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北方の大陸の氷のように冷たく透き通った夜が更けてなお、嘆きと戸惑いが静かに渦巻くネリーグロッサの街を三人の影は人目につかぬようにひそみ歩く。


コドーズが何に乗って来たにせよ、それがどこにいるのか、ユカリたちには知る由もない。そこでコドーズ自身に話を聞こうと監獄へ向かうこととなった。


どの闇や影よりも黒いこの街は忍ぶ者、潜む者にはうってつけだ、とユカリは思っていたが、そのようなことは夜闇の神に祈りを捧げる善き人たちも分かっており、邪な考えを抱く者たちを明るみに引き出すための篝火を街のあちこちに沢山据え、多くの巡邏が夜の間中やましい考えを抱く者たちを嘲る歌をうたいながら、その誇り高い勤めを果たしていた。


それでもユカリたちはいくつかの理由で念のために身を潜めた。騒動の最中にユカリたちの姿を目撃した者がいれば、どのような誤解を抱いているかは分からない。それに、捕まったコドーズがどのような証言・・をしているか、分かったものではない。そして、たとえ悪党の所有物だとしても、今から行うことは馬泥棒に違いないからだ。


事前に宿屋の主に聞いていた通りの場所に監獄があった。


元々このような聖地では罪人も少ないのか、敷地はとても狭い。壁を破壊した罪でユカリを幽閉したアルハトラムの城邑まちと同じく監獄は塔だったが、三分の一の大きさもなさそうだ。しかし例に漏れず黒に塗り尽くされた威容は武装した巨人のように厳めしい。見たところ窓らしきものは一切なく、牢破りするつもりがないなら正面から侵入するほかないだろう。


三人が建物の陰から塔を見上げていると、どこかで喧嘩でもしているのか、男たちの争うような怒鳴り声が聞こえてきた。何事だろうか、と耳をそばだてていると悲鳴が混じり始めたことに気づく。

ユカリが駆け出す前にベルニージュに手を引かれる。


「慎重にね」とベルニージュは囁いた。

「うん。分かってる」とユカリは囁き返した。


騒ぎの元へ近づくにつれ、喧噪は大きくなり、沢山の馬のいななきが聞こえ始めた。


そこにはネリーグロッサの兵士たちのための馬小屋があり、多くの男たちが集まっていた。そしていくつかの篝火に照らされて大きな影が踊り狂っている。それは長い毛に覆われた怪物のようだった。怪物は太く頑丈な鎖に繋がれているのか、十数人の兵士たちが鎖をつかみ、口々に叫び、必死に押さえつけようとしている。馬小屋の馬たちも興奮して嘶いており、人の言葉は聞こえてこない。


「あれは、怪馬ですわ」馬小屋の陰でレモニカは言った。「コドーズ団長はそう呼んでいました。見世物小屋で芸を見せていた多くの生き物たちの一つです」

「わあ、大きいね、ユカリ」と言って緊張感の欠片もないグリュエーは毛を振り乱す怪馬と戯れる。

「確かに見世物小屋にいたような気がする」とユカリは呟く。「コドーズはあれに乗って来たのかな。見たところじゃじゃ馬のようだけど」


その間も怪馬は篝火に照らされ、残酷な神々を慰めようと必死に踊る踊り子のように暴れ狂っている。どこかへ行きたいのではなく、兵士たちを恐れているらしい。


レモニカは頷いて言う。「おそらくその通りです。見世物の時にも特製の鞍を乗せて、大人の男を十人は乗せていました」

「十人!? とんでもないね」とユカリは感心してため息をつく。「怪馬ってことは、あれは馬なの?」


ユカリの知っている馬と比べると何もかもが規格外だ。


「たぶん、毛長馬だね」とベルニージュが答えた。「全身が長毛に包まれた馬の話を聞いたことがある。実物を見たことはないし、もっと美しい姿を想像していたけど」


怪馬もまた馬と同様の嘶きを夜空に向けて発していることにユカリは気づいた。暗くてはっきりとは見えないが、全身を覆う長毛は薄汚れていて、捻じれている。洗って、梳かせば本当の姿を見られるのかもしれない。


ユカリは怪馬の雄々しい嘶きに掻き消されない声で言う。「あれを奪う? とても乗りこなせそうにないよ」


怪馬は普通の馬と比べても二回りは大きい。長毛の間から時折見える足ははちきれんばかりに逞しく、蹄は磨かれた黒大理石のようだ。


「何て言ってるか分からないの?」とベルニージュに問われる。


ユカリは念のために耳を澄ますが、その嘶きに意味を読み取れない。


「うん。叫びでしかない。言葉は聞こえてこないよ」とユカリは答える。


ユカリがふと隣のレモニカを見ると、食い入るように怪馬を見つめていることに気づく。


焚書官の鉄仮面で表情の読めないレモニカにおそるおそる尋ねかける。「どうかした? レモニカ。怖い顔、してそう」

「あの手綱」とだけレモニカは言った。


ユカリは再び暴れ怪馬に視線を向ける。よくよく見ると鎖は怪馬を取り押さえるために用意されたものではなく、元々手綱として使われていたらしい。長毛のせいで頭絡は見えないが、馬銜はみの代わりに、しかし固定されることなく怪馬は自ら鎖を噛み締めて離さない。離せないのだ、とユカリも気づいた。


