テラーノベル
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🐢🌸
注意
中盤重ため、 最後ハッピーエンド
🌸の過去捏造、普通の名無しモブ、カスみたいなモブあり
社会人🐢 × 学生バイター🌸
捏造ばかりのため、自分に合わなかったら即座に閉じてください🙇🏻♀️”
~ 追記 ~
卵を1けん2けんと数えるのは特殊らしいです。知りませんでした。
書いている途中に桜の過去公開されちゃった … 公開された過去には沿っていない捏造まみれです。
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2色のまつ毛が少し震え、 ゆっくり開かれたと思えばまつ毛とはまた違う2色の色が現れる。 まだ眠たく、重力に負けそうな瞼を何とか開き、 枕元でカチカチと音を鳴らしている時計に目を向けると、 午前6時より少し前の辺りを指していた。 隣で微かに上下する温もりに二度寝を誘惑されるが、頭をブンブンと降ってベッドから降りる。
寝室から出ると一気に寒さが身体中を包み込み強制的に眠気を取り上げる。 突き刺すような寒さに身を震わせながらリビングに向かい、机の上に置きっぱなしにされていたエアコンのリモコンに手を伸ばし、そのまま暖房を入れる。 部屋が暖まるまでには時間がかかるため、 その間にまた寒い廊下を移動し、洗面台へと向かう。 給湯器の電源が付いていない水道水は寒さを通り越して痛みが生じるほどだったが、つける癖がないのとつけない方が目が覚めるなどの理由で自分から付けることはなかった。
何度かバシャバシャと洗えばボヤけていた視界もはっきりしてくる。 そのままウザったらしく前に垂れてくる前髪をかきあげ、 目の前の鏡を見る。目の前に映るは見慣れた2色にはっきりわかれる髪の毛と瞳。 昔こそ鏡を見ること、 及び自分の姿を見ることを嫌っており、 目に入れば必ずと言っていいほどため息をついていた。 だがそんな嫌いな2色も今はそれほど悪いものとは思っていない、 正確には思えないようにされた、 が正しいかもしれないが。 そんな風にさせた人物が次々頭に浮かび、思わず頬が緩む。
リビングに戻ると少し温もりができ始めているぐらいだった。 先程までの冷たさとは一変、 優しく包み込んでくれるような温もりに再度眠気がきつつあったが、頬を何度かぺちぺちと叩き、そのままキッチンへと向かう。
冷蔵庫を開ければ、昨日の夕飯の残りと、今日の為にと昨晩から用意していたおかずがそれぞれタッパーに入って鎮座していた。 その両方を取り出して台の上に置き、横にある食器棚から2つのお弁当箱を取り出す。 大中2つ、色違いのお揃いのお弁当箱。 お米を適当によそい、色とりどりのカップにおかずを詰め込んでいく。 彩り的には茶色が多く、栄養面でもあまり良いとは言えないのだろうが、それはもう気にしないことにした。
元々冷蔵庫や常温で置いていたものばかりのことから、冷ます必要が無いためそのまま蓋を閉め、保冷剤とともに大きい方は明るめのオレンジの保冷バッグに、 中くらいの方は濃い緑色の保冷バッグにそれぞれ入れ、 リビングの机の上まで運ぶ。 前まではキッチンに置いていたが、 何度も忘れて行くことがあったために目の着きやすいように机の上に置く形となった。
「 さて … 朝飯どうすっかな 」
さすがに鍋の底を焦がすようなことはもうやらないが、 料理が得意になったかと言われればなんとも言えないほどだ。 それに後の洗い物を考えると朝からガッツリ料理するなんてめんどくさいことはしたくない。
適当に何かあるかとキッチンをうろつけば、ちょうど2枚だけ残っている6枚切りの食パンを見つけた。これ幸いと取り出し、トースターの中へと放り込む。 ジジッとタイマーを回せばたちまち中がオレンジ色へと変わり、下の方に落ちて溜まったパン粉の焦げる匂いがする。
