甘やかしパート導入部分。
もっくん視点。
やっと安心できたのだろう、べしょべしょと思いっきり泣く涼ちゃんを抱き締めて、宥めるようにぽんぽんと頭を撫でていると、ヴヴッと俺のものではないスマホが震えた。
机の上に置いてある涼ちゃんのスマホだ。新着メッセージありのバナーが表示がされているが、泣くのに忙しい涼ちゃんは気付いていないし、涼ちゃんを愛でることに全力を注ぐ俺にはどうでもいいことだった。
だからそのまま放置していたら、今度は着信を知らせた。流石の涼ちゃんも気付いたらしく、でんわ、と辿々しく呟く。気にしなくていいよ、と言いたいところだけど、表示された名前が若井だったから、仕方なしに膝から降りてスマホを手に取り、勝手に受話ボタンをタップして耳に当てる。
「もしもーし」
『え? ……あ、元貴?』
「うん、どうかした?」
『や、ご飯何食べたかLINEしてって言ったけど返事なかったから。……元貴がいるってことは、全部片付いたんだ?』
俺に負けず劣らずな過保護さを見せる若井に小さく笑い、察しのいい彼の安心したように続けられた言葉には肯定を返す。
「うん、おかげさまで。……いろいろ助かった」
迷惑をかけてごめん、だとか、冷たくしてごめん、だとか、振り回してごめん、だとか、謝らなきゃいけないことはたくさんある。でも、謝罪よりも感謝の想いの方が強かった。
いつだって涼ちゃんを想って、俺のことも心配してくれた親友。
俺たちのしあわせを心から願い、守ろうと立ち向かってくれる戦友。
多くを語っていないのに、ただ黙って俺のことを信じてくれた真友。
『俺がしたくてやっただけだから。涼ちゃんは?』
どれだけ感謝をしてもし尽くせないのに、若井はさらりと受け流す。くそ、きっと男前な顔して笑ってんだろうな。変な寝言うくせに、割とすぐ泣くくせに、こういうときは人一倍格好いい。昔から一途に、少しも揺るぐことなく寄せてくれる信頼は、嬉しくてどこか面映い。
でも、口にはしない。
伝わっていると分かっているし、言ったところで気にするなって言うだけだろうから。
だから俺は、これからも行動で感謝と愛情を示していくだけだ。
「いるよ。今からご飯食べさせる」
『そっか。元貴がいるなら安心だわ』
随分と心配をかけたのだろう、心底安心したように言った。一心に涼ちゃんに心を傾けてくれる姿には、嬉しさと同時に嫉妬も呼び寄せる。
涼ちゃんもこっちを気にしている。自分宛ての電話だということもあるし、俺の口調から若井だと察しているのもあるだろう。
だけど、二人が話し始めると長くなりそうだから代わるつもりはなかった。ただでさえ俺が社長の駒として奔走している間二人は毎晩デートしていたのだ、これくらいのわがままは許されるよね?
「明日は休みだから、若井もゆっくり休んで」
『はは、そうする』
一日オフ、なんてそうあるもんじゃない。もしかしたら今年もプライベートの時間なんて作れないかもしれない。
この二週間、散々に振り回したから存分に遊んでほしいし休んでほしい。明後日からはまた、今まで通り三人で、楽しくも忙しい日々を送るのだから。
「……若井」
『なに?』
「ありがと」
むずむずとこそばゆさを感じながら、小さな声でお礼を述べる。
感謝していることは本当で、やっぱりそれだけは伝えておくべきだと思ったから。
『……素直な元貴、ちょっときもい』
「おまえな……!」
『うそうそ! よかったな』
それなのに、せっかく照れ臭さを押し込んで素直に言ったのに、けらけらと揶揄うように声をあげて笑われる。ムスッとして、じゃぁね、と切ろうとすると、元貴、と先ほどまでとは打って変わった低い声で呼び止められ、
『次こんなことがあったら、そんときは俺が涼ちゃんもらうからね』
「なっ」
真剣味を帯びた口調で静かに宣言されて、切ることもできずに絶句する。
若井は冗談でこんなことを言うやつじゃない。だからこれは本気だ。
若井の涼ちゃんに対する感情は恋愛ではないかもしれないが、涼ちゃんに向ける確かな友愛は今後似たようなことが起きた場合、涼ちゃんを守るために機能するだろう。
たとえ敵が俺だったとしても、恐れず立ち向かい、癒して、寄り添って、ボロボロの涼ちゃんをやさしく包み込むだろう。
涼ちゃんも若井のことを信用しているし、恋愛感情とまでいかなくても好意は抱いているから、きっと若井の想いを受け止めるだろう。
――――俺の代わりに涼ちゃんを愛して、俺の代わりとして若井を拠り所にするって?
