テラーノベル
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3話程度で終わる予定です。
――最初に気づいたのは、痛みが終わらなかったことだった。
喉を裂かれた感覚。肺に血が流れ込み、息ができなくなる苦しさ。視界が赤く染まり、音が遠のいていく――そこで終わるはずだった。
けれど。
目を開けると、俺は路地裏に転がっていた。
「……は?」
声を出そうとして、出たのは掠れた息だけだった。喉が焼けるように痛い。確かに、刺された。殺された。なのに、身体はここにある。
俺は、ないこ。
どこにでもいる、ただの一般人だった――今日までは。
血溜まりの中で、俺は何度も自分の身体を確かめた。裂けたはずの喉は、塞がっている。服だけが、切り裂かれた痕と血でぐちゃぐちゃだ。
「……夢、か?」
そう思いたかった。でも、痛みがあまりに現実だった。
そのとき。
「おーおー。こりゃまた派手にやられてんなぁ」
頭上から、間の抜けた声が降ってきた。
驚いて顔を上げると、そこには一人の男が立っていた。
黒いコート。ラフな立ち姿。関西弁。……なのに、纏う空気が異様に冷たい。
「生きとる? それとももう死んどる?」
「……生きてる、と思いますけど」
俺が答えると、男は面白そうに目を細めた。
「はは。喉切られてそれ言えるん、普通ちゃうで」
男はしゃがみ込み、俺の顎を乱暴に持ち上げた。
「名前は?」
「……ないこです」
「ほーん。俺は、まろ。ま、いふって言うた方がええかもな」
まろ――後に俺は知ることになる。
この男が、国家機関・対処班の隊長だということを。
その時の俺は、ただ思った。
――この人、めちゃくちゃ危ない。
「で、ないこ。ちょっと試してええ?」
「……なにを」
次の瞬間、腹に衝撃が走った。
「がっ……!」
拳がめり込み、俺は背中から地面に叩きつけられた。息が詰まり、視界が白く弾ける。
「な、何するんですか!?」
「確認や確認」
まろは悪びれもせず、今度は俺の胸に足を乗せた。
「普通はな、ここまで出血してたらもう動かれへん。けどお前、動いとる」
ぐっ、と体重がかかる。骨が軋む音がした。
「……っ、やめ……!」
「やめへん」
バキッ。
肋骨が折れる感覚。確かに、折れた。激痛が全身を貫いた――はずなのに。
数秒後。
「……あ?」
俺は、自分の胸を見た。折れたはずの肋骨の痛みが、消えていく。音も、感覚も、なかったことみたいに。
「……再生、しとるな」
まろの声が、妙に楽しげだった。
「不死身か。アンデッドか。いやぁ、ええもん拾ったわ」
「……拾うって……」
俺の言葉を遮るように、まろは立ち上がった。
「決まりや。ないこ、お前――俺が面倒見る」
「は?」
「今のお前、放っといたら実験材料か、解剖コースや。どっちがええ?」
ぞっとした。
俺は、自分がもう“普通”じゃないことを、ようやく理解し始めていた。
「……選択肢、ないですよね」
「せやな」
まろは笑った。
それは、人の良さそうな笑顔だった。
――同時に、獲物を見つけた目でもあった。
それからの生活は、地獄だった。
まろの拠点に連れてこられ、俺は毎日のように「確認」と称して攻撃された。
「今日はいくでー、ないこ」
「待ってください、今日はまだ朝――」
「朝やからええんやろ」
ドスッ。
ナイフが心臓に突き立てられる。
「――っ!!」
確実に死ぬ痛み。でも、数分後には起き上がっている。
「ほらな。死なん」
「……遊んでますよね?」
「遊びやな」
即答だった。
「お前、死なへんやろ? 安心やん」
「安心じゃないです……!」
なのに。
食事は用意される。
怪我をした服は替えが出る。
眠れない夜には、無言で隣に椅子を置いてくる。
「……なんで、そこまで」
ある夜、俺は聞いた。
まろは煙草を消し、少しだけ視線を逸らした。