食パンだけではさすがに足りないため、付け合せを作るために、下の戸棚にしまってあるフライパンを水で軽くゆすぎ、火にかける。しばらくして水がとんだことを確認したら油を敷き、中火にかける。 そうして油をフライパンに馴染ませている間に冷蔵庫から薄めのベーコン数枚と卵を2けん取り出す。油がパチパチと音を鳴らしながら煙をあげていることを確認してからまずはベーコンを数枚底に敷き、その上に卵を落し入れる。 ベーコンや卵の表面にある水分と熱された油が触れることによって、ジュワッと音が鳴る、 と思えばすぐにぱちぱちと油が飛び跳ねる音がして、それが徐々に大きくなっていく。薄めのベーコンは火が早く通るが卵はまだまだ生っぽい。それを解消すべく、加熱もそこそこなところでフライパンの蓋を取り出し、裏面に水を張る。それをこぼさないようにフライパンの元へと運び、フライパンの上でひっくり返す。そうすれば必然的に蓋の裏に張った水はフライパンの中へと流れ落ちていく。ジュワッと大きな音を立てて油が勢いよく跳ねるのを阻止するようにそのまま蓋を下ろしてしめ、水分が無くなるまで蒸し焼きにする。
ジュワジュワパチパチ良い音をさせるフライパンを見つめていると後ろから軽くチンッと音がした。目をやれば先程までオレンジ色に輝いていたトースターが光を失い、代わりに香ばしい匂いが漂い始めた。蓋を開ければこんがりきつね色になったパンが2枚。アチッとなりながら何とか皿へ移し冷蔵庫からマーガリンを取り出して均等になるように塗り込んでいく。パンが2枚ともマーガリンでテラテラとし始めた頃、フライパンから水分が無くなったようで、パチパチと鳴らしていた音が止み、代わりに低くジューッとなる音がし始めた。それを頃合に火を消して蓋を開けてみればいい感じの黄身の火の通し具合、こんがりカリカリに焼けたベーコンが見えた。今日は上手くできた、と内心ガッツポーズをしながら時計を見ると6時半をすぎた頃を指していた。
「 そろそろだな 」
手に持っている蓋を再度フライパンの上に被せ、パタパタとリビングを去る。
バンッと勢いよく開けたのは寝室のドア。中には緩やかに上下する布団があり、耳には穏やかな寝息が聞こえた。
「 おい十亀、 朝だぞ起きろ 」
ドアに寄りかかりながらも腹から出した声は確実に耳に入っているはずなのに、変わらず緩やかに布団を上下させている。
はぁーっと溜息をつきながら布団に近づけばそこには気持ちよさそうな顔で瞼を閉じている十亀がいた。
「 十亀、 起きろって言ってんだろ 」
今度は肩を揺さぶりながら声をかける。 するとうゔっと呻き声がして、下から手が布団を捲り上げ顔に被せる。
「 あとぉ … 1時間 、 待ってぇ … 」
「 そんな寝たら遅刻すんだろ 」
「 じゃあぁ … さくらがちゅーしてくれたら起きるぅ … かもぉ … 」
朝特有の喉が枯れてガサガサした声で盛大なボケをしたかと思えばふざけたことを言い出す始末。 しかも最後のは副音声で”まぁ桜にできるわけないよねぇ”という所まではっきり聞こえた。 ふざけたこと言ってんじゃねぇと布団を引いても、離さないと確固たる意思を見せてくる。そんな十亀に呆れながら頭をガシガシと掻いていると、1つ頭に策が思いつき、ニヤリと口角が上がる。
「 いいぜ、してやるよ 」
「 じゃあおやす … え、? 」
「 隙あり 」
予想外の桜の返答に思考停止した十亀をいいことに、布団を掴み勢いよく引く。思考停止したことにより握力が緩んだか、布団は勢いよく宙へ舞い、寝巻きで広々とベッドを占領している巨体が姿を表す。
「 桜!? ちょっとぉ … 寒いんだけどぉ … 」
