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海岸を歩いていると小夜子ちゃんが「あっ、あれ!」と叫んで海辺へ走り寄って行った。美紅もすぐに追いかける。俺も何だろうと思いながら後に続く。小夜子ちゃんがサンダルのまま砂浜の海水に足を踏み入れ、そうっと右手を伸ばして何かをひょいとつまみ上げた。
それを見た瞬間、俺は猛ダッシュで海辺から百メートルは離れた場所へすっ飛んで行った。それは明らかに海蛇だったからだ。俺の様子を見た小夜子ちゃんが感嘆の声を上げる。
「美紅のお兄さん、足速―い! 陸上でもやってるの?」
いや単に俺は蛇が死ぬほど嫌いなだけだ。昔から蛇を見たら誰より速くすっ飛んで逃げていた。確かに蛇を見た時の逃げ足の速さを意識的に出せればオリンピックにだって出られるかもな、俺って。
「そ、それはひょっとして……」
俺は平気で海蛇をつまみ上げている小夜子ちゃんとそれを当然という顔で見ている美紅におっかなびっくり声をかける。
「うん、これがイラブー。でもこれはちっちゃいからまだ子供だね」と小夜子ちゃん。な、なに! あれで小さいのか?
美紅も小夜子ちゃんに同意する。
「うん、そうだね。これは逃がしてあげたら?」
小夜子ちゃんはその海蛇を海に戻しながらこう声をかけた。
「もっと大きくなってまた戻っておいで」
待てよ。海蛇って毒があったんじゃないか?その点を尋ねると小夜子ちゃんは事もなげにこう答えた。
「うん、あるよ。イラブーの毒はハブの何十倍だっけ?」
「き、君! だったら危ないじゃないか、あんな事しちゃ」
「うん、島人じゃない人は触らない方がいいよ。イラブーはおとなしいからあっちから襲って来たりはしないけど、触ると咬みつく事があるからね」
い、いや、だから君たちはいいわけ? お、沖縄の女の子、あなどれん!
それから一時間ほど歩くとやけに大きな、でも古ぼけた家があちこちに点在しているのが見えて来た。小夜子ちゃんが言うには島の古い家系の住居で今は空き家になっている所も多いそうだ。
何もない島だが、こうして見ると何か歴史の積み重ねの重みみたいな物を感じるな。ふと腕時計を見るともう三時間ほど過ぎている。日も傾き始めているしそろそろ戻った方がいいんじゃないか?
「なあ、美紅、小夜子ちゃん。そろそろ戻らなくていいのか?」
美紅は相変わらず少しボケっとした表情で答える。
「うん、だから戻ってる」
ああ、もう、この天然ボケ! お婆ちゃんの家を出てからずっと前にしか進んでないだろうが。小夜子ちゃんの方に助けを求めて目を向けるが彼女は彼女でいたずらっぽく笑っている。何がおかしいんだ、この子は?
そのうちまた民家が集まっている場所が前の方に見えてきた。よし、あそこからバスにでも乗ればお婆ちゃんの家のあたりまで戻れるか。いや、でもバス停とか一度も見かけなかったな。ひょっとしてバスなんて走ってない?
それにしても沖縄の家屋というのは初めて見る人間にはどれも似たように見えるもんだ。あれなんかお婆ちゃんの家にそっくりだな。あ、縁側に女の人がいる。あの人に訊いてみるか、どっちへ行けば元の場所に戻れるかを。あれ、なんかうちの母ちゃんに似た人だな。
そんな事を思いながらその家に近づいて俺は「へっ?」と間抜けな声を上げてしまった。いや似てるんじゃない。俺の母ちゃんその人じゃないか! なんで母ちゃんが先回りしてここにいるんだ? いや、そうでもない。これはまさしくお婆ちゃんの家! じゃあ何か? 俺たちは歩きで島を一周してきたわけ?
「あら、ずいぶん遅かったわね。途中であちこち見て回ったの?」と母ちゃん。