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御子柴聖 七歳 二○○X年 四月五日 午前八時
克也さんは神妙なお面持ちのまま、八岐大蛇の呪いについて説明してくれた。
「聖様の背中に、月下美人の蕾と枝の刺青が入っています。聖様の生命力を吸い上げる呪いで、月花美人は八岐大蛇の愛した花なんです」
「背中にある花が開いたら、死んじゃうって事か…。克也さん、どうしたら呪いは解けるんですか?」
「八岐大蛇を殺す、滅するしかありません。呪いは術師を殺せば呪いが解けるのと同じ方法ですね。ですが、八岐大蛇を倒すのは、かなり難しいですね現状は」
「…、あたしもそう思います」
八岐大蛇を滅する以外に、あたしの呪いを解く方法はない。
あたしと克也さんの会話を聞いていた蓮が会話に入ってきた。
「親父、八岐大蛇の居場所は?」
「探させているが、居場所は分かっていない。雲隠れした可能性が高いな…」
「場所は分からないけど、八岐大蛇はどこかに拠点を構えたのかもしれないね。目的があるなしにしても」
蓮と克也さんの会話を聞きながら。自分自身にかかった呪いと今後の事を考えていた。
あたしの命が尽きるのが先か、八岐大蛇の命が尽きるのが先か…。
早く、八岐大蛇の居場所を見つけないと。
その前に…。
「もっと強くならないと…、八岐大蛇を滅せない。このままじゃ、良くないですよね」
「聖様は御子柴家の勇逸の生き残りであり、現在の御子柴家の御当主になられます。御子柴家の傘下に入っている鬼頭家、早乙女家、水野家の三家の当主には、聖様の御存在を知りません。陽毬様が聖様の情報を外に漏らさないようにしていましたから…」
克也さんの言葉を聞きながら、お婆様の行動について考えていた。
お婆様は何で、あたしの事を隔離していたんだろうか。
深い理由があったから?
だとしたら、それはどんな…。
「ですが、今後は御子柴家の御当主として聖様の存在を三家の当主には話します。三家が封印していた大妖怪達の封印が解かれている今、我々の方針も変えてなければなりません。まだ、七歳の聖様に重荷を背をわせてしまう事を御許し下さい」
そう言って、克也さんが深々を頭を下げる。
「あ、頭を上げて下さいっ、克也さんっ!!!」
「我々、本城家一同は聖様にお仕えし、全身全霊で力になる事を誓います」
克也さんが膝をつきながら、あたしに本城家の当主として誓いを立ててくれ、蓮も克也さんと同じように膝をついてくれる。
今での誓いとは違って、あたしを御子柴家の当主として接してくれているのが分かった。
お婆様の代わりに、あたしが御子柴家の当主として御子柴の名を背負う事になるんだ。
「克也さん、あの…、お母さんの様子は…」
「アサミ様には怪我一つございませんが…、大西様が亡くなられたと知って…」
「お母さんが無事なら良いんです、ありがとうございます」
「…、お会いにならなくて良いんですか?アサミ様に」
「お母さんは、あたしの事が嫌いなので会わない方が良いです。それに、お父さんが死んだのに、あたしだけが生き残った事を許せないと思うので…」
克也さんの提案を断り、視線を布団に落とす。
お母さんに会っても、お母さんを苦しませるだけなのは分かってる。
ソッと蓮が優しくあたしの肩を抱き締め、あたしの顔を覗き込みながら口を開く。
「今は体を休める事だけを考えて下さい、お嬢」
「蓮…」
「アサミ様の事も御子柴家の事も呪いの事も、一人で抱え込まないで下さい。頼りないかもしれませんが、僕も居ますから…」
「そんな事ないよ、蓮は頼りになるよ!!!」
「あははっ、ありがとうございます。今日は、お嬢に格好悪い所ばかり見られてますね」
蓮が苦笑してる所を横目で見ながら、高鳴る胸を押さえ込んだ。
こんな状況なのに、蓮の一つ一つの行動に胸が高鳴ってしまう。
あの時、右脚を失ってでも蓮の事を庇って良かったと強く思った。
「聖様の右脚の事なんですが、うちの総司に任せて下さいますか?」
「総司?」
克也さんの口から、知らない男の人の名前が出された。