カタカタ震えながら大きな体を小さく丸める。いくら暖房が着いていようと布団を被ってちょうどいいぐらいの温度設定のため、布団がないと充分寒いのだ。
「 お前が早く起きねぇからだろ 、 自業自得だ 」
「 酷いよ桜ぁ … 」
しょもしょもべしょべしょと嘆く姿はさながら叱られてしょぼくれる犬のようで、ありもしない耳としっぽがぺしょんと垂れているように見える。
「 はっ、 油断すっからだよ。 ほら、本当に遅刻する前に早く起きろ 」
「 うー … わかったよぉ … おはよぉ、桜 」
ゆるゆるとした動作でのっそり起き上がり、くぁーっと伸びをする。ぼさぼさの髪とまだ開ききっていない両目。 到底かっこいいとは言えないその姿も愛らしく思えた。
「 目玉焼きとベーコン焼いてあるけど、パンの上に乗せるか? 」
「 うん … よろしくぅ … 」
のそっと立ち上がろうとする十亀の肩に手を置き、立ち上がることをやんわりと阻止する。さくらぁ? と不思議そうにする十亀の額に軽いリップキスを落とし、頬を撫でる。 桜の行動に目をぱちくりさせていた十亀も状況を理解したのか愛おしげに目を細めて自分の唇を叩く。
「 こっちにはしてくれないのぉ? 」
「 そっちは顔洗ってリビングに来た後のごほーびな 」
「 … ははっ、 ほんとぉに俺の扱い方が上手くなったねぇ 」
「 これだけ長く一緒にいればな 」
甘く強請る声も今ではほぼ効果がない。 だが効果が無くなる程、扱いが上手くなったことに悪い気はしない。
一緒に廊下を通り、桜は途中のリビングに、十亀はそのまま奥の洗面台へとそれぞれ向かった。 桜はそのままキッチンへ行き、棚からフライ返しを取り出しフライパンの蓋を開ける。開けた瞬間に湯気が立ち込めてくるあたり、温め直さなくても良さそうである。くっついている白身を同じ大きさになるように適当に切り分け、同じく湯気を上げているパンの上にそれぞれ滑り落とす。
これで朝ごはんは準備完了。あとは飲み物としてコップにインスタントコーヒーとミルクを入れ、やかんで沸かしたお湯をそそぎ入れる。本当はドリップコーヒーの方が良いのだろうが、時間に余裕もやる気力もないため、今回はインスタントコーヒーで割愛する。
「 美味しそうだねぇ、 朝ごはんの準備ありがとうねぇ 」
いつの間にか洗面台から帰ってきた十亀が覆い被さるように後ろに立っていた。
あぁ、おかえり。と後ろに振り返った時には十亀の顔が目の前にあった。あっ、と思った時にはもう遅い。ちゅっと軽いリップ音と柔らかい感触が唇に伝う。そのまま角度を変えながら何度かバードキスをされる。
「 んっ、 はぁ … とがめっ 、 もう終わりっ 」
「 んー 、 もうちょっとだめぇ? 」
口元に手を当てて隠せば、明らかに不満ですという顔を隠そうともせずに追加のお強請りもしてくる。 だがここでお強請りを受理してしまったら最後、ベッドに逆戻りすることになってしまう。
「 だめ、 これ以上はだめだ 」
「 … わかったよぉ 、 じゃあ俺はこれらの皿運んじゃうねぇ、桜はコップをおねがぁい 」
残念そうにしながらも、強制をすることはなく、さらにはお皿を運ぶ手伝いをしてくれる辺り、自分が大事にされていることを実感せざるを得なかった。
『 ────日中は暖かく晴れが続きますが、夜は雨が降り、酷く冷え込むでしょう ────── 』
キッチンで洗い物をしている時にふと聞こえた天気予報士の声。夜から雨が降るのなら折り畳み傘が必要になる。どこにあったかな、なんて思考していると着替えを終えた十亀がリビングに戻ってきた。
「 十亀、 今日夜から雨降るってよ 」
「 え、ほんとぉ? じゃあ傘もっていかないとだねぇ 」
