答え合わせなので、あんまし展開がないです。
自分の頭の中を整理させてもらいました。おかしいだろ、と思っても許してください。
もっきー視点。
ぎゅうぎゅうと俺にしがみついて嗚咽を漏らす涼ちゃんを、俺も力いっぱいに抱き締める。
抱き心地の良かったしなやかな身体はこの二週間で変に痩せてしまい、もっちりとしたやわらかな感触がなくなっていた。
ここ数日間は若井の監視のもとで夕飯はちゃんと食べていたけど、涼ちゃんが帰ってくる前に覗いた冷蔵庫の中身はほぼ空っぽで、夕飯以外はろくに食べていないことは明白だった。
髪だってそうだ。身体を震わせながらしゃくりあげる涼ちゃんの頭を撫でれば、ツヤツヤだった髪には傷みが見える。せっかく頑張って、どれだけカラーリングをしても輝くような美髪の女神を維持していたのに、と、一度は鎮めた女への怒りが沸々とわいてくる。
だけど、あんなゴミ以下のことを考えるのは脳のリソースの無駄だ。
今はただ、腕の中にいる存在に集中したい。
――あぁ、涼ちゃんだ。俺が恋をして愛を傾け、俺の全てを有する、唯一で絶対の存在。
やっと取り戻した。やっと腕に抱けた。やっと体温を確かめることができた。
離れていた期間はたったの二週間かもしれない。でも、果てしなく苦痛の日々だった。
しばらくそのまま二週間ぶりの涼ちゃんを堪能するように抱き締めて頭を撫で続けると、少し落ち着いたのか、涼ちゃんは鼻をすすって身体を離し、俺の両肩を弱々しく押した。
「……だめ、だよ」
そして、涙で頬を濡らしたまま、消えてしまいそうに儚く笑った。
涼ちゃんは、なにが? と俺が言う前に、
「俺といたら、Mrs.がなくなっちゃう」
掠れた声で呟くように続けて、ぎゅっと唇を噛み締めた。
「あの子のお父さん、制作会社やメディア関係と繋がりがあるらしくて、他のスポンサーにも圧力を掛けれるって」
……知ってる。
「あの子が、元貴を気に入ったから、って、俺らのこと調べて、付き合ってるのも知ってた」
うん。それも知ってる、全部聴いたから……って、え?
「俺じゃ、元貴を守るだけの力がない、から」
「ちょ、ちょっと待って知ってるんじゃないの!?」
苦しそうに言葉を吐き出す涼ちゃんを慌てて制止する。
あどけなくきょとんとする表情に、え、と俺も驚いて、思考が停止した俺も含めて二人で固まる。
「涼ちゃんが言ったんじゃん!」
「なにを?」
「プリン!」
「は?」
何を言ってるの? と言いたげな反応に、訳がわからなくなる。俺の頭の中で描いたストーリーが破綻する。
え、どういうこと?
「プリン食べといてね、って、言ったよね?」
「プリン……? ああ、あれは社長がくれたんだよ」
「は……?」
「元貴と別れ話するって言ったら二人で食べなさいって」
息苦しくない沈黙が下りる。
たっぷり一分ほど考え込み、はぁぁぁぁと大きくて深い溜息を吐き出し、さっきの涼ちゃんみたいに床にへたり込んで頭を抱えた。
「も、元貴?」
「……そういうことかよ……、あのタヌキ親父め……」
急に座り込んだ俺を心配して膝をついた涼ちゃんの腕を掴んで立ち上がる。立ったり座ったりと忙しい俺をぽかんと見上げる涼ちゃんを引っ張って立たせ、リビングのソファに座らせて涼ちゃんの膝に向かい合う形で腰を下ろす。
展開について来られずぱちぱちと瞬く涼ちゃんに、静かにしててね、と告げてから自分のスマホを操作する。
スピーカーに切り替えて相手が電話に出るのを待つと、三コールくらいで『もしもし?』という声が聞こえた。
「お疲れ様です、どうなりました?」
『どうもこうもないよ。ニュース観てないの?』
「それどころじゃなかったんで」
応対する声の主が社長だと気づいた涼ちゃんが声を上げる前に、静かに、と音に出さずに伝えて片手で口を塞ぐ。もご、と俺のてのひらに涼ちゃんのやわらかい唇が触れる。
うわ、キスしたい……と思うも死ぬ気で我慢して、で? と促す。
『おかげさまで全てうまくいったよ』
うまくいったことに対する安堵より、予定通りにことが進んだことを喜ぶ愉悦が色濃く滲む声音で、社長は穏やかに言った。
プリンの箱に一緒に入っていた小さなUSBメモリの中身は、大まかに分けて三つのデータだった。
ひとつ目は涼ちゃんがあの女の父親に脅迫めいた強要をされている音声ファイル。
