テラーノベル
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藤白りいな…お転婆で学校のマドンナ。天然で、先輩や後輩など学校のほぼすべての人が名前を知ってる。
はるきと付き合ってる。海と仲が良いが、最近結構意識してる
天童はるき…ツンデレの神。りいなのことが大好きだが、軽く、好きなど言えない。嫉妬深い。
男子と仲のいいりいなが誰かにとられないかと心配してる。海に嫉妬中!
佐藤海(かい)…りいなのことが昔から好き。りいなと好きなど軽く言い合える仲。
結構チャラめ(?)デートなどはゲームだと思ってる
月下すず…美人だがなぜかモテない。はるきと海の幼馴染。りいなのことは好きだが、嫉妬中(?)
はるきと海のことが気になってるが、どちらかというとはるきのほうが好きらしい(?)
海目線
土曜の朝、りいなは駅前でかいと待ち合わせていた。 麦わら帽子に白いワンピース、サンダルの足元が照り返す日差しにまぶしく光る。
かいは、少し緊張した表情で、スポーツドリンクと日焼け止めのセットをカバンから取り出した。
「はい。今日暑そうだったから、持ってきた。あとこれ、日焼け止めのシート。うちの姉ちゃんのやつ」
「え、気が利く~!ありがとう。かいって、こういうところほんと優しいね」
海までは電車で20分。車窓から見える景色が、少しずつ青く染まっていく。 りいなは、かいの隣で鼻歌を歌っていた。
「なに歌ってんの?」
「うーん、なんとなく海っぽいの。なんか気分が軽くなるね、今日」
「俺も。なんか……ちょっとだけ、全部忘れて楽しめそう」
海に着くと、ふたりはスニーカーを脱いで、砂の上に座り込んだ。 潮風が髪を揺らし、かいはちょっと照れくさそうに砂に指を走らせながら言う。
「小学校の時、友達とこうやって砂文字書いて遊んだな。今なら『友情』とか書いとくか?」
「えー!ちょっとそれ、ダサかわいい(笑)じゃあ私も書く!」
ふたりで砂に「友情」「りいな」「かい」って指で書いて、写真を撮る。 スマホを見ながら、りいなが言う。
「こんなのはるきに見られたら、“砂に名前書くとか小学生か”って言われそう」
「それでもいいじゃん。楽しいもん」
りいなはくすっと笑った。 かいの素直さは、時々自分のざわつきを忘れさせてくれる。
波打ち際まで歩いていくと、かいが突然「よーい、ドン!」って言って、先に走り出した。
「え!?待ってよー!」
ふたりは笑いながら波をよけ、足を濡らしながら、海の端っこまで駆け抜けていく。
(この時間がずっと続けばいいなって、ちょっとだけ思った。 “友達”って言えるけど、かいの横顔がまぶしすぎて、息が吸いづらくなる瞬間がある)
昼は、かいが作ってきたおにぎりと、りいなの好きなフルーツゼリー。
「ゼリーまで…かいって、ほんと気遣い職人だね」
「いや、俺も食べたかっただけかも。友情って胃袋でも深まるから(笑)」
ふたりは並んで食べながら、部活や最近のクラスの話をして笑い合う。 そこには恋愛のドキドキより、安心感とぬくもりがあった。
でも帰りの電車、かいがふとつぶやいた。
「……今日、ありがとう。俺にとって、すごく特別だった」
りいなは黙ったあと、窓の外に目をやって言った。
「うん、私も。“友達だからこそ”楽しかったよ」
そう言ったけれど──心の奥には、かいの隣で揺れた何かがまだ静かに波打っていた。
浜辺を歩いた帰り道。 日焼けした肌に、夕暮れの風が優しく吹く。 駅までの坂道で、りいなはかいと肩を並べていた。
「今日、楽しかったね」
「うん。ほんとに。海、行ってよかった」
ふたりとも笑っていた。でも内心では、少しだけ“このままじゃいけない気持ち”が残っていた。
改札前、人の波にまぎれて。 りいながSuicaをかざそうとしたとき──背後から、聞き慣れた声。
「……りいな?」
振り返ると、はるきがいた。部活帰りのTシャツ姿。汗で髪が少し濡れている。
「えっ……はるき?」
目の前に突然現れた“彼氏”と、“一緒にいる男友達”。 かいは立ち止まり、気まずそうに頭を下げる。
「……こんにちは」
はるきの視線は、かいを一瞬だけ見て、すぐにりいなに戻った。
「海、行ってたの?誰と?」
「えっと……かいと。友達として、ね。前に話してたやつ」
「……そっか。楽しかった?」
りいなは、頷いた。 かいが言いかけた言葉を飲み込むようにして、先に改札を通った。
はるきは黙ったまま、何も言わずにりいなの視線を避けるようにして駅のホームへと歩いた。
──空気が、ほんの少し冷たくなった。
りいな目線
お風呂上がり、髪を乾かしながらスマホを開く。 通知に、かいの名前。
かい: 今日、ほんとに楽しかった。ありがとう …次は、もっと静かな時間が欲しいな 夕焼けだけ見に行くのも、あり? 俺とふたりだけで
画面の光が部屋の天井にうっすら映っている。 りいなは、返信を打とうとして、指を止めた。
(“ふたりだけで”──その言葉の重みが、急に胸に響いた。 はるきの顔が思い出される。 かいの笑顔も思い出される。 どっちも嘘じゃない。 でも、どこかに答えを出さなきゃいけない気がする)
返信欄には、まだ文字が打たれていない。
