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46
久しく覚えのなかった感覚だった。石にでもなったかのように体は重く、心臓は断続的に胸を鳴らす。息を吸うたびに肺が痛む、そんな感覚だった。
父を失ったあの日以来、味わうことがなかった焦燥に、四季は手の震えが止まらなかった。
初めて暴走したあの日、四季は彼の足を吹き飛ばした。薄れていた意識の中で、その事実は四季の脳裏にこびりついて離れずにいる。
そして今、その絶望がより最悪な形で四季に降りかかっていた。
「ま、すみ…たいちょ」
瓦礫の下に埋もれていた真澄を見つけてすぐに、四季はすでに真澄が息絶えていることに気がついた。
どこもかしこも血だらけで、鉄パイプが腹のあたりに貫通している。顔は、いつものボーカーフェイスは見る影もなく、どこか穏やかだった。
以前、彼が死を前に四季に見せた顔に少し似ていた。
浅い息を吐きながら、必死に瓦礫をどかす。ようやくどかし終わり、腕の中に彼の体を引き寄せる。体温はなく、全身で彼を受け止めているはずなのに、四季はその体から、真澄を感じることができなかった。
「まだ、まだ、あんたに返せてねぇもんがいっぱいあんだよ…それ全部、俺に残したまま死んじまうのかよ…」
嗚咽混じりの恨み言を紡ぐ。そんなことを言いたいわけでもないのに。
「もっと、あんたに教わりたいことだって、あったんだよ。…具体的なことは、すぐには、思いつかねぇけどさ」
叶うこともなかった未来を話す。そんなことを言って真澄が生き返るわけでもないのに。
「それから、…それからさ…」
墓場まで持っていくと決めたその感情を、
「ずっと、ずっと、好きだったんだぜ、あんたのこと…言うつもりなんて、なかったのに。」
冷たい顔を撫でながら告白する。振られることも、受け入れられることもない、なんと惨めな独白だろうか。
一ノ瀬四季はいつだって、大切な人に1番言いたいことを言えないままだった。
死人の真澄より、四季の顔色の方がよっぽど悪い。
まるで、色あせた桜の花弁のようだった。
初春だと言うのに、肌寒く風の吹く、どんよりとした夜のことだった。
初めは、気味の悪い毒舌なチビという失礼な印象しか持っていなかった。小言が多く、一つものを言えば何本も棘を持って帰ってきた。けれど戦場における心持ちを彼の口から聞いて、ただ口が悪いだけではないと気づいた。
そして四季が暴走した時、一般人に被害が及ばないように、四季が誰も殺さなくていいように、自ら四季の注意を惹き時間を稼いだ。しかしその時、足を踏み外したことで能力で姿を消しなんとか避けていた真澄の体勢が崩れ、その折に四季の縦断により真澄の足は吹き飛んだ。
「俺の死を背負うんじゃねえぞ」
そう言って安らかに穏やかに微笑んだ。その表情が、あまりにも儚くて苦しかった。どうしてあったばかりの自分のためにあそこまでしてくれたのか。同期の生徒だとしても、隊長格のすることではないはずだ。
羅刹を卒業して練馬の戦闘部隊に入った後、四季の大好きな先輩で、真澄の優秀な部下である馨に、一度だけそのようにこぼしたことがあった。
すると馨は懐かしむようにフッと笑って、思い出を語り出した。
「僕も学生の時、ヘマして真澄隊長に助けてもらったこと、あったよ。」
「え、馨さんが⁉︎」
ヘマやミスとは無縁そうな馨にそんな話があるとは思いもしなかった。
「捕まった時に、隊長自ら学生の救助に来たんだよ。まあその後に小言は言われたけどね。」
そう話す馨の表情はいつも以上に穏やかな顔だった。
「口調はきついし、表情は変わらないままだし、小言ばっかりだけど、人のためならどんなに危険な場所にも足を運ぶ。そういう人なんだよ、あの人は。
自分の優しさをひけらかさずに、そうすることが当然で、不器用だけど誰よりも周りを見てやるべきことをやる人なんだよ。」
つらつらと紡がれる言葉は、それまで感じていた真澄の見つからなかったピースを埋めていくかのように綺麗にはまっていった。可哀想なくらい、不器用で優しい人、きっとそれだけなのだ。
