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──ボクは、櫻塚時也が嫌いだ。
心の底から、骨の髄まで、嫌悪している。
だというのに。
あの男の在り様を
ただの信仰心と片付けるには
あまりに〝綺麗〟すぎた。
あんな清らかで
あんな無垢な柔らかな瞳で──
けれど、その奥には
狂気と殺意を宿している。
そうだ。
あれは信仰なんかじゃない。
信仰とは
まだ〝人の営みの範疇〟にある行為だ。
打算的で、臆病で、醜い。
だが、あの男のそれは
ただ〝信じている〟のではない。
信じた果てに、思考を捨てている。
あんなものは、人間じゃない。
──〝天使〟だ。
穢れを知らぬ天使の羽根を持った
どこまでも純粋な狂信者。
神の声だけを聴き
神の意志だけを受け取り
神の為にだけ、盾となり、心臓すら捧げる──
神に仕えるためだけに存在する
人間の皮を被った〝神の剣〟
アリアという神に完全に捧げられた
完璧な奉仕の象徴。
それが──櫻塚時也だ。
気持ちが悪い。
おぞましいほどの自己放棄。
あれほどまでに己を無価値と捉えながら
その身を投げ打ち
ただ一人の女神を
〝完成〟させるためだけに存在している。
神の王冠を留める〝留め具〟
神の意志を振るう〝剣〟
神の絶望を鎮める〝制御装置〟
神の心を唯一揺らす事ができる〝呪い〟
──つまり
アリアを掌握するのも、壊すのも
あの〝天使〟を砕かなければ成り立たない。
皮肉だろう?
あの女は〝時也という天使〟がいて初めて
神の振る舞いを保てる。
神を穢すには
その〝天使〟を堕とせばいい。
ならば──この手で、堕としてみせよう。
けれども、なのに、どうしてだ。
どうしてボクは⋯⋯
どうして
あの男の瞳に
あんなにも見惚れてしまったのだろう。
あの夜。
ボクがアリアを陵辱し
不死鳥の血を吸い上げていた時。
背後から迫る、氷のように冷たい殺意。
振り向けば
鳶色の瞳が、ボクを射抜いていた。
魂が剥き出しになったような瞳。
あんな目を、ボクのために向けてくれた。
いや、違う。
──ボクのためでは無い。
ボクが〝彼女に触れた〟からだ。
ボクが〝彼女の神性に触れた〟からだ。
彼は、神が穢される事を許さなかった。
あの瞬間だけは
時也は〝神の剣〟じゃなく
ただの人間だった。
天使の殻を脱ぎ捨てて
ようやく地に落ちた
憎しみと殺意を宿した〝男〟の目。
「俺がお前を殺してやりたかった」
その言葉が
今でも耳に焼き付いて離れない。
ボクはその時
初めて誰かを〝美しい〟と思ったのだ。
あの瞳が、あの声音が。
どこまでも美しい、清冽のような殺意が。
アリアにではなく
ボクにだけ向けてくれたというその瞬間が。
ボクの中で、何かが軋む音を立てて壊れた。
まるで〝愛〟のように
甘美で、幸福で──
息が詰まりそうなほどだった。
おかしいよね?
殺されかけて、嬉しいだなんて。
狂ってる?
知ってるよ。
でも、そういうものでしょ?
ボクにとって愛は
〝所有〟と〝暴力〟と〝支配〟でしか
成り立たない。
優しくされたことなんてない。
愛されたことなんてない。
だから、ボクの倫理はねじれている。
心を引き裂いて、潰して、抉り抜いて
ようやく〝ここにいる〟と感じられる。
だけど今──
ボクの中に湧き上がるこの感情は
あまりに異質で、理解不能で、耐え難くて
でも確かに〝欲しい〟と叫んでる。
だからボクにとって
正直アリアは、もうどうでもいい。
神そのものに価値なんかない。
必要なのは、その威光と全てを従える力だ。
キミが、それを手に入れる為の鍵なんだよ。
ねぇ、時也
だからボクはキミが──欲しい。
殺したくなるほどに。
奪いたくなるほどに。
焼き尽くしたくなるほどに。
跪かせたくなるほどに。
打ち壊したくなるほどに。
それでようやく、ボクは確信できるんだ。
ああ⋯⋯
この天使は、ボクのものだったんだ、って。
──恋?
ふふ。違うよ。
けれど、あまりに感情が弾けるから──
初めての恋に気付いたみたいだった。
ボクはお前が嫌いだよ、時也。
だけどそれ以上に、欲しくて仕方がない。
殺したいほど、手に入れたい。
その矛盾の中に、落ちていく──⋯
でもボクは、ボクだけは
この狂気に名前を与えたい。
〝愛〟と呼んで
その首筋に、跡を残したい。
牙で、唇で、指で。
その笑顔を引き裂いて
その純白な羽根をボクの手で
穢して、血に濡らして、千切ってみたい。
アリアという神の眼前で
絶望の底で〝ボクの名〟を叫ばせながら。
神の天使を、堕とすために。
神の王冠を、掌に握るために。
──ボクは、キミを〝愛して〟みせるよ。