「……死なんもんってな。壊したくなるんや」
「……」
「せやけど」
次に向けられた視線は、妙に真剣だった。
「誰かに奪われるんは、気に食わん」
ぞくり、と背中が震えた。
この人は、俺を守っているのか。
それとも――独占しているだけなのか。
わからない。
ただ一つ、確かなことがある。
俺は、死ねない。
そして――拾われてしまった。
怪物としての人生が、ここから始まる。
国家機関――と聞いて、最初に思い浮かべたのは、テレビの中の話だった。
無機質な建物。無表情な人間。命を数字で扱う場所。
まさか、自分がそこに“保管”される側になるとは思っていなかった。
「立てるか、ないこ」
「……一応」
まろに連れられて通されたのは、地下深くの施設だった。金属音が反響し、消毒液の匂いが鼻を刺す。白い光がやけに眩しい。
廊下の両脇には、ガラス張りの部屋が並んでいた。中にいるのは、人――に見えるものと、そうでないもの。
視線が、突き刺さる。
「見世物みたいですね」
「実際、そうや」
まろは淡々と言った。
「ここにおる連中はな、“対処対象”。守るか、閉じ込めるか、処分するか。全部、価値次第や」
価値。
その言葉が、妙に重かった。
俺たちが通された会議室には、既に数人の人間が集まっていた。スーツ姿の大人たち。視線は、俺ではなく、俺のデータを見ている。
「例のアンデッドか」
「自己再生速度、異常値ですね」
「倫理的には問題がありますが……」
誰も、俺に話しかけない。
まろだけが、俺の前に立った。
「こいつは、俺が拾った」
空気が、ぴしりと張り詰めた。
「隊長。それは所有権の主張ですか?」
「せやな」
即答だった。
「こいつは俺の管轄や。勝手に触るな」
ざわり、と場が揺れた。
「不死の存在は、国家にとって――」
「武器になる、やろ?」
まろは、笑った。
でも、その笑顔は一切目に届いていなかった。
「せやからこそ、壊さん」
「……?」
俺は、思わずまろを見る。
「壊れへんもんを、壊すまで使うんが一番アホや。生かして、選ばせる。そっちの方が、ずっと使える」
使える。
その言葉に、胸が締め付けられた。
けれど。
「こいつが嫌や言うたら、無理強いはさせへん」
そう続いた言葉に、会議室が静まり返った。
「……正気ですか、隊長」
「正気やで」
まろは、俺の肩に手を置いた。
「なあ、ないこ」
突然、話を振られる。
「お前、自分がどうなりたい?」
頭が、真っ白になった。
どうなりたい。
そんなこと、考えたこともなかった。
死にたくない。
でも、生きたいかと言われると、わからない。
「……まだ、わかりません」
正直に答えた。
まろは、満足そうに頷いた。
「ほらな。まだ途中や」
結局、その日は結論が出なかった。
俺は“観察対象”として、一時的に施設に留め置かれることになった。
部屋は、驚くほど普通だった。ベッドと机、本棚。鍵はかかっていない。
「逃げよう思たら逃げられるで」
まろは言った。
「けど、外はもっと地獄や」
「……それ、脅しですか」
「忠告」
夜。
俺は、眠れずに天井を見つめていた。
俺は、怪物だ。
死ねない。
価値で測られ、利用される存在。
――それでも。
ノックの音がした。
「起きとるか」
まろだった。
手には、缶コーヒーが二つ。
「飲むか」
「……ありがとうございます」
沈黙が、しばらく続いた。
「なあ、ないこ」
まろが、低い声で言った。
「俺はな、ええ人間ちゃう」
「……知ってます」
「せやろ」
くく、と笑う。
「お前を殴るし、刺すし、殺す。遊びや」
「……」
「けどな」
まろは、真っ直ぐ俺を見た。
「お前が“モノ”になるんは、許されへん」
胸の奥が、じんと熱くなった。
「それが、俺のエゴや」
そう言って、まろは立ち上がった。
「答えは急がんでええ。死なへんお前には、時間がある」
ドアが閉まる。