「もし四季くんが、あの時のことで隊長に負い目を感じているなら、自分にできる精一杯をしながら生きてみるといいよ。それはきっと誰かの誰かのためになるし、四季くんは真澄隊長と同じで、誰かのために一生懸命になれる子だからね。
そうしていくうちに、真澄隊長が取らなくちゃいけない手を、君が掴めるようになる。そうすれば、隊長の背負うものも少し軽くなるだろうからさ。」
優しく頭を撫でられる。四季はこの優しい手のひらが大好きだった。愛しむような顔の馨に、その言葉に少しだけむず痒くなった。
「あんがと、馨さん。やっぱ馨さんってすげーのな!さすが真澄隊長の右腕だわ!俺もあの時の仮、全部返せるぐらい強くなって、馨さんみたくあの人の手助けできるようになるわ!」
そう言って眩しく笑う四季に、嬉しそうに目を細めて
「うん、頑張ってね。」
と、馨はまた、柔らかな紺の髪を撫でた。
地下だというのに、淡い夕暮れが差し込むような初夏のことだった。
「うーん、わっかんねぇ〜…」
先日起きた桃との戦闘の報告書を前に、四季は頭を抱えていた。
戦闘部隊に所属してしばらくたち、難航していた書類業務も少しずつ慣れてきてはいたものの、いかんせん量が多かった。戦闘に参加していた隊員は他にもいたが主戦場となった場所にいたのは四季だけだった。故に、多くの報告を四季一人がこなさなければならなかった。
終わる気配のない書類と睨めっこしていると、聞き慣れた声が後ろから聞こえてきた。
「まだやってんのかよ、テメェ。」
「真澄隊長!」
気配もなく現れた真澄に背筋が伸びる。まだ終わっていないことを怒られるのかと思い身を構えた。
「お前の小さい要領で、んな量終わるわけねぇだろ。半分よこせ。」
「え?」
出てきた言葉は想像していたものとは真反対だった。
「真澄隊長だって忙しいだろ?それに現場にいたの俺だけだし…」
「この報告書がねぇ限り後始末が終わる目処が立たねぇんだよ、休もうにも休めねぇ。それに実際に見てなくても、戦闘後の状況見りゃ大体察しがつく。正直その報告書がなくてもいいが形として残しとかなきゃなんねぇ。情報のすり合わせもしなきゃなんねぇしな。わかったらとっととやんぞ。」
「そういうことなら…お願いします。」
「あいよぉ。」
そう言って向かいに座る真澄に、わざわざ自分から手伝うことなんてないのにという思いと、本当に不器用だという考えが湧いてきた。
言い訳のようにつらつらと並べられた言葉に思わず笑ってしまいそうになる。親切をするのにここまで理由がないとダメなのかと。
ココアを奢る時も「間違えて買ったから前が飲め」
うたた寝した部下に、自分の上着やブランケットをかける時も「風邪を引かれる方が面倒だ」
怪我をした部下を見舞いに来る時も「包帯をとりにきたついでだ」
何をするにも、素直になれずに優しい言い訳をする。
「おい一ノ瀬、ボケっとしてねぇでテメェもやれ。さっきからニヤついててキメェんだよ。」
「え!俺そんなにニヤついてた?」
「口角が天井に刺さりそうなくらいにな。」
「まじか…すんません、まじめにやります。」
「けっ、どうだかな。」
そんなあなただから好きになった。
「好き」をすっかり自覚しきった、少し冷え込む晩秋のことだった。
「うぅ〜、超さみい〜…」
「ちまちま歩くな、とっとと歩け。」
凍えるような寒空の中、つもりもしない雪が肌に降ってはすぐに溶け、吹き込む風がそれを冷やした。
早朝の見回り、練馬の街にはいつもよりも人がいなかった。
手袋を通り抜けて、寒気がひんやりと指先を冷やす。手をこすりながら白い息を吐き、縮こまって歩いていた。
隣を歩くこの男はそれを屁でもないかのように歩いている。が、寒いものは寒いらしく、耳は赤く、時折鼻を啜っていた。
遅い、と言っておきながら歩幅は四季に合わせていて、そこがまた四季の恋心を優しく燻らせた。
「相変わらずニヤつきやがって、人がいないからって油断するな。仕事中だ。」
「わかってるって!」
「はっ、どうだか。」
軽いやり取りを交わしながら朝日を背に歩く。本当は別の偵察部隊の隊員と四季が行くはずだったが、急遽その隊員が別地区の応援要請を受け不在となり、珍しく手が空いていた真澄が行くことになった。