多様性が言われて久しくなったとはいえ俺と涼ちゃんの関係を否定する輩は恐らく一定数は存在している。それは仕方のないことだと思うけれど、あろうことかあのバカ親は、メディアにも圧力をかけられること、事実を捻じ曲げて伝えることなど容易いことをほのめかして涼ちゃんに俺と別れるように求めた。
元々距離が近いだけで付き合っていない、と否定することもできただろうけれど、確信めいたおっさんの口調から考えて、写真が何か物証があるのだろう。そうじゃなかったらあそこまで強気には出られない。
ふたつ目は未成年のバカ娘が飲酒喫煙、果ては違法薬物に興じている写真データ。
それだけでも充分に告発するネタにはなっただろうが、あのバカ親がねじ伏せることができるレベルのものだ。
そして三つ目はバカ親が違法行為をしているのではないか、という疑惑を報じる週刊誌の記事の書類データ。
ただ、その違法行為は全て憶測にすぎず、記事として世に出すための証拠が弱く、揉み消されて終わってしまいそうだ、とボツになったと思わせるものだった。
そこで俺は、あらゆる伝手を使って各所に接触を図り、女の友人をはじめクソ親とスポンサー契約を結んでいる会社の役員、女と一緒に仕事をしたことのあるカメラマンやディレクター、果ては顔を合わせたことがある程度のタレントたちに話を聞いた。
話すのを渋る人、怒りを込めて暴言を吐く人、悲しみに涙しながら語る人、面白がって喋り倒す人……ありとあらゆる人たちから情報を収集していった。
その結果、叩けば埃が出るとは言うものの、埃まみれというかゴミ屋敷レベルで様々な事案が浮上した。そのどれもが胸糞悪くなる話ばかりで、何度かPCの画面を叩き割りたくなる衝動に駆られながらもどうにかまとめて、あの日、待っていたと言わんばかりに微笑む社長にお願いをしたのだ。必要な情報を共有し、俺が持ち得ていない不足する情報を補完するために。
社長からの要望は、女とやり取りをして、物証となり得るファイルの保管場所やパスワードのヒントを集めてほしい、っていうものだった。確かにそれは俺が適任だった。
一週間掛けて奴らに知られないように外堀を埋めていき、おっさんの会社に忍ばせた内通者や潜入している警察関係者と連絡を取り合い、今日、おっさんの悪事の全てを明るみに出すことに成功した。ついでに女に釘を刺せたし、警察に引き渡せた。
『大森が聞き出してくれたファイルのパスワードを解析するのに時間が掛かったが、父親の方も現行犯とあっては言い逃れもできなかっただろう』
長年に渡っておっさんは、スポンサー契約を結んだ事務所のタレントたちに手を出していた。他にも、社員に対するハラスメントの数々。人間の腐ったところを煮詰めてバーゲンセールをしている状態だった。
タレントたちを暴行し、行為を写真や動画で残して逃げられないようにして、金に物を言わせて契約事務所に斡旋させることもあったようだ。
うちの事務所はMrs.のマネジメントしかしていないから、所属タレントがそういった被害に遭うことは避けられたのは僥倖だった。女性スタッフが何度か粉をかけらていたらしいが、そこはタヌキ親父であるうちの社長がうまいことかわしていたようだ。
いくら娘の頼みと言えど、うちがおいそれと手を出せるような弱小事務所でもなかったのもあり、向こうは向こうで持てるコネクションをフルで活用する必要があったのだろう。暫くはタレントに手を出す暇もなかったらしい。
そこで娘と俺が食事に行き、うちの事務所も掌握したとおっさんに思わせて、事情を承諾済みの女性タレントをおっさんにあてがった。もちろん、事件になる前に警察が逮捕状を持って踏み込んだ。
全ては社長の計画通りに。
「……俺がUSBに気づかなかったらどうするつもりだったんですか?」
『その可能性も考えたが……、いや、ないと踏んでいたかな。お前は絶対にUSBを見つけるし、必ずパスワードも聞き出すと思っていた』
「……なぜ?」
実際、社長の手のひらの上で踊らされることになったわけだけど、あのとき涼ちゃんからの言葉がなかったら箱ごと捨てていたと思う。
小さく笑った社長が言う。
『藤澤のために』
ぴく、と涼ちゃんの肩が揺れた。