「……させるわけないだろ」
そんなこと、許せるわけがない。
俺が見つけたのだ、藤澤涼架という存在は。あの日、すれ違ったあの瞬間、恋に落ちたのだ。手に入れるために必死になって、手に入れた後も必死だった。
傍に居たくて傍に居てほしくて、俺の横に繋ぎ止めるためにどれだけ策を弄したと思ってんの?
どれだけ俺が涼ちゃんを愛しているのか、お前は知ってるだろ?
神様なんてろくに信じちゃいないけれど、涼ちゃんと引き合わせてくれたことと、俺と涼ちゃんに音楽を与えてくれたことには感謝している。同じ時代に生まれて、同じ道を歩めていることは奇跡に等しいから、こればっかりは天の采配に感謝だ。
だけど、これから先、何があっても涼ちゃんを逃すつもりはないし、逃げたとしても絶対に捕まえてみせる。俺の力で、俺の腕の中に閉じ込めてみせる。
鬼ごっこは得意なんだよね、俺も今回知ったんだけど。
「もう、何があっても離さないから」
奪えるもんなら奪ってみろ、そう挑むような気持ちを言外に滲ませると、若井はやわらかく笑った。
『……そうして。やっぱ二人にはしあわせになってほしいからさ』
どこまで男前なんだよおまえは。小さなことで嫉妬する自分が小さな男に思えちゃうじゃん。
だからせめて、涼ちゃんのことよろしく、と言って電話を切った若井の声が、最後少し掠れていたのは気づかないふりをしよう。
もうスマホも必要ないか、と置こうとして、肝心なことを忘れていることに気づく。
「涼ちゃーん」
「なに?」
「ん、おっけー」
パッと画面を見せて顔認証をクリアする。今度俺の顔を登録しとこうかな。
ロックを解除した涼ちゃんのスマホを操作してLINEのトーク画面を開く。未読のままの若井のメッセージは無視して、あのクソ女とのトーク画面を開いた。
俺の手際の良さに呆気に取られていた涼ちゃんが、事態を把握して慌てて立ち上がった。
「ちょ、何してんの!?」
スマホを取り戻そうとする涼ちゃんをかわしながら上から下までざっと目を通していく。
ぱっと見は、うざったらしい質問事項にひとつひとつていねいに答えているお人好しな涼ちゃん、なんだけど。
「……よく覚えてんね」
何年前の話だよって言いたくなるような俺の言葉や、ロケ先でできた隙間時間に二人で出かけた場所、俺自身言われないと思い出せないような好きだって言ったもの、衣装合わせのときにさらっと褒めた仕種やメイク……これは、アドバイスに見せかけた惚気だ。若井相手にこれを見せたらゆるーい笑顔を浮かべそうな言葉の数々は、涼ちゃんが大切にしてくれた俺との思い出の記録だ。
「……元貴だって、覚えてるじゃない」
ムスッとしながら返してよと差し出された手をそっと握り締める。相変わらず冷たくて、でもそれがりょうちゃんで、俺の熱がじわりと移っていくのが心地よかった。
俺を想って紡がれた言葉たちを削除してしまうのは惜しいような気もしたけれど、こんなゴミを涼ちゃんのスマホに残しておく方がいやでブロックして削除する。
スマホを返すことなく机に置いて、涼ちゃんを抱き寄せた。素直に俺に抱き締められた涼ちゃんの耳元で囁く。
「そりゃぁね。愛する涼ちゃんのことですから?」
吐息混じりの声にくすぐったそうに身体を揺らした涼ちゃんが、俺も、と呟く。
「元貴との思い出だもん。ぜんぶ、おぼえてるよ」
たまらない言葉に劣情が込み上げる。
今までにも仕事で我慢を強いられることはあったにせよ、常にそばにいて触れたり抱き締めたりすることである程度満たされていた。今回みたいに無理やりに引き離されたのは初めてのことで、精神的ダメージもあいまって心が涼ちゃんを求めていた。
このままベッドに連れて行こう、と決意した瞬間、涼ちゃんのお腹が小さく鳴いた。
「安心したらお腹空いてきちゃった」
「……ソウダネ」
「元貴は何か食べた?」
なんというか、ずるずると引き摺らないのは涼ちゃんの美徳だと思うんだけど、幾分あっさりしすぎではないでしょうか。
