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夏目莉央
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くま🐻☁️
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※
三月某日。
この日は朝から晴天だった。
日差しで暖められた風が心地よく、歩いているだけで春の訪れを感じられる。
私たちは手を繋ぎながら、市役所へ向かっていた。
二人で一緒に、婚姻届を提出するために。
「ようやく、提出できます」
隣を歩く祐二が、嬉しそうに呟いた。
「うん。やっと堂々と出せるね」
これまで、いろいろなことがあった。
結婚を決めたのに、祐二の家族の問題が立ちはだかり、なかなか婚姻届を出すことができなかった。
それも、今日で終わる。
祐二は返事をする代わりに、繋いだ手をぎゅっと握った。
私も、その手を握り返す。
それだけで、胸の奥がじんわりと温かくなった。
市役所に入り、二人揃って婚姻届を提出する。
担当の職員が書類を確認し、顔を上げる。
「おめでとうございます」
その言葉を聞いた瞬間、私たちは顔を見合わせた。
そして、どちらからともなく微笑んだ。
結婚して初めて聞く、「おめでとう」だった。
市役所から出ると、祐二が左手を空に掲げる。
その薬指に輝いているのは──結婚指輪。
「瞳子さん、見てください。僕たちは正式な夫婦になりました!」
子供のように弾ける祐二の笑顔が眩しくてたまらない。
「うん。私も幸せだよ」
私も左手を掲げ、薬指にそっと触れた。
指輪が春の日差しを受けて、きらりと輝く。
その輝きを見ていると、これまでの出来事が遠い昔のことのように思えてきた。
祐二が手を下ろすと、そのまま私を抱き寄せる。
「もう怖いものなどありません。人生で初めて、無敵になれた気がします」
「祐二は大袈裟なんだから……」
「大好きです。瞳子さん」
「私もだよ」
そう言って、二人で抱き合った。
私は目立つのは好きではないけれど、今日くらいはいいよね。
待ちに待った記念日なのだから。
※
あれから朝倉家では、今後についての話し合いが持たれた。
美麗さんは体調を回復させるため、経営から完全に引退することになった。
そして、プレッシャーから解放された兄の貴浩さんが社長を続投し、祐二が副社長として兄を支えることとなる。
奇しくも、美麗さんが名前に込めた意味の通り、祐二は朝倉家を二番目に助けることになった。
けれど、私はもう、それを呪いだとは思わない。
両親が必死に残してくれたものを、兄弟二人で守っていく。
それは、呪いなどではなく、家族から託された未来なのだから。
そして今回は、祐二もそれを快諾した。
以前なら、あれほど嫌がっていた家業を。
それを思うと、胸が少し熱くなる。
※
休日の午後。
私たちはベランダから見える桜を眺めていた。
風が吹くたび、淡い色の花びらがひらひらと舞っている。
とても穏やかな日常だ。
こんな時間が、ずっと続けばいい。そんなことを考えていた。
「僕は会社は辞めません」
祐二が真面目な顔で言った。
「稼業を手伝うからと僕が東京に行けば、瞳子さんと離れ離れになりますから」
一菱証券は副業が認められている。だから、自分の時間を使って稼業を手伝うことに問題はない。
けれど、私が心配しているのは、やはり物理的な距離だった。
「東京まで距離があるでしょう? 貴浩さんと連携を取っていけるかしら」
「今はリモートで世界中と繋がることができるんですよ。こんな距離、なんの問題でもありません」
祐ニは胸を張った。そして、急に鼻息を荒くする。
「むしろ、新婚の私たちが離れることこそ問題ですっ!!」
「もう……」
思わず笑ってしまう。
「様子を見ながら、一番いい方法を見つけよう」
私がそう提案すると、祐二の顔が綻んだ。
けれど、次の瞬間にはもう、彼らしく仕事のことを考えている。
「抑圧から解放された兄の商才も見ものです。彼の現状分析は驚くほど正確で、そこから投資すべき事業を予測するセンスも舌を巻くほどです。昔ながらの成功体験だけで経営をする母とは、馬が合わなかったのも当然でした」
ほら。
祐二だって、もう商売人の顔をしてきている。
本音では、経営に携わることをまんざらでもないと思っているはずだ。
自分自身の意志で家族を支えようとしている。
「これからの鳳凰グループの発展が楽しみね」
「ええ、その通りです。僕たちの世代で、さらに躍進させてみせますよ」
この意気込み。そして、この自信。
やはり祐二は、美麗さんの血を引き継いだ息子なのだと確信させられる。
でも、もうそれは怖いことではなかった。
美麗さんの強さも。
貴浩さんの才能も。
そして、祐二の分析力も。
それぞれが自分の人生を生きながら、家族を支える力になっていく。
私たちは桜吹雪を眺めながら、穏やかな気持ちでいた。
「このまま平和に過ごせたらいいね」
「母も大人しくなりました。心配することは何もありません」
「うん。祐二、ありがとう」
「瞳子さんこそ、ありがとう」
そう言って、私たちは手すりの上でお互いの手を重ね合わせた。
重なった手の薬指で、結婚指輪が静かに光っている。
春の風が吹く。桜の花びらが、私たちの頭上を舞っていく。
きっと、これからもいろいろなことがある。
嬉しいことも、困ったことも。
それでも、この人と一緒なら大丈夫。
私は隣にいる祐二の手を、もう一度ぎゅっと握った。