テラーノベル
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私は、国王様の前に跪いていた。
今回の謁見は、私から申し出たことである。それは非常に、恐れ多いことだ。
快く受け入れてもらえて、本当に良かったとは思っている。国王様の寛大な心には、感謝しなければならないだろう。
そんな国王様に対して、さらに恐れ多いことを言わなければならないというのは、かなり気が引けることではある。
しかし、ここはなんとしても乗り切らなければならない場面だ。私はゆっくりと深呼吸した後、国王様の方を見る。
「リルティア嬢、今回は話したいことがあるらしいが、一体どうしたというのだ」
「国王様、実はアヴェルド殿下のことで少し話したいことがあるのです」
「アヴェルドのことか。ふむ、奴が何かしたのか?」
国王様は、少しおどけた様子だった。
恐らく、そんなに重たい相談とは思われていないのだろう。非常に軽い様子だ。
ただこれは、何れ義理の父親になる人に婚約者のあれこれを相談しに来た、なんて軽いものではない。話はもっと、根深いものなのだ。
「アヴェルド殿下には、想い人がいらっしゃるようです」
「……何?」
「オーバル子爵家のネメルナ嬢という方です。どうやら私との婚約が決まる前に、お付き合いしていたようです」
国王様は、私の言葉に固まっていた。
その反応からして、ネメルナ嬢のことは知らなかったということだろう。
アヴェルド殿下は、そういった女性関係を隠すのは上手かったようだ。イルドラ殿下にも悟られていなかった訳だし、私に見つかったのはどちらかというとネメルナ嬢の行動が、原因なのかもしれない。
「お二人は愛し合っていたそうです。ネメルナ嬢も、貴族としての打算などはなく、純粋にアヴェルド殿下個人を見ていたようです」
「……」
「先日、私はお二人が口論していたのを目撃しました。もちろん、既に関係は断ち切っているようですが、それでもやはり納得できていないことがあるらしく、言い争いになってしまったようです」
私は、嘘を入り混ぜながら話をしていく。
それを国王様は、静かに聞き入ってくれていた。
とにかく私は、国王様にこの話を信じてもらわなければならない。私の行動の理由は、きちんと理解してもらわなければならないのだ。
「私は、お二人の愛に感銘を受けました。王族や貴族というものは、そういった恋愛などではなく、政略的な結婚を強制されます。ただ、できることならば、愛し合う人と結ばれたいと思うのが人情というもの……故に私は、今の状況をあまり良く思っていません」
「……リルティア嬢、君はまさか」
「はい。私は、アヴェルド殿下との婚約を破棄したいと考えています」
私は国王様に対して、決定的な言葉を口にした。
それに対して、国王様は目を丸めている。ただ、彼はすぐにその表情を戻した。前置きがあったためか、そこまで驚いてはいないようだ。
「婚約破棄、か……それはエリトン侯爵の意思などもなく、君自身の判断であるということか?」
「はい。これは私の独断専行でしかありません」
国王様からの質問に、私はゆっくりと頷いた。
ただ、それは真っ赤な嘘だ。今回のことは、お父様も承知している。
国王様ならば、それを見抜いているという可能性もあるかもしれない。ここはもう少し、あり得そうなことを言っておくべきだろうか。
「ただ、お父様はもしかしたらわかっているかもしれません」
「ほう?」
「お父様は義に厚く寛大な方です。ですから、私の考えを知った上で見逃しているという可能性も、あると思うのです。私の行動を立場上肯定することもできず、人として否定もできない。お父様は、そういう人ですから」
「……そうかもしれないな」
私の咄嗟の言葉に、国王様は少し天を仰いだ。
私とアヴェルド殿下の婚約は、国王様にお父様が気に入られていたことが発端だといえる。お父様の人柄を、国王様はよく知っているのだ。
故に先程の言葉には、効果があったと思っている。仮に今が本当に私が言った通りの状況だった場合、お父様はそういった行動をする人であるからだ。
「それに甘えることになっているのは、情けない限りです。私の行動は、お父様の負担になるということがわかっているというのに……私は自分の行動を止められません」
「……そこまで、アヴェルドとそのネメルナという令嬢に入れ込むのか?」
国王様は、私のことをじっと見つめている。
それはまるで、何かを値踏みしているかのようだった。
私は国王様を、きちんと納得させなければならないのだろう。それは骨が折れることではあるが、頑張るしかない。
「国王様にこのようなことを申し上げるのは申し訳ない限りではありますが、私はアヴェルド殿下のことを愛しているという訳ではありません」
「まあ、それはそうだろう。君達の結婚は、私とエリトン侯爵が決めたものだ」
「婚約というものは、愛などではなく割り切ってするものだとは思っています。しかし、愛があるにこしたことはありません。そういった意味でも、私よりもネメルナ嬢の方がアヴェルド殿下の婚約者としては相応しいと思うのです」
私の言葉に、国王様は考えるような仕草を見せた。
人情家の一面も持つ国王様にとって、私の訴えかけはそれなりに効果があるようだ。
もっとも、ネメルナ嬢がアヴェルド殿下と婚約できるかどうかは、正直どうでもいいことではある。私としては、これが善意の行動だとわかってもらえればそれでいいのだ。
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