「あ、僕の兄です。今は東京にいるんですが、医者をしてます」
「蓮のお兄さんなんだ」
「はい、医者と言っても陰陽師専門の医者で…。医療術を得意としているんです、お嬢の右脚の件も親父が兄に連絡したみたいで…。もしかしたら、右脚にも呪いの影響が出ている可能性があるので、診てもらった方が良いって…」
「あ、成る程。克也さん達の指示に従うよ。初めての事だから、よく分からないし…」
確かに、右脚に出てもおかしくないな。
その日の話し合いは昼前には終わり、あたしは蓮に言われた通りに身体を休ませる事にした。
そして、三日後には蓮のお兄さんである本城総司と名乗る男性が本城家に訪れた。
看護師さんに連れられて来た男の人は蓮と同じ綺麗な紫色の瞳を持っていて、薄い茶色の髪は短く全体的に爽やかな印象に整えられている。
蓮よりも大人な感じな物腰の柔らかそうな男の人で、あたしに優しい笑みを浮かべながら自己紹介をしてくれた。
「初めまして、聖様。東京で陰陽師専門の医者をしている本城総司と言います。いつも蓮がお世話になっています」
「は、初めましてっ、御子柴聖です。あたしの方がいつも蓮にお世話されてます」
「あはは、まだ小さいのに礼儀正しいな。それに蓮が君の事を大事にしたくなる気持ちも分かるな」
「えっと…?」
タタタタタタタタッ!!!
廊下を誰かが走っている足音が聞こえ、バンッと襖が勢いよく開けられ、現れたのは道着を着た蓮だった。
「兄貴!!お嬢の足はっ!!?」
蓮走ってきた蓮は息を切らしながら、総司さんに近寄る。
「分かってる。その為に、東京から親父に呼ばれたんだから」
パカッ。
そう言いながら総司さんは、持って来ていたキャリーバックを開けて中から義足を取り出した。
「聖様の義足をお持ちしました、これを履いてリハビリを始めましょう。リハビリには俺が付き添いますから、一緒に義足に慣れていきましょう。ですが、その前に右脚の診させていただいますね」
「あ、はい」
「失礼しますね」
総司さんはソッと右腕の太腿に触れ、状態を確認して行く。
「傷口も確認してもよろしいですか?適切な治療は行われていると思いますが、念の為に」
「はい、大丈夫です」
「包帯を外させていただきますね」
手慣れた手付きで巻かれていた包帯を解き、八岐大蛇に喰われた部分をじっくりと観察して行く。
「傷口は綺麗に切断されていますね、壊死もしていません。呪いの影響は右脚には出ていないようです。完全に傷口が塞がっていませんので、消毒を済ませてから包帯を巻き直させてもらいますね」
「分かりました、ありがとうございます」
総司さんにお礼を言いながら、隣にいる蓮にこっそりと視線を送った。
わざわざ鍛錬中に様子を見に来てくれてたんだ…、蓮。
診察中もずっと側にいてくれて、診断の結果を聞いては安心した様子を見せてくれた。
「本当に大事にしているんだな、聖様の事」
「え、何?急に…」
「親父からは話しか聞いてなかったから、半信半疑だったんだよ。けど、お前の目や態度を見てたら分かるよ」
「お嬢が大切なのは当たり前だろ?僕の最初で最後の主人なんだからさ」
蓮が敬語ではなく普段の話し方で、総司さんにあたしの事を大切だと公言してくれた。
嬉しい反面、特殊な縛りの所為で蓮の事を縛り付けている事に罪悪感を抱いてしまう。
「兄貴、暫くこっちにいるんだろ?病院の方は大丈夫なの?」
「あぁ、部隊の連中に話は通してあるから問題ないよ」
「部隊?」
蓮と総司さんの話を聞いていたが、気になったので尋ねてみた。
「俺が所属している医療部隊の事です。本城家にいた医療班と同じものですよ」
総司さんは傷口を消毒しながら、丁寧にあたしの質問に答えてくれた。
東京がどこにあるのか分からないけど、きっとここから遠い場所にあるんだろうな…。
「ありがとうございます。わざわざ東京?から来てくれて…」
「お礼なんて、とんでもないですよ。さ、聖様」
「へ?」
包帯を巻き終えた総司さんは、あたしの体を軽く持ち上げ、椅子に座らせてくれた。
蓮の眉がピクッと動き、何故か気に入らなさそうな表情をしている。
蓮、どうしたんだろう?