「俺以外あきがいねえから仕方ねぇ。」と言っていたが、別に他にも予定のない隊員はいた。
まるで、自分と一緒にいたいんじゃないかと期待させるようなことを、真澄はなんでもないような顔をしてしてくる。
四季はそれが気恥ずかしくて、嬉しかった。
一応仕事なので、周りを見まわしながら歩いていると、ぐー、と四季の腹時計がなった。
「はっ、普段のスケジュール管理は杜撰なのに、腹時計だけはしっかりなんだな。」
「う、うるせぇ!昨日夜食べたの早かったし、今日だって朝起きたの早かったのに飯食ってねえから仕方ねえの!」
「ったく、ここで待ってろ。」
そういうと真澄は来た道を引き返して行った。首を傾げつつも待っていろと言われたので大人しく戻ってくるのを待つことにした。十分もしないうちに戻ってきた真澄の手にはビニール袋がぶら下がっていた。
「おら、食え。」
そう言って真澄は、四季の口に肉まんを突っ込んだ。
「あっっっつ!ほっ、ほふっ、あつっ!ちょ、いきなりはやめろよな!」
「いいからとっとと食え、それ食ってもう少し見回ったら戻んぞ。」
「わかった…」
人の口にいきなり肉まんをぶち込んでくるとはなんて野郎だ。でも美味しいものは美味しいので大人しく頬張る。当人はホットコーヒーを飲みながら隣を歩いている。わざわざ行くことないのに、なんて言ったら、
「これが欲しかっただけだわ。自惚れんじゃねぇぞ。」とカップを揺らしながら憎まれ口を叩くのだろうか。
ありそうだなぁとつい笑ってしまう。本当にこの人はどこまでも不器用だと。
「隊長もいる?」
「いらねぇ。」
「んなこと言わずにさぁ、ほら。」
ちぎって差し出すと仕方ないと言わんばかりに息を吐いて、先ほどと違って程よく冷め、いい暖かさになった肉まんを口の中に入れ咀嚼した。
「やっぱ肉まんってうめぇよなぁ〜!冷えた体に染み渡るわ!」
「…まぁそうだな。」
「え、真澄隊長デレた?そんな素直に返事するとか、寒さでおかしくなったんじゃねぇの?」
「引っ叩くぞ。」
そう言って真澄は四季の足を蹴る。いてっ、という四季の顔はどこか楽しそうでそれを見る真澄の目も、いつも土違って柔らかく細められていた。
「隊長。」
「んだよ。」
「ありがと!」
「…」
無言でガシガシと頭を撫でられる。凍えるような寒さなのに、どこかじんわりと暖かい、そんな不思議な冬の朝のことだった。
「あ、またイベント出るんだ。」
通学中、四季がスマホと睨めっこしていると、おすすめ欄に告知が流れてきた。
テレビアニメ____放送開始記念 特別イベント
生アフレコ 出演:淀川真澄
特設リンクをタップし、画面をスクロールする。開催日や会場、催しやグッズ情報などの情報が流れていく。
にしても、まさか真澄隊長が今世で声優やってるとはなぁ。
四季は前世の記憶を持ったまま転生した。鬼と桃が和解し、戦争が終結。自分たちの生きていた時代がすっかり歴史になっていた。今世でも同じ名前で生まれたわけだが、学校の教科書に大々的に名前や写真が載るわけではなく、ただそういう戦いがあったという事実だけが残っていた。専門的分野としてはまだ残っているが、鬼も桃も人も共生する世界になり、戦争の話はなんとなく、大人の事情で操作されたのだろう。
今世も鬼として生まれたが、問題なく電車に乗り、当たり前に普通の学校に通っている。その事実で、前世での血の滲むような苦しい思いが報われるような気がしていた。
そして平和な世界に転生した四季だったが、いまだに前世の仲間のほとんどと会うことができていなかった。そんな中で、初めて見つけた前世で繋がりのあった人物が真澄だった。
市を跨いでの再会は、液晶画面越しのものだった。テレビに映っていた彼を見て、思わず飲んでいたソーダを拭いたのは四季が中学生の時のことだ。
さらに四季を驚かせたのは真澄が声優をやっていることだった。しかもかなり売れっ子だそうで。タレントと違い普段あまりテレビに顔を出すことがないため、声優として売れていても知る機会がなかったのだった。
そんな彼が出ていた番組は、前世の「淀川真澄」と同姓同名かつ容姿も同じというもので、やはり有名だとそういう目にも合うわなと妙に納得した。