相変わらずのほほんとしながらもエプロンや帽子など仕事に必要なものと机の上にあるお弁当の入っている保冷バッグをカバンに詰め込んでいく。十亀は今、兎耳山と一緒に飲食店を経営している。これは昔から兎耳山と話していたことらしく、高校卒業後に紆余曲折ありながらも獅子頭連のメンバーを中心に支えられながら今日まで運営を続けられているらしい。最近人気も出てきたらしく、しょっちゅう仕込みや会計作業のために残業が続いている。
「 それじゃあ桜、行ってくるねぇ。 今日は早く帰れそうだからゆっくりしようねぇ 」
「 お、おう … 」
玄関に向かう十亀の背中を追い、靴箱に入っている折り畳み傘を手渡してやる。 ありがとぉ、と受け取り鞄に突っ込むと、そのまま桜に背を向けて靴を履き始める。十亀は桜よりも早くに家を出るため、見慣れた光景ではあるが、やはりどこか寂しさを感じる。
「 … 待ってるから 」
目の前の大きな背中に額を当てながら、聞こえるか聞こえないかギリギリの声で呟く。
「 〜〜〜っ !! 桜ぁ …!! 」
今にも愛おしさが爆発しそうという風に桜の名前を呼びながら後ろを振り返ると、そこには顔を赤く染めながらもどこか期待がこもった目をしている桜がいた。衝動のままに顔を近づければ、桜もそれに答えるように目を閉じる。静かな玄関に軽いリップ音をひとつ、またひとつと響かせる。
「 さくらぁ、 ちゃんと帰ってくるからいい子で待っててねぇ 」
最後に額にキスを落としてから名残惜しくも時間が少ないため背を向けて手を振る。同様に桜も物足りないという顔をしながらも大人しく手を振り送り出す。
ガチャンと大きな音をたてて閉まった扉と、一変して静かになった玄関に再度寂しさを覚えながらも夜には会えるということを糧に気合いを入れ直す。
桜とて今日は朝から夜までフルでシフトを入れているためそろそろ家を出なければならない。バイト先の制服やエプロン、帽子など必要なものをカバンに詰め込んで外へ出る。十亀と暮らすようになってようやく身についた癖により、カチャリと家の戸が締められる。
桜のバイト先は街のハズレにあるごく一般的な飲食店。選んだ理由は大学から近かったのと、 店長を含むそこの従業員や、常連客たちが桜の容姿に対する偏見を持たなかったからだ。
「 おはようございます 」
「 あ、 桜くん! おはよう 」
「 おー、 はよー桜 」
店内に入れば既に2人の先輩が仕込みを始めようとしていた。ぺこりと挨拶をすれば、なんともないように挨拶が返される。なんでもない、ごく普通なことであるが、桜にとっては普通のことではなかったため、少し嬉しくなる。
「 遅くなってすいません… 」
「 大丈夫! 私たちが早いだけだから! 」
「 そーそー、 それに桜は余裕もってきてる方だから安心しろ。 それより早く着替えて来いよ 」
親指を立て裏の方をくいくいと指す。 ありがとうございます。と言いながら先輩の横を通って裏で着替えを済ませる。
壁に貼ってある笑顔で接客の文字を見て、自分の頬に手を持っていき、そのままぐにぐにと上下にやる。
「 今日も笑顔 … よし! 」
最後の仕上げに頬をペチッと叩き表への入口をくぐる。
その日はそれなりの繁盛で、特にお昼時は入店ラッシュが酷く休憩がなかなか取れなかった。 ようやく取れた昼休憩は午後15時を回った頃だった。 休みと言っても昼食を取るぐらいで、ゆっくりする間もなくまた表に出ることになった。
時刻は午後18 時をすぎた頃、定時上がりのサラリーマンや飲み会や合コンを開く大学生で席が満席になりつつあった。
2、30席ある店を店員5名、そのうち1名新人で対応するのはなかなかに厳しいものがあった。そんな中起きた事。
「 きゃっ! 」
「 うわぁ! 」
男女の短い悲鳴とグラスが割れるような音が店内に響く。見れば顔が真っ赤でまっすぐ立っていることもできないほど千鳥足の中年男性が1人とその傍で倒れている新人女性店員が1人。床には2個ぐらいのグラスが綺麗にバラバラに割れていた。
