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時は過ぎ、季節はやわらかな陽射しに包まれた春。

桜が舞う通りを、荷物を抱えたみこととすちが並んで歩いていた。

みことはらんの家を出て、ついにすちの家へと引っ越してきたのだ。


荷物を運び終え、玄関に立つみことは小さく息を吐いた。


「……今日から、ここが俺の家なんだね」


「そうだよ。おかえり、みこと」


すちは微笑みながら、そっとみことの頭を撫でた。

その言葉にみことは、頬をほんのり赤らめながら「ただいま」と笑った。


それは、以前の彼とは少し違う笑顔だった。

どこかふにゃりと、力が抜けたような柔らかい笑顔。

心の奥にずっとあった緊張がほどけ、安心しきった表情だった。



新生活が始まって数日、みことはこれまで以上に自然体で過ごすようになった。

料理をしている時も、掃除をしている時も、ふとした瞬間に小さな鼻歌を口ずさむようになった。

すちはそんな姿を見るたびに、胸の奥がじんわりと温かくなった。


「……なんか、前よりも柔らかくなったね」


「え、そう?俺、そんな変わったかな?」


「うん。いい意味で、ふわふわしてる」


「……ふわふわ??」


そう言ってみことが笑うと、すちは思わず抱きしめたくなる衝動に駆られるほど愛おしく感じた。




学校でも、みことの変化はすぐに気づかれた。

クラスメイトたちは、以前よりもよく笑い、どこか穏やかで楽しそうなみことに目を奪われる。


「最近のみことくん、雰囲気変わったよね」


「うん、なんか優しいっていうか、幸せそう」


そんな噂が自然と広がっていった。


本人は「え、そうかなぁ」と首を傾げるだけだったが、 笑った時のふわりとした柔らかさ、穏やかに瞬く瞳の輝きに、多くの同級生が惹かれていた。


すちと一緒に過ごす日々の中で、みことの心は少しずつ満たされ、 その穏やかさが周りにも伝わっていくようだった。


春の陽気とともに始まった二人の新生活。

それは、長い時間をかけてようやく辿り着いた“穏やかな幸せ”の始まりだった。







放課後のチャイムが鳴り終えた校舎の前。

夕陽が校舎の窓をオレンジ色に染め、笑い声と部活の掛け声が交じり合う時間。


校門の前で待つすちは、手に持ったペットボトルの水を一口飲みながら、校舎の方を見つめていた。


みことが引っ越してからしばらく経ち、少しずつ新しい生活に馴染んできた。

それでも、学校帰りに迎えに行くこの時間だけは、毎日が新鮮で特別だった。


ふと校舎の前で数人の生徒が集まっているのが目に入る。

その中心で、笑顔を見せているのはみことだった。

軽く金の髪が夕陽を受けて輝き、柔らかく笑う表情に、すちは思わず胸の奥が温かくなる。


――あぁ、楽しそうにしてる。良かった。


すちはそっと息を吐き、肩の力を抜いた。

あの頃、孤独そうに見えたみことが、今ではちゃんと笑って、友達に囲まれている。

その姿を見られるだけで、十分だった。


みことはふと校門の方に目を向けた。

そこに立っているのがすちだと気づいた瞬間、ぱっと顔を明るくして友人たちに振り返る。


「ごめん、俺もう行くね」


「え〜!もう帰るの?!」


「また明日…!」


「また明日な!」


ひらひらと手を振りながら、みことは駆け出した。

服の裾が揺れ、春風がふわりと吹き抜ける。


「すち兄……!」


みことは笑顔のまま、校門前に立つすちに控えめに――でもしっかりと――ぎゅっと抱きついた。


「みこと」


すちは驚くこともなく、自然に腕を回して受け止める。

周囲に同級生たちの視線が集まっているのを感じながらも、気にする様子はない。


「人前なのに、平気なの?」


軽く笑って問いかけると、みことは頬を赤らめながらも小さく頷いた。


「……だって、嬉しかったから」


その小さな声が、夕陽の中に溶けて消えた。


すちはそんなみことの頭を優しく撫で、柔らかく微笑む。

指先が髪を梳くたび、みことは安心したように目を細めた。


その光景を少し離れた場所で見ていたクラスメイトたちは、口々に囁き合う。


「ねぇ、前に見たお兄さんと違う人じゃない?」