真澄が声優をやっていると知って以降、四季は彼が出ている作品には全て目を通したし、漫画も買った。すっかり声優「淀川真澄」のファンになったのだ。
前世での思い人の声を、演技を観れるというのだ、当然ハマるに決まっている。
ちなみに、アニメの方にもハマっていた。
かなりの真澄推しである四季は、以前も真澄が出演するイベントの抽選に申し込んだことがあったが、残念ながら全て落選した。落選を知った日には「俺が!1番好きなのにぃぃ!!」と泣き叫んだ。
とりあえず抽選が始まったらまた申し込もう、あ、その前に漫画履修しとこ。
そう思いながら四季は最寄駅で降りて行った。
「よっす〜神門!なあなあ聞いてくれよ!真澄隊長またイベント出るんだってよ!」
「おはよう四季くん!僕もおすすめに流れてきたよ。」
教室に入ってすぐ、四季は前世からの親友、神門に話しかけた。高校の入学式で、数少ない前世からの友達と再会して、しかもお互い記憶を持っていることに二人は抱き合って泣いて喜んだ。
高校に入る頃にはすっかりアニメと真澄にハマっていた四季はすぐに神門に布教。見事にハマってくれた。
その上アニメにおいては神門の方が詳しいほどになった。
「僕もそのアニメ、原作読んで結構今どっぷりでさ、よかったら漫画貸そうか?」
「え!いいのか!ありがとな神門!なあ、神門もイベントの抽選申し込んでみねぇ?」
「言われなくても申し込むつもりだったよ。このアニメ本当に面白くてね…」
そうして始業時間まで二人で話し込むのだった。
午前の授業が終わり、二人で食堂で昼食をとりに向かった。
「そういえば、花魁坂さんと無陀野さんが表紙の雑誌を見たよ。」
「ふふん、もう買ったぜ!」
「あはは、さすがだね。」
真澄隊長が声優業をしていることを知った後すぐに、前世の恩師たちが二人して芸能界デビューしてきた。高身長とそのルックスを生かし、モデルとしてすぐに売れた。
チャラ先はともかく、ムダ先もモデルなのは意外だった。あの人、一流企業でバリバリ仕事してそうなのに。
それでもこの三人が芸能界にいるのは、もしかしたら前世の記憶があって、かつての仲間たちと再会するために自分たちの知名度を上げているのかなと四季は思った。正直、遠い存在になってしまって会えることはほとんどないと思うが。
「やっぱ絵になるよな〜あの二人。」
「そうだね。雰囲気があるというか。」
「そうそう!」
前世の恩師たちの華やかな姿を見ることができるのは喜ばしいが、それでもやはり遠くに感じて、少しだけ寂しかった。
それからしばらく経ったある日の昼下がりのこと。
「えっ…と、当選…っっっええ!?まじで!?」
昼休みに神門と当選結果を見ようということになり、騒いでも問題ないよう人気のない校舎裏にきて、発表時間にサイトを開くと、「当選」の文字がデカデカと目に入り込んできた。
「わっ…僕も当選だよ!」
「まじで!?二人で行けんじゃん!?チョー楽しみ!」
「そうだね…よかったね、四季くん。」
そういった神門の顔は、二人でイベントに行ける喜びと、どこか懐かしむような慈しむような顔をしていた。まるで、「やっと会えるね。」といってくれているみたいだった。
そんな神門の優しさに俺は
「おう!」
自分ができる1番嬉しい表情をして返した。
「ヤッベぇ〜、俺今世初東京だわ…。」
「僕もだよ、やっぱり前の時から時間経ってるから、結構変わったね。」
今世ではドのつく田舎に生まれた俺は、電車を乗り継いで4時間、遠路はるばる世紀を跨いで東京にやってきた。
「だな〜、祭りとかやってっかな?」
「この時期ならやってるんじゃないかな?」
「まだイベントまで時間あるし、行ってみようぜ!」
「いいね!射的でもやろうか!」
「さっすが神門!わかってんな!ちなみに、俺の腕は鈍っちゃいないぜ?」
「ふふ、僕だてそのつもりだよ。」
イベントまで、あと5時間_
コメント
1件
え、最高すぎるっっっっっっ♡ え、あの、◯んでいいっすか? まじでさぁ、ますしきうますぎね?書くの! しかもしかも?真澄がツンデレという馨さんのサポートが良きっっっっ てか、口角天井に突き刺さるとは?wwwwwwwwwww 続き楽しみ♪