ただ、今回の場合は涼ちゃんなりに頭の中を整理した、というより、俺と一緒に居られることが分かったから他はどうでもいい、っていうのに近いと思う。くっそ可愛いなぁ……。
まぁいい。甘やかすと決めたのだから甘やかしまくってやる。ご飯を食べたいと言うのなら食べさせますとも。
少し身体を離して、抱き合い、見つめ合ったまま会話を続ける。
「いろいろ買ってきたけど、取り敢えず涼ちゃんは自分で買ってきたもの食べな。最近はほとんど食べてないでしょ」
「そんなことないよ、昨日は若井と」
「うどんでしょ? 一昨日は中国粥で、その前は和食屋さんで鯛茶漬け」
若井はうどんに天ぷら、粥じゃなくてチャーハンや餃子とがっつり食べていたが、涼ちゃんはあっさりしたものしか食べていない。
涼ちゃんが気にしなくて済むようにあっさりしたものもがっつりしたものも食べられるお店を、若井が一生懸命探してくれたのだろう。涼ちゃんには何も言わずに。そういうところがまたさぁ……マジで気をつけよ。
「なんで知ってんの? エスパー?」
「そんなわけないでしょ、若井から聞いたの。涼ちゃんは俺に任せてお前はお前で頑張れって。詳しくは教えてないけど、俺がいろいろ動いてんのは気付いてたみたいでさ」
それとなくほのめかしはしたけどね。
そのついでに釘もさしたからか、若井からは毎晩涼ちゃんと食事をした報告を受けていた。写真、時には動画付きで。涼ちゃん家に泊まっていい? は許可できなかった。乗り込みそうになるから。なんなら食事場所にも乗り込みそうだったからね、今だからいうけど。
解決するのが先だって乗り込むのを諦めて、俺は涼ちゃんの画像を眺めながら苛立ち半分安心半分で、やるべきことをやっていたわけですよ。
妬けるよね、とは言わなかったけど、自分でも知らないうちにしかめ面をしていたらしく、涼ちゃんがへにょりと眉を下げた。
「……怒ってる?」
「怒ってない、って言ったら嘘になるけど、俺のためって分かってるから、怒らない」
「……ごめんね?」
「もー、謝るの禁止ね! ……涼ちゃん演技巧くて危うく騙されるとこだったわ」
ふっ、と笑うと、涼ちゃんも笑った。あのときは本気だったし必死だったんだよね。分かるよ、分かってるよ、ぜんぶ。
俺たち二人、負わなくてもいい傷を負ったよね。しなくてもいい遠回りをしたよね。離さなくてもいい手を離して、一時は本気で終わったんだ、って思ったよね。
「元貴のためなら、なんだってできるって思ったんだよ」
寂しそうに、つらそうに、涼ちゃんが言う。だから俺は、やさしく笑って言う。
「俺のため、って言うなら、俺を諦めないでよ」
泣きそうに笑って、涼ちゃんは小さく、けれどしっかりと頷いた。
「さて!」
「わっ」
ぐいっともう一度涼ちゃんを強く抱き締めて、にっこりと微笑みかける。
「今からは大森元貴フルコースです。ご飯食べたらお風呂ね」
「……一緒に入るの?」
「当たり前でしょ」
正直、我慢できる自信は全くない。全くないけど、体力が落ちているであろう涼ちゃんに無理はさせられない。頑張れ、俺。
いやなわけないよね? と、首を傾げる。涼ちゃんは一瞬戸惑うような表情をしてから、目を細めて艶然と笑った。
そして、あんまりにもきれいな笑顔に見惚れる俺の耳元に唇を寄せて囁いた。
「……がまんできないかも」
すまない卵雑炊。もう少しそこで待っててくれ。
続。
次はもっくんフルコースだよ。(本当は次が最後だったけどひとつ延びました笑)
コメント
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男前すぎるよ若井さん...かっこよすぎました!安心したらお腹空きますよね笑 藤澤さんと大森さんが幸せで良かったです。若井さんは、なんと言えばいいのでしょう。大森さんフルコース楽しみです😆
💙氏かっこいい✨💙氏にもなにか幸せをと願ってしまった🥹 ❤️さんの独占欲!全部最高です✨ありがとうございます! 💛ちゃん、くっそ可愛いなぁ💕 フルコース楽しみにしてます🥰
フルコース楽しみです(笑)若井氏も男前で本当にもう...惚れます!