そこにいるんだろう? と社長が問う。涼ちゃんが俺を不安そうに見上げた。手を離して小さく頷くと、おずおずと涼ちゃんが、社長、と呼び掛けた。
『すまなかったね。計画のためとはいえ、つらい思いをさせた』
「どういう、こと……?」
俺と話すときよりも声を穏やかにした社長は、小さく息を吐いてから語った。
『……前々から黒い噂に絶えない会社でね。告発しようにも、被害者の証言はあれど物証がなかった。多少のスキャンダルで揺らぐような人物じゃなかったから、どうしても物証が欲しかった。鍵を握るのが娘だというところまでは突き止めたけれど、意外と口が固い。その間にも被害者は増える一方で……ってときに、娘が大森を気に入ったという話が舞い込んできたんだ』
楽曲提供の話は後付けで、娘のおねだりにあのバカ親が権力を行使した。
涼ちゃんが一生懸命理解しようと眉を寄せる。
そんな涼ちゃんの頭を撫でながら、憮然として口を挟んだ。
「あらかじめ話をしてくれたら、協力しましたよ」
いくら交友関係が狭かろうが、非人道的なことを繰り返す輩に義憤くらいは覚える。
涼ちゃんを利用しなくたって協力はしただろう。
『そうだろうな。でも、そうすると藤澤に危害が及ぶ可能性があった。わかるね?』
「……でもッ、先に説明くらい!」
『それだとお前は本気を出さない。藤澤に危険がないならなおさら』
カッと目の前が赤く染まる。これは正しく怒りの感情だった。
確かにあの親子なら、確実に俺をものにするために涼ちゃんに何かしでかしたかもしれない。
俺だって、いくら義憤に駆られていても、涼ちゃんが安全でMrs.に害がないなら、ここまでの短期間で解決できるよう働いたかと訊かれたら、答えはノーだ。
凄惨な被害に胸は痛みこそすれ、女と連絡を取り合うことは避けただろうし、楽曲提供も理由をつけて断っただろう。
僅かな隙も見せたくなかった社長の気持ちも分かる。俺の性格をよく理解した上で、最小限の傷でことを運べる方法を採択した、ということもわかる。
『藤澤を取り戻すためなら、お前はなんだってする。現にそうなった』
淡々とした語り口に怒鳴り返そうと息を吸うが、それより早く社長が、すまなかった、と謝った。謝って済む問題じゃないと返したかったけれど、じゃぁ、と涼ちゃんがポツリと声をこぼした。
「俺、元貴と一緒にいていいの……?」
涼ちゃんの頬に涙が伝う。
「元貴の……、そば、に……ッ、いて、いいの……? もときのこと、好きでいて……いい、の……?」
絞り出された言葉を認識した瞬間、
「いいに決まってんだろ! 涼ちゃんしか要らないって言ってんじゃん!」
と腹の底から叫んで、涼ちゃんを抱き締めた。スマホを投げなかっただけ偉いと思う。
通話も切れていなかったようで、社長が相変わらず穏やかな声で言った。
『藤澤、あのときの写真は合成だし、たとえ何かを言われたとしても潰せるくらいの力はある。だからなんの心配も要らない。二人の関係を応援するし祝福もしている。お詫びはまた改めてするから』
ふるふると首を振る涼ちゃんを抱き締めながら、ぎり、と奥歯を噛み締める。
一緒にいられるなら、一緒にいることが許されるなら、他のことなんて、もうどうでもいいと、涼ちゃんが俺を見つめて途切れ途切れにそう伝えた。
――もういい。怒るのは止めだ。こんなことに時間を割くくらいなら、腕の中の涼ちゃんを甘やかして蕩かしたい。素肌を重ねて愛を囁いて、ただ存在を確かめ合いたい。
でも、釘はさしておかなければ。
「次はありません」
『……二度としないよ。明日は休みにしてある、存分に二人で過ごしなさい』
「それはどうも」
その言葉を最後に通話を切る。
スマホをソファの空いているところに投げるように置いて、涼ちゃんをしっかりと抱き直した。
もう、絶対に逃がさない。
次ももっくん視点かな。
甘やかしにしたいなぁ。
コメント
12件
またもプリンが鍵にっ!!! 💛が❤️しかいらない!の描写が好きです 更新ありがとうございます 大事に読んでいます
更新ありがとうございます💕 色々片付いて、無事一件落着ですね❤️💛 振り回された2人(特にrちゃん)が可哀想だったので、しっかりたっぷり甘やかしてあげて下さい😆😆😆
♥️くんが、話の合間に💛ちゃんを甘やかそうとしてる姿にキュンでした🥹🫶 次回の甘々も楽しみにしてます💕