「あれって……」と言ったユカリの言葉をベルニージュが続ける。

「【呪縛イノン】を使った鎖だろうね。レモニカに使われていたものよりももっと強力だろうけど」


それはレモニカをずっと長い間戒めていた鎖だ。魔法少女の力ならばいともたやすく破壊できるが、破壊せずに魔法を解こうとするとベルニージュでも手間取ることになる。

そうしている間にも何人かの兵士が蹄の餌食になっていた。


「とにかく大人しくさせよう。行くよ、グリュエー」と言ってユカリは大きく息を吸う。

「待ってってば、ユカリ」と言ってベルニージュがユカリの口を塞ぐ。「今だけ大人しくさせても仕方ないよ。怪馬を譲り受けるなら大人しくさせる方法、あるいはこうして暴れる理由を知らないといけない」


ベルニージュの視線の先はユカリでも怪馬でもなく、監獄の塔に向けられていた。コドーズの囚われている監獄だ。




怪馬に人を割いているためだろう、監獄の警備は薄かった。そうでなくても、ユカリを阻めるものはなかった。魔法少女の第三魔法、憑依の魔法は獄吏を無力にし、魔法少女の第二魔法、万物との会話の魔法はコドーズの居場所を暴く。その厳めしい見た目に反して、監獄塔の扉や壁はとても陽気でお喋りだった。


コドーズが入獄しているという独房は最上階近くにあった。冷たい鉄格子の慈悲なき扉が己の役目を万全に果たし、コドーズを閉じ込めている。三人は忍び足で目的地の目前にたどりついたが、コドーズの視界に入らない場所で立ち止まる。騒ぎも嘶きも遠いがこの高さまではっきりと聞こえる。


ユカリは監獄の冷たい空気の中で温かな吐息とともに囁く。「このままコドーズの元に行って、どうすれば怪馬は大人しくなるの? って聞くわけにもいかないよね」

「そりゃそうだね」とベルニージュは同意する。「でも死にたくなければってあらかじめ言っておけば大丈夫だよ」


ユカリは首を横に振る「そんなことしないけど、そうしたとしても脅しに応じるとは思えない。騒ぎにはしたくないし、何とか騙せないかな。獄吏に憑依して……」

「無理無理」とベルニージュに言われ、ユカリはむっとする。「いや、ユカリにできないって話じゃなくて。獄吏だろうと誰だろうとコドーズの態度は変わらないよ。それにもしかしたら……」


「あの」と、レモニカが切り出す。ユカリとベルニージュの視線が焚書官姿のレモニカへ向けられる。

「わたくしに任せてくださいませんか?」少し声が大きくなったレモニカは慌てて小さくする。「クオルに変身すれば聞き出せるかもしれません」


レモニカの声は少し上ずっていたが、その奥に確固とした意志をユカリは感じた。


「いいね。クオルが義理で助けにくるなんてなさそうな話しだけど、取引を持ち掛けてくることならありそう。どうかな。ベル」

ベルニージュは納得した様子で頷く。「そうだね。獄吏よりは可能性があるかも。でもコドーズはワタシがこてんぱんにしたから、レモニカがワタシに変身する可能性もあるかもよ。それを踏まえてできそう?」


ベルニージュの問いにレモニカは首を傾け、頭の中を整理すると頷く。自信は感じさせないが、強い意志を感じさせた。


「はい。なんとかやってみます。ここで見張っていてくださいませ」

「お願いね、レモニカ」ユカリは地上の騒ぎに耳をそばだてて言う。「怪馬のためにも」


レモニカはユカリとベルニージュを安心させるようにそれぞれの目を見つめて頷くと、コドーズの入っている独房へと近づく。コドーズに姿を見られる前に、レモニカはクオルの姿へと変身した。炭で染めたような髪に、焼成煉瓦のような赤茶色の瞳、そして蝋のような青白い肌。まずは一つの懸念が晴れた。


そのままレモニカは鉄格子の前へ進み出て、牢の中を覗き込む。


ユカリには中の様子が分からないが、レモニカが扉の近くに歩み寄れる程度にコドーズは奥の方にいるらしい。


「やあ、コドーズ、団長」とレモニカは努めてクオルらしい立ち振る舞いを心がけて話しかけている。「奇遇ですね。こんなところでどうしたんですか?」


クオルなら言いそうな気がする、とユカリは思った。


「てめえ、よくも俺の前にのこのこ現れやがったな」


鉄格子の向こうからコドーズの掠れた低い声が響いてくる。

レモニカは怯むことなく答える。


「レモニカが逃げてしまったことを恨んでいるというのなら、お門違いですよ。あれは偶然、たまたま上手くいっただけです」

獣の威嚇のような低い唸りでコドーズは言葉を返す。「違うな。あれはどこかの間抜けがやらかした失敗へまだ。ただじゃおかねえからな」

「酷い、言い草ですね。私は団長を助けようと思って、やって来たのに、です」


レモニカはまるで自分が悪しざまに言われたかのようにどもった。


「一人ですたこら逃げやがったと思っていたんだがな。どういうつもりだ。俺を何かに使う気か?」と言うコドーズの声には憎しみが籠っている。それはクオルに対してだけのものではない。

「それは、後にしましょう。まずは、逃げたいか、逃げたくないか、ですよ」


しかしコドーズの返事が聞こえてこない。しばらくして再びレモニカが口を開く。「どうかいたしました?」

「てめえ、ケブシュテラだな。その生気のねえ目、むかつくぜ」

魔法少女って聞いてたけれど、ちょっと想像と違う世界観だよ。

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