「右脚、失礼しますね」
そう言って総司さんは手傾れた感じで、義足を嵌めくれるが違和感しかない。
機械を嵌められてる感じだな…。
ガチャンッ…
「立てますか?」
あたしは椅子から腰を上げようとしたら、体がふらついた。
「わわっ!!」
ガシッ!!
「お嬢、大丈夫ですか?」
蓮のガッシリとした腕が、あたしの体を支えてくれた。
トクンッと思わず胸が高鳴ってしまう、大きな腕…、あたしの体をすっぽり包んでる。
「お嬢?」
「あ、ありがと…、蓮」
「無理しないで下さいね」
蓮の優しい笑顔を見て、更に胸が高まる。
どうして、こんなにドキドキするんだろう。
「蓮の言う通りですよ、焦らずに行きましょう。俺も暫くここにいますから」
「はい、ありがとうございます」
総司さんとのリハビリ生活が始まるが、自分の右脚じゃないから、思うように脚が動かせない。
思うように動かない事に苛々したりもしたけど、蓮や総司さんがサポートしてくれたお陰で挫けそうになっても、立ち直れたのだ。
***
リハビリをしている中、お婆様とお父さんを弔う為に葬式が執り行われ、御子柴家の傘下に入っている三家の人達が御子柴家に訪れていた。
克也さんの仕切りで血で汚れた御子柴家に清掃隊と派遣し、死体の回収、遺品整理などもお母さんと二人でしてくれてたみたいだ。
あたしと蓮の二人は三家の人達が集まる前に、お婆様とお父さんの二人に線香を上げている時だった。
「蓮、少し良いか」
「お嬢、すみません。すぐに戻りいますから…」
「うん、分かった」
「…」
久しぶりに顔を合わせたお母さんに、総司さんに呼ばれた蓮が少し席を離れた隙を見ていたかのように近付き、思いっきり頬を叩かれた。
パシンッ!!!
「「っ!!?アサミ様!!?何をしているのですか!!!」」
あたしに平手打ちをした光景を見た総司さんと蓮が、慌ててお母さんとあたしの間に割って入る。
「涙一つ流さないなんてね、アンタに人の心ってものはないの!?聞いたわよ、八岐大蛇に呪いをかけられたんですってね右脚を喰われても生きてるなんて、やっぱり化け物だわ」
「…、ごめんなさ…」
「っ!!!何で、聖様にそんな酷い事を言いえるんですか!!!」
お母さんの言葉を聞いた蓮は、あたしの体を強く抱き締めながら声を張り上げた。
「あの時、聖様がいなければ僕達は八岐大蛇に殺されていましたよ。聖様が悲しんでいない?化け物だ?どうして、聖様にそんな事が言えるんですか。貴方だって、聖様に命を救われた事があったでしょ?」
「っ…」
「行きましょう、聖様。頬が腫れている、早く冷やさないと…。失礼しますね」
蓮はそう言って、あたしの体を軽々と抱き上げ、葬儀会場となっていた部屋を出た。
お母さんが泣き叫んでいる声が廊下まで聞こえてきて、叩かれた頬がひりつく。
「蓮、あたし化け物なんだって。あたし…、おかしいのかな…っ?」
「お嬢は化け物なんかじゃない、化け物なんかじゃないよ…」
蓮はあたしを抱き上げたまま自分の体に引き寄せ、あたしは蓮の胸の中で静かに泣いた。
***
あたしが総司さんとリハビリをしている中で、蓮も克也さんの指導の元で鍛錬を重ね、細身だった体に程良く筋肉がつき始め、背も伸びて来てからは男の子から男の人に変わり、声も低くなって来ているのが分かった。
リハビリの成果で義足にも慣れ始めた頃合いに、あたしも克也さんに稽古を付けて貰う事になり、克也さんは刀の使い手でかなり強かった。
三ヶ月後 京都 本城家の道場ー
克也さんと手合わせをし始めて、三ヶ月が経った頃。
カンカンカンッ!!!
