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「コンビニで蕎麦を買ってくるね」
「蕎麦?」
「やっぱり引っ越しそばは食べておかないと、食べに行くには疲れちゃったでしょ」
「俺も一緒に行くよ」
「じゃあ行こう」と言って俺に手を差し伸べる瞳の手を取った。
ふとした瞬間に思い出すあの画像。
ずっと騙されていた。
俺は誰にも愛されていなかった。
「凌太?大丈夫?」
あの日から、あの画像に囚われている。
「平気だ」
瞳はざるそばととろろそばを指さして「どっち?」と聞いてくる。
明るく笑う瞳といると嫉妬や悔しさという感情が薄らいでいく。
「とろろ蕎麦」
「私もとろろ蕎麦にしよう、飲み物とかお菓子も買っていこう」
そういって「これ美味しいよ」と言いながらスナック菓子やスイーツをカゴに入れた。
マンションは住宅街の中で、唯一コンビニが一軒だけあった。
今まで物がある事に慣れていてフローリングに直に座り続けるのは辛い事を知った。ましてや、瞳は何も言わないが態勢をちょくちょく変えていることを考えると痛いのかもしれない。
「ソファが必要だな」
「ラグを敷くとかクッションがあったらとか思っちゃった」
瞳はそう言って笑っているが本当は辛いんだろうと思い、買ってきた布団を敷いてその上に二人で並んで座って他愛のないことを話した。
もうすぐ瞳は帰ってしまう。
この部屋に俺が一人で残される。
親父に裏切られていた事を知ってから、ひどく孤独を感じる。
「今日、泊まってもいい?」
「え?」
思いもしない言葉だった。
大学生とはいえ、実家暮らしの彼女が男の部屋に泊まるのは瞳の家的に大丈夫だろうか?
俺の家のようであれば構わないが、話を聞いている分には瞳は両親からとても大切にされているように感じる。
「ダメ?」
小首を傾げて聞く姿は小悪魔以外の何者でもない。今まで、こんな風に誘ってくる女性はごまんといて駆け引きのためのポーズの一つで、ヤッてもいい女の合図位にしか感じなかったが好意を持っている女性(ひと)にされるとこんなに心臓に悪いものだったことを初めて知った。
「正直に言うとすごく嬉しいけど、外泊とか大丈夫?」
「実は、コンビニに入る前に家には里子の所に泊まるって言っちゃった。里子にも口裏を合わせてもらってる」
そう言ってちょっと舌を出して笑う姿にまたもや心臓を撃ち抜かれた。
そう言われてみると鈴木さんから電話だと言って店先で話をしていて俺が先にコンビニに入ったが、その時に連絡をしていたのだろうか。
瞳と一緒にいられることがすごく幸せだと感じた。
話が途切れたら帰ってしまうんじゃないかと、必死に話題を探したが、その心配はないと思うとただ隣に座っているだけで満たされる。
「ガスは使えるからシャワーを使うといいよ」
「初めてのシャワーとか新しいシャンプーとかおろす形になるから、ここは主である凌太が先に使って」
「そんな事考えなかったな。こだわりもないし、瞳が気になるのなら二人で入る?」
「お先にいただきます」
そう言って立ち上がった瞳に、一緒に購入したタオルを手渡した。
「着替えは俺のでいい?入っている間に出しておくよ」
瞳は笑顔で「ありがとう」と言ってバスルームに消えていった。
真新しい布団に仰向けになると目を瞑った。
あの家にはおふくろと親父と愛人の息子の3人で暮らしていくことになる。
滑稽だな。
実の子である俺にも冷たかったおふくろはさぞイライラしていることだろう。親父は・・・今まで違い家にいる時間が増えているかもしれない。
「凌太、下着を干してもいい?」
物思いに耽っているうちに瞳は手洗いをした下着を持ってバスルームから出てきた。
「構わないけど、そう言えば洗濯を干すやつを買ってなかった」
「そういえばピンチハンガー買わなかったね」
「普通のハンガーで何とかなる?」
「うん、大丈夫だけど、見られるのはやっぱり恥ずかしいかも」
「じゃあ隣の部屋に掛けておけばいいよ」
ベッドルームにする予定の部屋を指さすと俺のダボダボのスウェットを着て部屋に入っていった。その姿がなんとも言えず可愛いかった。
隣の部屋に下着を干して出てきた瞳は少し恥ずかしそうに「せっかく身体が綺麗になったのにあれを付けるのはちょっと抵抗があって、色気とか無くてごめん」と言ったその姿も可愛すぎた。
「今後の事も考えてお泊まり用の着替えをここに置いておいた方がいいね」
その言葉を聞いた瞳が真っ赤に染まっているのを見て咫が外れそうになり慌てて俺もシャワーを浴びに行って自分自身を収めた。