テラーノベル
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私は水の魔女。今日もほうきに跨がり、風に乗って各地を旅していた。
ある国の門をくぐった途端、一人の少女が必死な形相で駆け寄ってきた。
「リラー! どこにいるのリラー!」
「……何かあったの?」
「昨日から姉のリラが帰ってきてないの。あなたは?」
「さっき着いたばかりの、旅の魔女。よかったら捜すのを手伝うわ」
私は頷き、上空から目を皿のようにして捜索を開始した。
しかし、街の北側。陽の当たらない路地裏で感知したのは、凍りつくような殺気と、断ち切られた悲鳴だった。
「……っ、そこね!」
ほうきを極限まで加速させ、空気を切り裂き急降下する。
路地裏に飛び込んだ瞬間、目に飛び込んできたのは、狂気に満ちた男が、震えるリラに向かって包丁を振り下ろす光景だった。
「やめて!!」
リラが絶望に瞳を閉じた瞬間、その前に小さな影が割り込んだ。
——ドスッ、という鈍い音。
「……え?」
目を開けたリラが見たのは、自分を庇って刃を受けた、妹のエラの姿だった。ずっと姉を捜していたはずの妹が、再会の瞬間に自らを捧げ、盾となったのだ。
「リラ……よかった……無事で……」
エラは力なく微笑み、そのまま崩れ落ちた。私は激昂し、荒れ狂う水流の魔法で男を路地の奥まで吹き飛ばすと、すぐさま二人の元へ降り立った。
エラの傷は深く、石畳はまたたく間に紅く染まっていく。
「リラァァァーッ!!」
冷たくなっていく妹を抱きしめ、リラが喉を枯らして泣き叫ぶ。
私はその光景を、ただ立ち尽くして見つめることしかできなかった。
水を操る私の魔法は、どれだけ尽くしても、流れ去った時間を戻すことはできない。水面に映る死という運命を、書き換えることは叶わないのだ。
「……っ!」
私は、どうすることもできなかった己を悔やみ、白くなるほど強く拳を握りしめた。
「お姉ちゃん、泣かないで……」
その言葉を最期に、エラが再び目を覚ますことはなかった。
驚いた鳩たちが、悲鳴を置き去りにするように一斉に空へ羽ばたいていく。
空からは、彼女たちの頬を濡らす涙のような、冷たい雨が降り始めた。
夜が明け、鮮やかな朝日が世界を黄金色に染める頃。
リラは墓地で静かに祈りを捧げていた。
「一緒に探してくれて、ありがとう」
「……いいえ。私こそ、何もできなくてごめんなさい」
ふと見ると、エラの墓の傍らに、見たこともない小さな青い花が咲いていた。
まるでエラが「もう泣かないで」と微笑んでいるような、優しい色。
リラはその花を愛おしそうに摘み取ると、自らの髪へと挿した。
妹の想いを、その命を、一生忘れないために。
「私は、行くわね」
「ええ……色々と、本当にありがとう」
朝日に背を向け、私は再びほうきに跨がる。
私の旅は、続く。
Fine.
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