道場の中から木刀同士が打つかる音が響き、あたしは木刀を握り直し、隙を見て克也さんの脇腹を突く。
ビュンッ!!!
カンカンッ!!!
だが克也さんはあたしの攻撃を完璧に防ぎ、防いだ勢いのまま木刀を素早く振り翳しす。
ブンッ!!!
体勢を素早く整えてから両手で木刀を握り締め、振り翳された木刀の動きを止めるように前に出す。
カァァァンッ!!!
楽しい!!
こんな強い相手と手合わせ出来るなんて!!
「流石ですね、聖様。俺の動きについて来られるなんて」
「やっぱり、克也さんは強いな」
あたしと克也さんが会話をしながら手合わせしていると、本城家の人達が唖然としていた。
「お、おい。嘘だろ…」
「七歳の女の子が、当主様とやり合ってる…」
「流石は聖様と言った所か…」
克也さんと互角に遣り合っていたので、本城家の人は話しているのが聞こえていたが気にならなかった。
そんな事よりも、克也さんからまだ一度も一本を取れていないから、取りたくて仕方がなかった。
どうにかして、克也さんから一本取りたい!!!
「聖様、脇腹が空いてますよ」
そう言って克也さんは脇腹に向かって、木刀の先端を向けながら突き刺してくる。
手合わせしていて大体、克也さんの動きや癖が見えて来ていた。
大振りに振り上げて来た後、あたしが攻撃を防いだ時に出来る隙を、克也さんなら突いて来るのは分かっていたし、三ヶ月も手合わせしていたら読めてくる。
カァァァンッ!!!
「っ!!?」
脇腹に突かれる寸前で左手に持ち変え、分かっていたかのような止め方をわざとしててやると案の定、克也さんは目を見開いて驚いていた。
カァァァンッ!!!
左手首を捻りながらクルッと回転をかけながら木刀を跳ね除けてやると、克也さんの手から木刀が離れる。
そのままの勢いで克也さんの首元に木刀の先を突き刺し、喉に当たる寸前で動きを止めながら口を開く。
「ふっ。油断しましたね?克也さん」
「一本、取られてましたね」
「「「お、おおおおおお…!!!」」」
パチパチパチパチ!!!
いつの間にかあたしと克也さんを取り囲むように、本城家の人達が集まり拍手をしてくれていた。
「あ、ありがとうございます」
「聖様と当主様の手合わせ、とても勉強になりました!!!」
「御当主様、次は私にも稽古をつけて下さい!!!」
「聖様がよろしければ、私達とも手合わせをして下さい!!!」
本城家の人達はあたしの事を受け入れてくれて、普通に話かけてくれる事が有り難かった。
あたしは稽古に明け暮れ、蓮は地方での妖怪退治の依頼を受ける事が多くなり、時は十年流れ、あたしは十七歳になった。
「聖様、動きが良くなりましたね。そのまま銃を」
克也さんが妖銃使い方を教える為にあたしの後ろに手を回し、銃を支える手を固定させる。
離れた的に向けて銃口を向け、引き金を引く。
パシュッ!!!
放たれた銃弾は見事に真ん中を貫き、的に描かれた人形の絵の心臓部分に小さなが穴が空いている。
「おおお、当たった。銃ってこんな感じなんですね、刀より楽かもしれないです」
「さすが、感覚を掴むのが早いですね。今は刀よりも銃を使う人の方が多いですね」
「いやいや、克也さんの教え方が上手いんですよ。確かに…」
あたしと克也さんが話していると本城家の使用人が稽古場を訪れ、あたし達に声をかけてきた。
「親方様、聖様。蓮様がお戻りになりました」
「蓮が!!?」
実は蓮は半年ほど前から、総司さんがいる東京での任務で京都を離れていた。
「只今戻りました、お嬢」
「おかえり、蓮!!!」
半年ぶりに見た蓮は大人っぽくなっていて、黒いスーツがとても似合っている。
「お嬢、何も変わりは無かったですか?」
フッと優しい笑みを向け、あたしの髪を優しく撫でた。
「うん、こっちは何も問題ないよ」
「ゴホンッ、それよりも情報は?」
軽く咳払いをしながら克也さんが蓮に尋ねた。
「八岐大蛇の居場所を掴んだ」
「「!!?」」
八岐大蛇の居場所が分かった?
