コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
☆☆☆
橋本が面白そうなコーナーだと称した県境の裏道に向けて、お昼過ぎに出発した。
ふたりの休日が久しぶりにそろった、貴重な休みだったこともあり、ギリギリまでイチャイチャしていたのは、詳しく書かなくてもわかるだろう!
「雅輝、少し眠ったらどうだ。現地に着いたら起こしてやるぞ」
県境までは、橋本がインプのハンドルを握った。慣れない道を高速走行する宮本の集中力を考え、進んで運転手役を買って出たというのに、助手席にいる恋人はそんな気遣いを他所に、なぜかスマホをいじる。
「雅輝、いい加減に」
「陽さん、いつも通りに運転してくださいね♡」
「は?」
妙に宮本の弾んだ声に、橋本が啞然としながら隣を見た次の瞬間、スマホのシャッター音が車内に響いた。
「うひひひっ♡どんなタイミングでも、陽さんってば男前だよなぁ。コレクションが増えるたびに、うっとり見惚れてしまう」
「おまえ、なにやってんだ……」
「なにって寂しくなった時のために、陽さんの写真を集めてるんです。仕事着のスーツでハンドルを握ってる姿は、もちろん格好いいんですけど、私服姿もかなり眼福モノなんですよ♡」
「あのさ、写す許可くらい事前にすれよな。一応、撮られたくないときだってあるわけだし」
橋本はため息をつきつつ、眉根を寄せながら、じっと前を見据える。宮本の奇行に、内心呆れかえってしまった。
「陽さん、撮りますよ!」
「今かよ!?」
ギョッとして振り向いたタイミングで、ふたたびシャッターが切られた。
「ちゃんと許可をとったんですから、文句は言わないでくださいね」
「信じらんねぇ。今のはナシだろ」
「ありよりのありです♡」
「……マジか」
親指を立てて喜ぶ宮本に、ハンドルを握る橋本は為す術もない。その後も車内で、♡マークが飛び交う撮影会が催されたのだった。
☆☆☆
「たくさんの写真をまとめるのに苦労しそうだけど、いろんな顔の陽さんがコレクションできるのは嬉しすぎる♡」
「あー、はいはい。運転交代だぞ、気を引き締めろよ」
「わかってますって。最初は普通に登って行くので大丈夫ですよ」
「おまえの普通は、普通じゃねぇよ……」
橋本は峠の登り口の脇道にインプを停めて、手際よくシートベルトを外し、颯爽と車外に降り立つ。入れ代わりに宮本がシートに躰を埋めた。
「陽さんのぬくもりを感じながら、ハンドルを握る、この瞬間がたまらなく好き♡」
「きちんとシートベルトしろ。ニヤけすぎだろ……」
「ニヤけちゃうのは、見逃してくださいって。俺にとっては、至福のひとときなんですから」
だらしない顔をしている宮本に、相変わらず呆れながらも、助手席に座った橋本もまた、同じような表情になる。
「陽さん、シートベルト締めましたか?」
「OKだ。いつでも行ってくれ」
橋本が緩んだ頬を引き締めながら返事をすると、宮本も頬をパシパシ叩いてから、ギアに手をかけた。
「白の180(ワンエイティ)のあとを追いかけます」
振り向きざま告げた刹那、アクセルが勢いよく踏み込まれたのか、躰がシートに吸いつく。キビキビ走る前の車を追いかけるために、アクセルが深く踏み込まれたみたいだったが、「普通に登って行く」と宣言した言葉とは裏腹な走りに、橋本は焦りを覚えた。
これまでの宮本の運転の経験から、遠心力で躰が投げ出されると予想。自然とアシストグリップを握りしめて、前の180(ワンエイティ)を見つめる。
「雅輝くん、これ全然普通の走りじゃないと思うんだが」
「そうなですけど……。180(ワンエイティ)を追尾するには、これくらいの速度じゃないと駄目なんですって」
夕暮れから夜に変わる時間帯なので、ライトが点灯されている。180(ワンエイティ)の丸いテールランプがコーナーの曲線を鮮やかに彩るように左右に揺れた。
「だけどアクセル踏みすぎだろ」
「三笠山よりも傾斜のきつい峠ですし、ヒルクライム(登り)なんだから当然アクセルは大目に踏みますよね」
「すでに、口外しちゃいけない速度になってんぞ。最初は普通に走るって言ったくせに」
「前の180(ワンエイティ)、多分地元の人だと思うんです。だからこそ走りを間近で見てみたい」
目力を込めて180(ワンエイティ)を見つめる宮本の手に、橋本の右手が重ねられた。
「だったらなおさら車間距離をあけて、180(ワンエイティ)の動きを見るべきだろ。ハンドルを握る力が入りすぎてる。肩の力を抜け」
「陽さん……」
「夢中になると我を忘れる、おまえの悪い癖。俺が止めなきゃ、暴走するくせに」
宮本の手の力が抜けたことをしっかり確認してから、やんわりと手を放した。名残惜しさを感じたがそれどころじゃないので、そのまま膝の上に置こうと思ったのに、いきなり宮本の手が右手を掴む。
「雅輝?」
「やっぱり陽さんがいないと駄目みたいっすね。もうひとりじゃ走れない」
一瞬だけ橋本の手を強く握りしめたのちに、素早くハンドルを握りしめる。