一人になった部屋で、俺は自分の手を見つめた。
死ねない怪物。
でも。
誰かが、俺を“人”として扱おうとしている。
それだけで、ほんの少し――
生きてみてもいい、と思えた。
最初に言われた言葉は、あまりにも軽かった。
「今日から訓練やで、ないこ」
朝だった。
施設の天井灯が一斉に点き、白い光が目に刺さる。
「……訓練、って」
「実戦形式」
まろは、いつも通りの笑顔で言った。
「死なへんお前に、机上の空論はいらんやろ?」
嫌な予感しかしなかった。
連れて行かれたのは、地下の模擬戦闘区画だった。
広い空間。コンクリートの床。壁には、明らかに弾痕や焼け跡が残っている。
「ここ、前に暴走系Sランクが暴れた場所や」
「……そんなところで?」
「安心せえ。今日は“お前が”壊れるだけや」
冗談のトーンで言われたが、笑えなかった。
中央に立たされ、手首に装置を付けられる。
「これは?」
「生体反応モニタ。死ぬ瞬間まで、全部記録する」
「……嫌な言い方しないでください」
「事実やからしゃあない」
まろは、数歩下がった。
「ルールは簡単や」
パチン、と指を鳴らす。
次の瞬間。
天井から、何かが落ちてきた。
「――っ!?」
反射的に避けたが、遅かった。
金属の塊が肩を抉り、骨が砕ける感触が走る。
「がぁっ……!」
倒れ込む俺を見て、まろは腕を組んだ。
「反応、悪いな」
「初日ですよ……!」
「初日やからこそ、や」
床が震え、今度は壁から自動銃座が展開された。
「ちょ、待っ――」
銃声。
弾丸が、容赦なく俺を撃ち抜いた。
腹。脚。喉。
痛みで、思考が千切れる。
倒れて、死んで――
数十秒後、また呼吸が戻る。
「……っ、は……!」
起き上がろうとして、脚が動かない。
「まだ治っとらんな」
まろは、俺に近づき、無造作に蹴った。
「っ!!」
だが、その衝撃で、骨が元に戻る。
「ほら」
「……最低ですね」
「褒め言葉や」
その後も、訓練は続いた。
刃物。
爆発。
毒ガス。
何度、死んだかわからない。
最初は、恐怖しかなかった。
次に、怒り。
そして――
慣れ。
「……今の、避けられたな」
まろの声が聞こえたとき、俺は既に立ち上がっていた。
「次、右から来ます」
「お」
言った通り、罠が作動する。
俺は、身体を捻ってかわした。
直後、背中に衝撃。
「……っ」
「惜しい」
心臓を貫かれ、視界が暗くなる。
数秒後。
「……っ、はぁ……」
俺は、息を整えながら言った。
「……あなた、わざと殺しに来てますよね」
「せやで」
即答だった。
「殺し方を覚えさせとる」
「……」
「世界はな、優しくない」
まろの声が、少しだけ低くなる。
「お前を見たら、皆“試したく”なる」
だから、と。
「死なへんことに、怯えんようにしとかなあかん」
その言葉は、乱暴だったけれど。
不思議と、胸に落ちた。
訓練が終わったのは、夜だった。
俺は、床に座り込んでいた。
全身は再生しているのに、疲労だけが残っている。
「……俺、ちゃんと人間ですかね」
ぽつりと、口から零れた。
まろは、しばらく黙っていた。
それから。
俺の前にしゃがみ込み、額を指で弾いた。
「いって」
「痛いやろ」
「……はい」
「ほらな」
まろは、少しだけ笑った。
「痛い言う間は、人間や」
「……」
「せやから」
ぐしゃ、と俺の髪を乱す。
「怪物になるかどうかは、お前が決めろ」
その夜。
ベッドに横になりながら、俺は考えていた。
死なない。
殺されても、戻る。
それは、呪いだ。
でも。
誰かに隣で笑われながらなら、
案外――生きられるのかもしれない。
少なくとも、今は。
コメント
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ええええええええん好き😿 不死身系見たこと無かったんだけど無事ハマりそうで怖い(?