どう見ても千鳥足の男が女性店員にぶつかってグラスが割れてしまったようにしか見えない。しかし男は酒で赤くなった顔をさらに赤らめ、おそらくグラスに入っていた飲み物で濡れたのであろうスーツの部分を持って女性に凄む。
「 てめぇ! てめぇのせいでスーツが汚れただろ! どうしてくれんだ! 」
酒に爛れた喉から出る特有のガラガラな声で大声で怒鳴り散らす姿に新人女性店員は完全に萎縮してしまい、顔を真っ青にしながらひたすらに頭を下げ続けた。
「 謝って済むと思ってんのかこのクソアマが! 」
男の腕が店員の方へ伸びそうなことを察し、間に割り入って男の腕を掴む。
「 店員への暴力はやめ 、 てください 」
「 はぁ!? 俺が暴力をふるうようなやつだって言いてぇのか!? 失礼にも程があるだろ! 」
「 じゃあこの伸びてる腕はなんだ … ですか。こっちのミスは悪 … 申し訳なかった、です。 だがこれ以上はそっちが悪くなる、 と思います 」
怒りでところどころタメになりそうなところを何とか留め、ちゃんと敬語に置き換えてあくまで冷静に話す。昔なら暴力で解決できたことだが、今は大人だ。大人の世界は暴力だけでは何も解決しない。
桜に正論をぶつけられたことが気に食わないのか、桜をきっと睨みつけたがそんなものに桜が怖気付くわけがなく、睨むだけならセーフだろうと勝手に判断した桜の睨みによって相手の方が萎縮した。
「 ちっ、 こんな生意気なガキしかいない店なんてもう二度と来るか! 本当に最近のガキは礼儀もマナーもなってない! 親の顔が見て見たいものだ! 」
負け犬の遠吠えよろしくの捨て台詞をはき、おおよそ飲んでいただろうと思われる卓に、釣りはいらん!と乱雑に札をバンッと置いてそのまま外に出て言った。
店内は男が残していった嫌な空気によって誰も喋れない状況になっていた。
「 ごめんなさい桜さん … でも庇ってくれてありがとうございました! お客さん達もご迷惑おかけして申し訳ありませんでした! 」
まずは桜に対して、次に客たちに対して深々とお辞儀をする。店員のその姿をみなが静かに見つめる中。
「 姉ちゃんが気にすることじゃねぇよ! 悪いのはあのおっさんだ! 新人なのによくやったな! 」
1人の常連の男が店内に響くバカでかい声で彼女に感謝と賞賛の言葉かける。その言葉にそうだそうだ、と言って 次々に常連が店員を褒め称える。その流れに乗るように、次々と褒め称える言葉を伝える客や、言葉なしに賞賛の拍手を送る客が出てきた。
店内の空気はみるみるうちに明るくなっていき、店員は嬉しさで涙目になりながらありがとうございます、と深々とお辞儀をしてバックヤードに掃除用のほうきやちりとりを取りに行った。
すっかり元の騒がしさに戻った店内をぼーっと見つめていると常連の1人が桜の肩にガっと手を回し、頭をこねくり回すようにわしゃわしゃと撫でる。
「 桜ぁ! お前よくやったな! かっこよかったぞ! 」
「 おわっ! 何すんだ急に!! 離れろ、 ください!! 」
酔っ払いの頭に手加減の文字はなく、撫でる勢いが強すぎて頭がぐわんぐわんと回る。回る頭を他所に酔っ払いの体感のなさを利用してぐいぐいを男を押して何とか引き剥がす。ここにいてはまた違う常連に捕まるため、料理を運ぶことを言い訳に急いでキッチンまで逃げた。
その後はハプニングが起こること無く、終わりの時間20時過ぎまで耐え繋いだ。
「 ほんっとうにありがとうございました! 」
先程の店員が改めて桜に深々と礼をする。桜としては自分が勝手に庇っただけと思っていたため、感謝されるとは思っておらずかなり動揺した。そのあとも先輩に偉い、凄いと褒められて顔を赤くしたのは言うまでもないだろう。
