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モノクロナツキ
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モノクロナツキ
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カチ、カチ、と静まり返った店内に、壁掛け時計の音だけが響く。パスタのお皿を洗い終え、シンクの周りを綺麗に拭き上げて時計を見上げると、あと数十分で深夜、3時。
仕込みも、片付けも、終わった。後は、テーブルを全て拭いて軽く掃き掃除をすれば終わりだ。
ふぅ、と一息ついてカウンターの隅に目をやると、僕の黒パーカーにすっぽり包まれた洸くんが、まだ少しとろんとした目で、眠気と格闘していた。
「ん? 新くん、お片付け終わった?」
「あと、テーブルを拭いて、掃き掃除をすれば終わりです」
エプロンを外しながら隣に歩み寄ると、洸くんはふにゃりと眉を下げて、「じゃあ俺も手伝う」と両手を差し出した。
僕のパーカーを脱ぎ、さっきの眠そうな姿はどこへやら、テキパキとテーブルを拭きだした彼に、少し吹き出してしまう。
「お仕事お疲れ様でした!」
「洸くんも、お疲れ様でした」
2人でそう言い合い、帰り支度を終えた時。ふと時計を見上げながら、洸くんがいたずらに笑って僕に話しかけてくる。
「3時かぁ……。なぁ新くん、これからどうする? お家まで歩いて帰る?それとも始発までここで一緒に寝る?」
「一緒に寝る!?」
僕が驚きすぎて、声を裏返しながら言うと、いたずら成功とでも言うかのようにクスクスと洸くんが笑い出した。ほんまにもう、この人は弦さん同様、僕の事揶揄うのが好きなんやから。
ここから上重家までは、歩いたらゆうに1時間はかかる。でも、洸くんと一緒なら早朝のお散歩も幸せでいいのかもしれない。……でも、残念。僕には置いていけない相棒がここにいるねんな。
少し困ったように笑ってみせてから、僕はポケットから『あるもの』を取り出して、指先でジャラリと鳴らしてみせた。
「……え?」
「僕、今日バイクで来てるんです。歩かなくても、すぐ送り届けられますよ」
きょとんとして鍵を見つめる洸くんに、さっきのお返しとでも言うように、余裕を装って微笑みかけた。
「うそ、バイクなん!? すごい……っ、それ、乗せてくれるって事?」
驚きながらも、どこか楽しそうに目を輝かせる洸くんを手招きして、僕たちは店の鍵を閉め、誰もいない深夜の路地へと出た。
お店のバックヤード近くの駐輪スペースに、僕の愛車が静かに佇んでいる。
「わぁ……かっこいい。新くん、これに乗ってるんや……」
夜の街灯に照らされた重厚な車体を見上げて、洸くんが吐き出す息が白く染まる。深夜3時の夜風は、思った以上に冷たかった。
僕はバイクのシートに載せていた二つのヘルメットを取り上げる。
ひとつは、僕がいつも使っているお気に入りのヘルメット。そしてもうひとつは、オーナー用のヘルメットだ。
それを見た瞬間、洸くんが少し反応した。さっきまでの楽しそうな笑顔がなくなり、じっとその二つ目のヘルメットを見つめ、少しだけ唇を尖らせる。
「……それ、誰のヘルメット?」
え……これ、もしかして……ヤキモチ、というやつだろうか。
バイクの横で、少しだけ不機嫌そうに僕を睨む洸くん。そのちっちゃな独占欲が、たまらなく愛おしい。僕はその可愛い誤解を解くために、夜風のなか、嘘偽りのない事実を素直に伝えた。
「こっちの赤いのはオーナー用です。たまに駅まで送ったり、仕入れの時に後ろに乗せるんです。なので、洸くんが心配するような事は何も無いですよ?」
「……へぇ」
オーナーが男性だと知っている洸くんは、ホッとしたように目元を緩め、自分がヤキモチを妬いてしまった事に恥ずかしくなったのか、少し照れているように見えた。
けれど、僕の中の『独占欲』は、冷たい空気のなかで、彼が他の誰かのヘルメットを被るという事実だけで、静かに火がついてしまっていた。たとえそれが、オーナーのものであったとしても、だ。
「でも……」
僕はオーナー用のヘルメットをシートの上に戻すと、自分がいつも使っているヘルメットを両手で持ち上げた。
そして、驚いて目を丸くする洸くんの前に一歩踏み込み、その頭へと、そっと優しく、包み込むように被せる。
「……これ、新くんのじゃないの?」
カチリ、と顎紐のバックルを留めてあげる。至近距離で合わさる視線。
僕の匂いにすっぽりと閉じ込められた洸くん。大きめのヘルメットの隙間から、戸惑ったような、綺麗な瞳が僕を真っ直ぐに見つめていた。
その顔があまりにも無防備で、愛くるしくて。
僕はヘルメットを被った彼の顔を覗き込むようにして、少しトーンを落とした低い声で告げた。
「これは、僕の独占欲です。洸くんに他の人のヘルメットを被せたくありませんでした」
「……っ」
洸くんの頬が、お酒のせいだけではない鮮やかな赤に染まっていくのが、暗い夜の街灯の下でもはっきりと分かった。
「……次のお買い物の時、マグカップと一緒に、洸くん専用のヘルメットも買いに行きましょう。洸くんが願うなら、このバイクの後ろには、もう洸くんしか乗せないです」
僕が最高に本気な提案をすると、洸くんは両手で自分の顔を隠してしまった。
「……そんなん、オーナーさんに迷惑かけるやろ? 俺はそんなわがままじゃないし」
本当に嬉しそうに、でも、少し拗ねたような物言い。彼の素直じゃないやさしさが心に染みる。
洸くんが好き。今ここで伝えたら、彼はどう言うかな?
さすがに、今断ったらこんな所に置いていかれる恐怖を感じて、嘘でも僕のことを好きって言ってくれるやろか。そんな、冗談にも狂気にも取れる考えを頭の中から吹き飛ばして、僕はフッと優しく微笑んだ。
あまりにも可愛い反応に、これ以上からかうのはやめようと僕がバイクに跨ろうとした、その時。
上目遣いの潤んだ瞳が、僕のコートの裾を小さな手でぎゅっと握りしめて、消え入りそうな声で呟いた。
「……き、今日は……新くんのお家に一緒に帰っていい?」
……そ、それはアカン。今の状況で、それを言うのはアカンすぎる!!!!!流石に安全運転の僕でも、事故してまうど!!!!