹が空いてる。さあ、座って」
そう言って、スーツの上着をかけてから、榊社長はソファにゆっくりと座った。
「あ、あの……私、仕事中なんでこれで失礼します」
これ以上ここにいるなんて耐えられない。
「そんなにすぐに帰るのか? やっと……雫の顔見れたのに?」
「えっ?」
そ、そんなことをすごく甘い声で言わないでほしい。
心拍数が上がって、大変なことになってしまったら、責任取ってくれるの?
「今、新しい店舗の出店計画があって忙しい。なかなか『杏』に行けないのが残念だ」
「そんなに忙しくされてて、お身体大丈夫ですか? さっき朝食も取られてないって……」
「……」
えっ、何で黙るの?
私、何か変なこと言った?
「す、すみません。出過ぎたこと言っちゃいました」
「いや、確かに自分の身体のこと、最近ちゃんと考えてなかったかもな。ジムにも全然行けてない」
「ジムですか?」
「ああ」
だからなの? 細身なんだけど、そんなに細すぎないというか、スーツの下は結構引き締まってるんじゃないかなって思ってた。
――って、私、何を想像してるのよ。
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