テラーノベル
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誰もが、もう姿を見ないと思っていた。
戦火が止み、校内の瓦礫がようやく片付きはじめたある日、 その静寂を打ち破るように、革靴の音が鳴った。
「……来たぞ」
その声に、振り向いたのはイギリスだった。
くすんだブレザーの襟元を整えながら、彼はわずかに眉をひそめる。
廊下の先、静かに歩いてくるその生徒__
瘦せ細り、ボロボロの制服。
だけど、その背筋は妙に真っ直ぐで、目だけが鋭く光っていた。
「日本」
アメリカの声が、低く唸る。
彼はかつてのライバル。
いや、最後に自らの手で仕留めた相手を
ただ睨んでいた。
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爆音と炎で幕を閉じたあの日から、
まだ間もない。
あれだけの制裁を受け、心も体も砕かれたはずだった。
けれど、日本はまた歩いてきたのだ。
何事もなかったように、いや、
すべてを背負っているように、無言で。
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その日、国際学園の講堂では、
緊急会議が開かれた。
「まったく、この極東の島国は
いつも予想の斜め上を行く…。」
イギリスが鼻で笑いながらも、
額に手を当てる。
隣のフランスが気怠そうに髪を整えながら
つぶやく。
「まぁ、ぼくはあの子、
わりと嫌いじゃないけどね。
痛みに美学を感じるとか、そういうの」
「ふざけんなフランス。あいつがどれだけの
被害を出したか忘れたわけじゃないだろ?」
アメリカの声には、怒りと、、
少しの動揺が混じっていた。
彼の瞳の奥には、焼け焦げた制服と、
最後に見た“あの顔”がちらついている。
己の力で倒したはずの相手が、平然と歩いてきた。それが恐怖に変わりつつあった。
「彼は、終わってなどいない」
静かにそう言ったのは、ソ連だった。
誰にもわからない眼差しで 、 教壇の影を見ている。
「むしろ、ここから始まるのではないか ?」
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廊下の掲示板には、
「新学期再編・特別国際クラス設置」 の文字が躍っていた。
その中心に据えられたのは、
元・枢軸と連合国から選ばれた
特別生徒たち。
「…なぜ、よりによって同じクラスに?」
ドイツが眉をひそめ、腕を組む。
隣では、イタリアが浮かない顔色を見せながらも明るく 「また一緒だね、日本」と手を振っている。
無言のまま、日本は立っていた。
薄い笑みを浮かべながらも、
目はどこか深く暗い。
だが、どこかに妙な違和感があった。
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「日本、お前…なんか、変わったな」
他の国々が2人を気にしながらもアメリカがそう言ったとき、 日本はほんのわずかに視線を向けた。
「お前が落としたものは、 大きかったな」
「けど、それだけじゃ足りなかったらしい」
空気が凍りついた。
誰もが、思い出したくなかったその言葉を、
日本は口にしたのだ。
'核'____
国際学園の最も重い記録の一つ。
それを背負ってなお、再び校舎に足を踏み入れたこの男は、いまや別物だった。
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休み時間。屋上。
「アメリカ。俺たち、まだ終わってないのか、」
後ろから声をかけたのは、カナダだった。
彼も戦争に巻き込まれた一人であり、
そして__ ずっとアメリカの背中を見てきた。
アメリカは答えない。ただ、空を見ている。
「日本が何を考えてるのか、まったくわからねぇ。なのに。」
「なのに?」
「アイツの後ろに、誰かが立ってる気がする。なんというか、過去そのものが」
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放課後、アメリカはついに声をかけた。
「日本、お前……今、何を考えてる?」
日本は答えず、ただ、窓の外を見ていた。夕日が校庭を赤く染めている。
やがて、静かに口を開いた。
「……俺はもう、戦うつもりはない」
「…なら、なぜ戻ってきた?」
日本はアメリカを見据えた。
かつて、彼の空に現れた爆撃機のように、
冷たい光をその瞳に宿して。
「……お前が、俺を壊して終わったと、 思ってるなら_それは、間違いだ」
「終わったのは、あの時代だけだ。
俺は、もう別の武器でこの学園に挑む」
「別の_?」
「文化、技術、思想。お前たちが甘く見ていた、俺たちの内側の力だよ。
極東の島国が何も持たないと思っていたなら、それは、お前の敗北だ、」
日本は震えながら言った
アメリカは言葉を失った。
戦いの傷痕は、日本の中にまだ残っていた。
だがそれ以上に_新たな、別種の意地が、彼の中で目を覚ましていた。
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そして、その日から。
日本のことを、以前と同じ目で見ることができなくなった。
あの戦争が生んだのは、敗者ではなく
静かに、確かに再構築された極東の影だった。
終
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