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「……ちょっと待ってくださいね。心の準備を下さい」
僕がそのまま駐輪場の地面に座り込み頭をかかえると、焦ったように、洸くんも目の前に座り込んだ。
「ごめん、困らせるつもりはなかったんやけど」
「いえ! 全然、困ってなんかないです。ただ、洸くんを乗せていて事故をしないように、安全運転安全第一と気持ちを落ち着かせる為に自分に言い聞かせているだけです!」
必死でそう言うと、洸くんはやっと、いつもみたいに柔らかい笑顔で僕に笑いかけてくれた。
結局、僕は自分の理性をギリギリのところで引きずり回しながら、洸くんをバイクの後ろに乗せて我が家へと連れ帰ってきた。
ガチャリ、と鍵を開けて、深夜3時半の僕の部屋に洸くんを迎え入れる。
壁の棚には少しお気に入りのお酒のボトルが並んでいるけれど、基本的には必要な物以外があまりない、シンプルな部屋だ。僕の生活のすべてが詰まったこの狭い空間に、大好きな洸くんが立っている。その事実だけで、部屋の空気が一気に甘く熱くなったような気がした。
「……お邪魔します。新くんの部屋、なんか大人っぽくてかっこいいね」
少し照れたように部屋を見渡す洸くん。夜のバイクで冷え切った体を少し縮こまらせながら、彼がふと僕を見上げて言った。
「身体冷えたし、新くんシャワー浴びてきたら?」
「……よかったら、洸くん先に浴びてください。このままじゃ風邪ひいちゃいます」
なるべく平然を装って、僕は返事をした。
『深夜に2人きりの部屋でシャワーを勧められる』。その事実に、僕の脳内は一瞬で暴走テンションに切り替わり、心臓がうるさいほど跳ね上がる。アカン、絶対バレへんようにせんと。
けれど、洸くんはセーターの袖を指先でいじりながら、ふにゃりと無邪気に笑って見せた。
「俺はBARに行く前に浴びてきたから。ちょっと部屋であったまってからシャワー浴びるか考える」
そう言うと、洸くんは部屋の隅にあるローソファにすとん、と体を埋めてしまった。
「……あ、そう……なんですか」
……そういう意味じゃないのか。
いや、どういう意味を期待してたんや、僕は!
突っ走りそうになった自分の下心を恥じる気持ちと、これ以上理性を試されずに済んだという安堵。その二つが混ざり合った複雑な溜息を心の中でつきながら、僕も自分の上着を脱いで、冷えた部屋を暖めるためにエアコンのリモコンを押した。
それから、シャワーを浴びてリビングに戻ると。じんわりと暖まった部屋のソファで洸くんはすっかりうたた寝を始めていた。
規則正しい生活をしている彼にとって、深夜4時前というのはとっくに限界を超えているのだろう。すやすやと、愛らしい寝息だけが返ってくる。
僕はそっと彼の横から少し離れた所に腰を下ろした。
肩にかかったタオルでゴシゴシと濡れた髪を拭く。少しでも早く洸くんに会いたくて、ドライヤーもままならないまま出てきてしまったけれど。こうして、眠ってしまっている彼を見ていると胸の奥がぎゅうっと締め付けられるように愛おしくなった。
ずっと、こうしていたい。僕の部屋に、彼がいてくれるこの瞬間が、夢みたいだ。
そんな僕の視線に気づいたのか、洸くんの長い睫毛がかすかに震え、パチリ、とゆっくり目が開いた。
潤んだ瞳が、僕をじっと見つめる。
「……ん、新くん……石鹸のいい匂いがする」
「あ、起こしちゃいましたね、ごめんなさい。そのままゆっくり寝ててくださいね」
慌てて立ちあがろうとした僕を「待って」と洸くんがそっと引き止めた。
眠気のはざ目で、とろんとした目を向けたまま、彼がぽつりと、静かな声で僕に問いかける。
「なぁ、新くん……。前に、俺に告白してくれた時さ……。新くんはここで、俺と一緒にいたいと思ってくれたん?」
「……っ」
その言葉に、僕の記憶は一瞬であの日へと引き戻される。
『今日は……一日中休みで、家に居たんですけど……ふと、思ったんです。僕の隣に、洸さんがいてくれたら、もっと幸せなんやろなって』
あの時、洸くんと弦さんの前で僕は真っ直ぐ彼にそう言った。
その僕の過去の言葉をなぞるように、洸くんは潤んだ瞳で僕を見つめ返し、消え入りそうな、けれど確かな声で言葉を紡いだ。
「……俺もさ、新くんが隣にいてくれたら、幸せやろなって思ってるよ?」
「───っ、」
アカン。
それは、ほんまに、アカン。
僕の理性が、音を立てて粉々に砕け散る感覚がした。
そっとソファの上を這うようにして、彼に近づく。もう、自分を止める言い訳なんて、どこにも見つけられなかった。
「……大好きです。洸くんの事。これからも、何があろうと、あなたの事を守れる自信があります」
真っ直ぐに、心のすべてを告げる。
すると、洸くんは本当に幸せそうににこりと笑って、その細い腕を僕の首へとそっと回してきた。
「俺も……新くんしかおらへんと思ってる。大好き」
グッと腕に力が入り、洸くんの顔が近づいてくる。
嘘やろ。こんな奇跡、おこってもいいんや。
ゆっくりと重なる柔らかいそれに、僕は気を失いそうになりながら、必死で、愛おしさを全て込めるようにして応えた。
お互いの体温を確かめ合うような、長くて、甘い、奇跡の時間。
やがて名残惜しそうにゆっくりと唇が離れる。
洸くんは顔を真っ赤にしたまま、僕の首に腕を絡めた状態で、ふとソファの向こうの寝室へと視線を巡らせた。
「……寝室こっち?」
「はい! ……い、行きますか?」
ふふっと恥ずかそうに笑う彼の手を引いて、僕は意気揚々とその扉を開いた。
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