そんなこんなで後片付けも終わり、着替えをして外に出る。すると外はかなり細かい小雨が降っていた。そこで朝のニュースで夜頃に雨が降ると言っていたことを思い出した。雨具をカバンに入れたら記憶はない。カバンを漁ってみても何も無い。はぁーっと深々と溜息をつき、カバンをお腹に隠すように押し当てて走る。 雨は少しずつ強く、大きくなっているようで濡れた前髪が額にぺたりと張り付き、視界の端でキラキラ光って見える。 昔、同じように雨の中を一生懸命走ったような気がする。
「 お前なんて──────── 」
ザザっと頭の中にノイズ走る。酷く冷たい声が。だから雨は嫌だ。ようやく払拭できたと思ったのに。思い出さないで済んでいたのに。
「 親の顔が見て見たい 」
この言葉がずっと頭から離れない。親の顔なんて知らない。覚えていない。そもそも親が誰だかわからない。
学校でも街中でも、いつも見る親っていうものは、子供を愛おしげに見つめ、時に優しく頭を撫でたり、ハグや抱っこをしたり。でも桜はそれらを経験したことがなかった。いつも周りにいるのは怖い顔をした人。くれるのは罵詈雑言と冷たい視線。顔全部が真っ黒で表情は分からないのに、嫌にはっきり見える目はいつも冷たいものばかりだった。幼い時はそれが怖くてずっと下ばかりを見ていた。
ある時それが嫌になって外へ飛び出した時があった。その時はまだ自分の場所がまだどこかにあると信じていたから。自分を愛してくれる人がいると思っていたから。雨が降っても肺がキュっとなっても走り続けた。走って、走って、足がもつれて転けた時、そこでようやくわかった。自分を愛してくれる人はいないって。泣きたい気持ちを押し殺して顔を上げた時の周りの顔は今でも覚えている。みなが真っ黒な顔をしていて、確かに見える目だけはとても冷たいものであった。そして誰もがコケている桜を避け、手を差し伸べようとも心配する人もいなかった。
走っている足が少しずつ減速していき、終いには走ること自体を諦めてゆっくり歩き出す。雨で冷えたせいか、嫌なことを思い出したせいか、頭がキーンとする。雨の降る音を含む周りの雑音が消えて、自分独りだけになってしまったみたい。
それでも帰省本能はあったようで気づいたら家の扉の前まで歩いてきていた。でも鍵を探す気力もインターホンを押す気力もない。それに、家の中に人の気配はないように感じる。
「 あれぇ、さくらぁ? おかえりぃ 」
どうしようもなく立ちすくんでいたら後ろから聞き馴染みのある声が聞こえた気がする。ずっと頭の中でぐるぐるしていた嫌な幻聴はどす黒くドロドロしていたものばかりだったのに、その声はそれらをかき消すような光を放っていて、塞ぎ込んでいた桜の心にすっと入っていった。
視線だけをかろうじて向ければそこにはぱあっとわかりやすい笑顔を浮かべる十亀がいた。その姿に安堵を覚えるも、何を返していいか分からず、少しの沈黙が流れた。
「 奇遇だねぇ。同じタイミングに帰ってくるなんて、って桜傘忘れちゃったのぉ? 」
いつもと違う桜の雰囲気に勘付いたのか、カバンから鍵を取り出しながら扉に近づいてくる。そして近くになってようやく桜が濡れ鼠であることに気づいたのだろう。
寒いよねぇ、大丈夫?と気休め程度に職場で使っていたのであろうタオルを桜の頭にかけ、扉の解錠を行う。
タオルから香る濃い料理の匂いと十亀の匂い。どこか脂っこくて男臭いものではあったが、何よりも安心なできるものであった。暗闇がかった視界が次第に晴れていき、目の前の大きな背中がはっきりと見えた。
ガチャリと開かれた扉とほぼ同時に玄関に押し込むような形で十亀の背中に抱きつく。よろけながらも玄関に入り込むが、その衝撃で十亀が肩にかけていたカバンと桜の頭にかけられていたタオルが玄関内にズレ落ち、後ろでバタンと扉が閉まる。
何をしているんだ、十亀に迷惑をかけるんじゃない。と頭で考えれば考えるほど手は十亀に服を掴んで離さない。
