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藤堂の家で厳しくも甘い夜を過ごした伊織は、改めて藤堂への愛を確信していた。独占欲の強い藤堂だが、彼の愛情の深さが伊織を安心させていた。しかし、その平穏な日常は、水曜日の朝、一人の転校生の登場によって、静かに波紋を広げ始めた。
朝のホームルーム。担任の教師が、教室の前に立つ新しい生徒を紹介した。
「今日から、新しいクラスメイトを迎える。藤井、自己紹介を頼む」
促されて前に出たのは、すらりとした背丈の女子生徒だった。彼女は、男子生徒と見間違うほど後ろ髪が短く刈り上げられており、前髪はセンターパートで整えられている。制服の着こなしもシンプルで、性別を越えたクールな魅力を放っていた。
「藤井渚です。よろしく」
藤井は簡潔に自己紹介をすると、教室をぐるりと見渡した。その視線が、一瞬、伊織の席で止まったように伊織は感じた。
藤井のボーイッシュな魅力に、教室の生徒たちがざわめく中、伊織の心臓は激しく高鳴っていた。藤井のクールな佇まい、凛とした目元、すべてが伊織の心に突き刺さった。
(かっこいい……)
伊織は、藤堂に抱く熱情とは違う、純粋な憧れのような感情を覚えた。まるで、伊織がかつて夢見ていた、主人公のような存在が、目の前に現れたような感覚だった。
そして、担任の教師は告げた。
「藤井の席は……伊織、お前の隣だ」
伊織は、自分の席の隣を指さされたことに驚き、硬直した。
藤井渚は、伊織の隣の席にやって来た。伊織と藤堂の関係が噂になっていることを知っているクラスの生徒たちが、ヒソヒソと囁き合う声が聞こえる。
藤井は、席に着くと、伊織に向かって小さく会釈した。
「よろしく、伊織くん」
「あ、う、うん……よろしく、藤井さん」
伊織は、藤井の顔をまともに見られず、思わず俯いてしまった。
藤井はそんな伊織の様子を見て、心の中で微笑んだ。
(伊織くん、噂通り、可愛いな……)
藤井は、伊織の目立たない制服の着こなしや、少し緊張した仕草に、純粋な興味を覚えた。藤堂と付き合っているという噂は聞いていたが、藤井にとって、伊織は、まるで守ってあげたくなるような、繊細な魅力を持つ存在に見えた。
伊織が、藤井の視線から逃れるようにして文庫本を開くと、藤井が声をかけてきた。
「伊織くん、その本……面白いの?」
「あ、うん。ファンタジー小説で……」
伊織がそう答えると、藤井は身を乗り出し、伊織の持っている本を覗き込んだ。
「へえ、意外。私もファンタジー好きだよ。放課後、話聞かせてくれないかな?」
藤井の気さくな誘いに、伊織の胸は高鳴った。しかし、脳裏にはすぐに藤堂の独占的な顔が浮かぶ。
(放課後……蓮にバレたら、どうなるんだろう……)
伊織は、藤堂への愛と、藤井への新しい感情の間で、複雑な感情に揺れ始めた。
そんな伊織と藤井のやり取りを、自分の席からじっと見つめている者がいた。藤堂蓮だ。彼は、教室の喧騒の中でも、伊織と新しい転校生の関係性の変化を、鋭い眼光で捉えていた。
(ちっ、あの女、伊織に色目を使ってるのか? しかも、伊織のやつ、顔が赤くなってる……。新しい獲物、か)
藤堂の心の中で、独占欲という名の炎が、静かに燃え上がり始めていた。