そんなに早く?
「場所を変えるぞ」
克也さんの部屋にあたし達は移動し、掴んだ八岐大蛇の情報を聞く事にした。
「それで…、蓮。八岐大蛇は、何処に居るの?」
「東京です。兄貴の情報だから確実だと思います」
「東京か…、盲点だったな」
あたしと蓮の会話を聞いてた克也さんは、顎髭を触りながら呟く。
確かに、総司さんが掴んだ情報なら間違いないか。
「そこで、お嬢を学院に入学させようと思う」
「あの学院にか?」
学院って、なんだろ…。
蓮と克也さんのb会話を黙って聞いていると、蓮があたしの方に体を傾けた。
「東京陰陽師学院です。京都にもあるんですが、陰陽師の末裔の子供達が通う学院で、級を貰う為に通う所です」
「級?」
「俺と蓮は壱級陰陽師の級を持っています。八岐大蛇はいわゆる、壱級クラスの妖怪なんです。級の持っていない陰陽師は、退治出来ないんで」
克也さんが分かりやすく説明してくれ、級を取らないと岐大蛇を滅せないって事らしい。
「分かった。あたし、学院に入学する」
「僕も学院の教師として、お嬢と一緒に学院に入ります。これから東京に向かって、学院の理事長と話を付けましょう」
「理事長?きょ、教師?蓮、教育免許ってやつ?を持ってたの?」
蓮に言葉を投げ掛けると、蓮より先に克也さんが口を開いた。
「理事長は俺の知り合いですから、安心して下さい。後で連絡しておきますので」
克也さんの知り合いなんだ、なら、少しは安心出来るかな。
「ありがとうございます、克也さん」
蓮は教員免許を見せながら、あたしの問いに答えた。
「教員免許は、大人の事情で早く取れました」
「お、大人の事情…」
きっと、本城家の権限を使ったんだろうな…。
「お嬢、いよいよですね」
そう言って、蓮があたしの手を優しく握った。
八岐大蛇への第一歩が歩める。
その日の夜に荷造りをし、明日に備えて眠りに付き、翌朝には京都を出る事になった。
黒い可愛いデザインのワンピースを着て、荷物を持ち襖を開ると、スーツを着た蓮が待っていた。
「おはようございます、寝れましたか?」
「おはよう、寝れたよ」
そう言うと蓮はあたしの荷物を持ち、空いている手を差し出してくる。
「良かった。さ、行きますか」
「うん」
あたしは蓮の手を取ってから長い廊下を歩き、本城家の門の前に行くと、黒い車が止まっていて、周りに克也さんや使用人達が立っていた。
お母さんの姿は当然なく、十年前の葬式の後からあたしに会うのを拒絶した。
本人が嫌がっているのだから、無理強いするのは良くない。
「克也さん、申し訳ないんですけど…。お母さんの事、お願いして良いですか?」
「お任せ下さい、聖様」
克也さんはあたしに軽く頭を下げてから、隣にいる蓮に声をかける。
「何かあったら連絡しろ」
「分かってるよ。親父達も他に情報が入ったら教えてくれ」
「分かった」
運転手が車の後部席のドアを開け、あたし達を車内に誘導してくれる。
「聖様、蓮様。どうぞ、お乗り下さい」
「お嬢、行きますか」
「うん」
あたし達は手を取り合いながら、ゆっくりと車に乗り込んだ。
御子柴聖 十七歳
本城蓮 二十四歳
あたし達を乗せた車が、八岐大蛇がいる東京へと走り出した。
***
「早く終わらせてこの悲劇をー 」
女の子の涙が零れ落ちた。
100年越しの物語が幕を開こうとした。
第壱幕 完