焦る桜とは裏腹に十亀はのほほんと呑気な笑顔をしていた。
「 どうしたのさくらぁ、何か嫌なことでもあったぁ? 」
桜以外の誰には聞かせる気がない、とびっきり甘い声。しばらくの沈黙が続いたあと、背中から首を縦に振るような感触がする。
「 そっかぁ、よく頑張ったねぇさくら 」
後ろ手で撫でてやれば、さらにぎゅっと腕が締め付けられる。どんな形であろうと桜に抱きつかれるのはもちろん嬉しい。でも抱きしめ返せないこの形は少しモヤッとするところがある。
「 ねぇさくら、俺もさくらのこと抱きしめたい。 前からぎゅーじゃだめ? 」
またしばらくの沈黙が続いたあと、締め付ける腕が少し緩められる。ありがとぉ、と言いながら身体をクルッと回転させ、目の前に現れた桜をぎゅっと抱きしめる。桜の身体は思った以上に濡れてひんやりしていた。
しばらく自分の体温を分け与えるようにぎゅうぎゅうと抱きしめていると、胸板をバシバシと叩かれた。
「 とがめ、くるしぃ … 」
「 ふふっ、ごめんねぇさくら。おかえりぃ 」
両方の瞳がぱちりと合う。片方が優しく細められたと思えばもう片方もつられるようにして優しく細められる。
「 あぁ、ありがと、な … 十亀 … ただいま … 」
熱い抱擁を終え、落ちたカバンやタオルを拾ったり、靴を脱いだりを済ませ、2人並んで洗面台へ向かう。先に十亀が手洗いうがいを済ませ、次に桜が手洗いうがいをしている間に風呂の電源を付ける。
「 桜その状態じゃ寒いでしょぉ? お風呂沸かすから先に入っちゃってぇ、オレはご飯作って待ってるからぁ。桜が上がったら一緒にご飯食べようねぇ 」
それは十亀の気遣いであり、優しいが故の行動だとはわかっている。だが今の桜が求めているものとは少し違った。
洗面台から出ようとする十亀の背中の裾を掴んだ。
「 … 一緒に入らねぇの …? 」
蚊の鳴くような声ではあったが、十亀の耳には十分届いで。さくらぁ…!! と嬉しさを隠そうともしない声で名前を呼び、ぎゅうぎゅうと抱きしめ、何度も何度も首を縦に振った。
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おまけ
「 ふはぁ 〜 」
2人とも身体を洗い終わり、まずは十亀が浴槽に背中かけ、十亀の腹を背を預けるようにして桜も浴槽の中に入る。
浴槽の中はぽかぽかしていて、ゆずの入浴剤がさらに身体を温めているように感じた。
「 気持ちいいねぇ、さくらぁ 」
今にも溶けそうな声。いつもよりも距離が近く、吐息も多いため、思わずピクっと反応してしまう。そんな桜の様子にだらしないくらいに口角が上がる。
「 さっ、 さっきは悪かった… 色々と迷惑かけちまって… 」
「 迷惑ぅ? そんなのかけられたおぼえないよぉ? 甘えたなさくら、かわいかったなぁ 」
「 か、可愛くはねぇよ!! ただ、今日は… その… バ先で色々あって… 」
可愛いと言われて赤くなった顔がみるみる青くなっていく。
「 無理して言わなくてもいいんだよぉ? 」
「 いやっ… 聞いて欲しいんだ… あんまり、気分のいい話じゃねぇけど… 」
「 それは大丈夫ぅ、 桜の話ならなんでも聞くよぉ 」
頭から覗き込むようににっこり笑ってやれば、安心したのか少し顔色が良くなる。
桜は緊張がほぐれるように深呼吸をし、バイト先であったことと、それによって芋づる式に思い出してしまったことをゆっくりと話した。その間に十亀は相槌は打つものの、言葉を挟むことはなく最後まで話を聞いた。
「 ─────ってな感じで… わるい… こんなことでメンタルくるって… やっぱダセェよな… 」
「 なにそれ… 」
十亀の冷たくて低い声に大袈裟なぐらいに肩を震わせる。やっぱりこんなことで悩んでるから、こんなことで迷惑をかけたから。頭にどんどん負の感情が溢れ出して止まらない。