「確かに。なんか雰囲気も違うよね」


「……あれは絶対ブラコンだわ」


「でも、あんな優しく迎えられたら、そりゃ惚れるでしょ」


軽い笑い声が遠くで響く中、すちとみことは二人だけの時間を過ごしていた。

夕陽が沈みゆく空の下、手をつなぎ、寄り添いながら帰った。






玄関で靴を脱ぎながら、みことは何度も言いかけては飲み込み、そわそわと落ち着かない様子を見せていた。

リビングに入ると、すちが「疲れた?」と笑いながら水を出してくれる。その穏やかな声に少し安心したのか、みことは両手でグラスを包みながら、小さく口を開いた。


「ね、ねぇ、すち兄……」


「ん?」とすちは振り返る。

その優しい目に見つめられると、みことの胸がきゅっと締めつけられた。

頬をうっすら染めながら、みことは視線を泳がせ、ためらいがちに続ける。


「人前では……“すち兄”って呼ぶけど……」


「うん」


「……ふたりのときは、“すち”って呼んでも、いい……?」


声はか細く、今にも消えてしまいそうだった。

だけど、その中に確かな想いが込められているのを、すちはすぐに感じ取った。


一瞬、目を見開いたあと、すちはふっと笑みを浮かべる。


「……もちろん。むしろ、その方が嬉しい」


みことの肩に手を伸ばし、そっと引き寄せた。

驚いたように目を瞬くみことの頬に、すちは指先で触れ、優しく囁く。


「“すち”って、呼んでみて?」


みことは恥ずかしそうに唇を噛み、息をひとつ吐いてから、ぽつりと小さく。


「……すち」


その瞬間、すちの目元がやわらかく緩む。


「……かわいい」


そう言って、そっと唇を重ねた。

柔らかく触れるだけの、あたたかなキス。

みことは驚きで目を瞬かせたが、すぐに力を抜いて、すちの胸に手を添えた。


触れた唇のあいだから、心臓の鼓動が伝わるような静けさが流れる。

キスが離れたあと、みことは頬を真っ赤にしながら、小さく「……ん」とうなずいた。


ふたりの間に流れた空気は、春の夜風のようにやわらかく、 もう兄弟ではない“恋人”としての距離が、静かに確かに、縮まっていった。





寝支度をしたみことはソファに座っていたすちの隣で、再び少しだけ落ち着かない様子を見せていた。

カップの中の温かいお茶を見つめながら、何度もため息をついては言葉を飲み込む。

すちはそんな様子を見て、穏やかに笑った。


「どうしたの? 他にも言いたそうだね」


みことはびくっと肩を揺らし、目を泳がせながら俯いた。

そして、小さな声でぽつりと。


「……ごめん、すち」


「え? 何が?」


みことは両手で自分の膝をぎゅっと掴んで、顔を赤らめながら続けた。


「……その…………前、すちが酔って寝てるとき……」


「うん?」


「………キス、した……」


言い終えた瞬間、顔を真っ赤にして目をぎゅっと閉じるみこと。

すちは思わず目を見開いたが、すぐに口元を押さえて笑いをこらえた。


「……みこと、それ……俺に謝ること?」


「だって……ずるいことした気がして……」


みことが申し訳なさそうに視線を落とすと、すちは優しく息を吐いた。

そして、からかうように少し身を寄せながら、低い声で冗談めかして言った。


「じゃあさ――今、みことからキスしてくれたら、許すよ」


「え……!?」


顔を上げたみことは、耳まで真っ赤。

「冗談だよ」と言いかけたすちに、みことは震える手で服の裾を掴んだ。


「……すち、目つむって……」


その言葉に、すちは少し驚いたが静かに目を閉じた。

数秒の沈黙。

みことの小さな息づかいが近づいてきて、次の瞬間――


――ふわりと、唇が触れた。


羽のように軽く、でも確かに想いを込めたキス。


離れたあと、みことはうつむいたまま小さく「……これで、許してくれる?」と呟いた。


すちはその肩をそっと抱き寄せ、柔らかく微笑んだ。


「うん。むしろ、もう一度してほしいくらい」


その言葉にみことは顔を上げ、また真っ赤に染まった頬を隠すようにすちの胸にうずめた。

すちはそんなみことの髪を撫でながら、静かに笑った。





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