TellerNovel

テラーノベル

アプリでサクサク楽しめる

テラーノベル(Teller Novel)

タイトル、作家名、タグで検索

ストーリーを書く

シェアするシェアする
報告する

──ボクは、櫻塚時也が嫌いだ。



心の底から、骨の髄まで、嫌悪している。


だというのに。



あの男の在り様を

ただの信仰心と片付けるには

あまりに〝綺麗〟すぎた。


あんな清らかで

あんな無垢な柔らかな瞳で──


けれど、その奥には

狂気と殺意を宿している。



そうだ。

あれは信仰なんかじゃない。


信仰とは

まだ〝人の営みの範疇〟にある行為だ。


打算的で、臆病で、醜い。



だが、あの男のそれは

ただ〝信じている〟のではない。


信じた果てに、思考を捨てている。



あんなものは、人間じゃない。


──〝天使〟だ。


穢れを知らぬ天使の羽根を持った

どこまでも純粋な狂信者。



神の声だけを聴き

神の意志だけを受け取り

神の為にだけ、盾となり、心臓すら捧げる──

神に仕えるためだけに存在する


人間の皮を被った〝神の剣〟


アリアという神に完全に捧げられた

完璧な奉仕の象徴。



それが──櫻塚時也だ。



気持ちが悪い。

おぞましいほどの自己放棄。



あれほどまでに己を無価値と捉えながら

その身を投げ打ち

ただ一人の女神を

〝完成〟させるためだけに存在している。



神の王冠を留める〝留め具〟

神の意志を振るう〝剣〟

神の絶望を鎮める〝制御装置〟

神の心を唯一揺らす事ができる〝呪い〟



──つまり

アリアを掌握するのも、壊すのも

あの〝天使〟を砕かなければ成り立たない。



皮肉だろう?


あの女は〝時也という天使〟がいて初めて

神の振る舞いを保てる。



神を穢すには

その〝天使〟を堕とせばいい。


ならば──この手で、堕としてみせよう。



けれども、なのに、どうしてだ。


どうしてボクは⋯⋯



どうして

あの男の瞳に


あんなにも見惚れてしまったのだろう。



あの夜。


ボクがアリアを陵辱し

不死鳥の血を吸い上げていた時。


背後から迫る、氷のように冷たい殺意。


振り向けば

鳶色の瞳が、ボクを射抜いていた。



魂が剥き出しになったような瞳。


あんな目を、ボクのために向けてくれた。



いや、違う。


──ボクのためでは無い。



ボクが〝彼女に触れた〟からだ。

ボクが〝彼女の神性に触れた〟からだ。


彼は、神が穢される事を許さなかった。



あの瞬間だけは

時也は〝神の剣〟じゃなく

ただの人間だった。


天使の殻を脱ぎ捨てて

ようやく地に落ちた

憎しみと殺意を宿した〝男〟の目。



「俺がお前を殺してやりたかった」



その言葉が

今でも耳に焼き付いて離れない。


ボクはその時

初めて誰かを〝美しい〟と思ったのだ。



あの瞳が、あの声音が。

どこまでも美しい、清冽のような殺意が。


アリアにではなく

ボクにだけ向けてくれたというその瞬間が。



ボクの中で、何かが軋む音を立てて壊れた。



まるで〝愛〟のように

甘美で、幸福で──


息が詰まりそうなほどだった。



おかしいよね?

殺されかけて、嬉しいだなんて。



狂ってる?

知ってるよ。


でも、そういうものでしょ?



ボクにとって愛は

〝所有〟と〝暴力〟と〝支配〟でしか

成り立たない。



優しくされたことなんてない。

愛されたことなんてない。

だから、ボクの倫理はねじれている。



心を引き裂いて、潰して、抉り抜いて

ようやく〝ここにいる〟と感じられる。



だけど今──


ボクの中に湧き上がるこの感情は

あまりに異質で、理解不能で、耐え難くて


でも確かに〝欲しい〟と叫んでる。



だからボクにとって

正直アリアは、もうどうでもいい。


神そのものに価値なんかない。


必要なのは、その威光と全てを従える力だ。



キミが、それを手に入れる為の鍵なんだよ。



ねぇ、時也

だからボクはキミが──欲しい。


殺したくなるほどに。

奪いたくなるほどに。

焼き尽くしたくなるほどに。

跪かせたくなるほどに。

打ち壊したくなるほどに。



それでようやく、ボクは確信できるんだ。


ああ⋯⋯

この天使は、ボクのものだったんだ、って。



──恋?


ふふ。違うよ。


けれど、あまりに感情が弾けるから──

初めての恋に気付いたみたいだった。



ボクはお前が嫌いだよ、時也。


だけどそれ以上に、欲しくて仕方がない。

殺したいほど、手に入れたい。



その矛盾の中に、落ちていく──⋯



でもボクは、ボクだけは

この狂気に名前を与えたい。



〝愛〟と呼んで

その首筋に、跡を残したい。


牙で、唇で、指で。



その笑顔を引き裂いて

その純白な羽根をボクの手で

穢して、血に濡らして、千切ってみたい。



アリアという神の眼前で

絶望の底で〝ボクの名〟を叫ばせながら。



神の天使を、堕とすために。


神の王冠を、掌に握るために。



──ボクは、キミを〝愛して〟みせるよ。

loading

この作品はいかがでしたか?

725

コメント

0

👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!

チャット小説はテラーノベルアプリをインストール
テラーノベルのスクリーンショット
テラーノベル

電車の中でも寝る前のベッドの中でもサクサク快適に。
もっと読みたい!がどんどんみつかる。
「読んで」「書いて」毎日が楽しくなる小説アプリをダウンロードしよう。

Apple StoreGoogle Play Store
本棚

ホーム

本棚

検索

ストーリーを書く
本棚

通知

本棚

本棚