再度ごめん…と謝ろうと口を開いた瞬間に後ろから優しく抱きしめられる。
「 桜は何も悪くないよぉ… よく頑張ったねぇ、 オレに話してくれてありがとぉ、 オレを1番に頼ってくれてありがとぉ 」
十亀の言葉にキュッと胸が締め付けられる。こんな自分を許してくれることに、こんな自分を受け入れてくれることに。
目頭が熱くなる感覚がする。頬から水滴が垂れて浴槽の中にぽちゃんと落ちる。十亀は何かを言うことはなく、ただ静かに桜を抱きしめて時折頭を撫でた。
「 ねぇさくら、やっぱりオレのところで働かない? 」
桜の気分が落ち着いて、今度は対面でゆっくりしている時。十亀が真剣な面持ちで桜の肩を掴み、真面目な声色で問いかける。
「 無理、オレいたらお前仕事しねぇじゃん 」
「 ゔっ … だってぇ… 桜が心配なんだもん… 」
「 オレはガキか 」
そう、十亀が自分の店で働くことを強請るのは今日が初めてではない。十亀が兎耳山と飲食店を立ち上げた瞬間に、従業員にならないかと誘われたことがある。桜とて十亀と一緒に働けることは嬉しかったが、足を引っ張る恐れがあったため、断っていたら1週間だけでも!と言われ、渋々ながらも承諾した記憶はまだ新しい。
その1週間が本当に大変だった。まず桜が接客に行けば、十亀が後ろについて行き、時折客も店員も関係なく睨みつけて牽制したり、バックヤードに引きずり込んで店員がいるいない関係なく充電と称してハグやキスを行ったりと、自分の店であることを良いことに好き勝手やっていたため、自ら十亀の店への出禁を心に決めたのである。
「 別にいつも嫌なことがあるわけじゃねぇ、 職場の人たちとも常連の奴らとも上手くやってる 」
「 うーん… そっかぁ… ゔぅ… 」
「 なんだよなんか文句あんのか 」
「 文句は無いけどぉ… さくらがとられた気分… オレのさくらなのにぃ… 」
桜の肩に額を押し当てて、やだやだぐりぐりと駄々っ子のように擦り付ける。
水に濡れた髪が肩周りや首元に当たる感触と、十亀の駄々をこねる姿にくつくつと笑いが込み上げてくる。
「 そこまでかよ 」
「 …だってぇ… さくら変なやつばっかひっかけるんだもん… 変人ほいほいだもん… 」
「 誰が変人ほいほいだ …… 別に、オレはお前ので、お前はオレのなんだから … 心配すんなよ … お前以外に興味なんてねぇから… 」
言葉尻になればなるほど小さくなっていく声と赤くなっていく顔。 勢いで言ったはいいものの、恥ずかしすぎて十亀の顔が見れない。しばらく顔を下に向けて照れ照れしている間、十亀はうんともすんとも言わなかった。さすがに心配になり、恐る恐る顔を上げれば、欲にまみれた常磐色が2つ。
ぶわっと全身が粟立つ。
「 ほんっとに… 勘弁してよぉ… 」
やっとのこと絞り出したような声。余裕が無いことは火を見るより明らかで。
がぱりと開けられた口。 あっ、喰われる。と思った時にはもう遅かった。
今夜はまだまだ終わらない。
──────────────────
2人は無事夕飯を食べ損ねました。
🐢🌸いちゃいちゃと親の顔が見て見たいって言葉を使いたいがために生まれたものです。
最後雑になったのはごめんなさい。これ以上は無理です。
長いこと見て下さりありがとうございました 🙇🏻♀️”
(2025/12/27 22:57:28)
約12000文字
コメント
2件
最初料理出来る人の文面感満載ですな ... 自分はカップラーメンすらまともに作れない(お湯沸かし忘れるしカップ麺を作ったことすら忘れてめっちゃ麺のばす)から自分以下じゃない限り謙遜はさせないぞ ‼️ んふふふふニチャニチャしてたら急に鉄の味して本当に尊さで吐血したのかと思ったら口角上げすぎて唇切れただけだった ✨😌