ただ、りいなの心の中では、夕焼けの色だけが、静かににじみ始めていた。
画面を見つめていたそのとき、もう一つの通知がふっと現れる。
はるき: 「海、楽しかったんだろ? ……ちょっと気にしてる自分が、面倒だなって思ったけど りいなの顔、見た時に胸がざわっとしてさ ごめん、笑って話せばよかったのに、変な態度だった …でも、それだけ大事なんだと思った」
りいなは、スマホを手に持ったまま、言葉を探していた。
どちらも嘘じゃない。 かいは優しくて、安心させてくれる。 はるきは不器用で、でも一番深いところでりいなを揺らしてくる。
(“ふたりだけで夕焼け”、その響きが胸をきゅっとさせた) (でも、“それだけ大事”って言われた瞬間、涙が出そうになった)
指は、どちらの返信も打たずに止まっていた。
ベッドに横になったまま、りいなは天井を見つめながらつぶやいた。
「どっちも、本気だってわかるのに……選ぶってことが、ほんとに苦しい」
風も音もない夜。 スマホの画面だけが、小さく瞬いていた。
時刻は21:42。 窓の外では夏の虫が鳴いている。 りいなは、ようやく「かいのメッセージ」に返信しようとしていた…そのときだった。
📱着信:はるき音声通話・応答中…
りいなは、一瞬だけためらって──画面をタップした。
「…もしもし?」
「……あ、出た」
はるきの声は低く、いつもより少し不安げだった。
「ごめん。ほんとはこういうの、苦手なんだけど── 今日、駅で会った後から、なんか落ち着かなくて」
沈黙。 りいなは黙って耳を傾けていた。
「かいと楽しそうだったよね。俺がああいう顔したの、嫉妬ってやつかも。 でもさ……俺のこと、ちゃんと見てくれてる?」
りいなは答えようとして、言葉が詰まった。
そのとき──スマホがもう一度震える。 画面にはもう一つの着信が表示されていた。
📱着信:かい 音声通話・通話中(保留可)
心臓が、ドクンと跳ねる。 ふたりが“同時に”自分に触れようとしていた。
(はるきの声。焦ったようで、でもいつもの安心感もあった。 かいの名前。さっきくれた“ふたりだけの夕焼け”の誘いが、まだ胸に響いてる。 私を呼ぶ声はひとつじゃない。 …でも今、どちらに向き合えばいいか、わからない)
部屋の照明は暖色で、静かな夜。 スマホに浮かんだ「かい」の着信通知を見ながら、りいなは保留ボタンにそっと指を乗せる。 はるきの声が一瞬遠くなり──かいの声が重なる。
「……りいな?出た?よかった」
その瞬間、スマホの中でふたりの“鼓動みたいな声”が揺れ始める。
はるき(保留解除):「りいな、まだ聞いてくれてる?」 かい:「あのさ、さっきのメッセージ、急だったかなって思って。ごめん、でも俺……」
りいなは口を開けかけて、言葉が詰まる。
「ちょっと待って……ふたりとも、いるの」
沈黙が流れる。 スマホ越しに、ふたりともりいなを想って話していることが伝わってくる。
かい:「……電話してくれて嬉しかった。なんか、今日の海が終わって、ずっとりいなのこと考えてた」 はるき:「俺は……今日の駅で、うまく言えなくて。かいと楽しそうなりいな見て、心がぐちゃぐちゃになったんだ」
かい:「俺は、そんなふたりを見てたからこそ、もっと隣にいたくなった。 りいなの横顔、波の光でめちゃくちゃ綺麗だったよ」
はるき:「……りいなの笑顔ってさ、俺が守りたいと思った最初の理由だよ。 でも今日、少しだけ自信なくした」
部屋の静けさに反して、スマホの向こうではふたりの想いが熱を帯びていく。
りいなの喉の奥で、言葉がこぼれる。
「……やめてよ、ふたりとも。そうやって優しくされたら、選べなくなるでしょ……」
声が少し震えていた。
かい:「……ごめん。でも、選んでなんて言わない。ただ今日の海のこと、忘れないでほしくて」 はるき:「選んでほしい……って言っちゃいけないかもしれないけど それでも、俺はりいなの隣がいいって思ってる」
ふたりの声がほんの一瞬重なった。 そして次の瞬間、りいなはそっとスマホのスピーカーを切り、画面を伏せた。
(誰の声も、今は聞きたくない。でも、どちらの声も忘れたくない。 ただ…静かに、自分の気持ちだけを整理したい)
海目線
次の日の昼休み、教室の陽射しがジリジリする。 かいは、自分の机に置いてあった麦茶のペットボトルを手に取り、くるっと開けた。
りいなが隣で、プリントをまとめながら言う。
「ねえ、それって昨日私が飲んだやつと同じメーカーのだね。どんな味?」
「え?じゃあ試してみる?」 かいは一口飲んでから、手に持っていたボトルを自然に、りいなへ差し出した。
「飲んでみ?俺と味覚、合うかもしれないし」
りいなは一瞬ためらったあと、ほんの少しだけ眉を寄せて受け取った。
(これって…さっきかいが飲んだばかりじゃん。いやでも、こういうの気にするのって逆に意識しすぎ?)
ちゅっ、と小さく一口。 麦茶の冷たさよりも、心臓がヒヤッとした。
かいはそれを見て、ちょっと得意げに笑った。
「ね?ちゃんと冷えてるでしょ」
「……うん、冷えてた。ていうかかい、さりげなさすぎない?」
「え、何が?」
「間接キスでしょ、今の。わかってやってるでしょ?」
かいは一瞬固まり、すぐに耳まで真っ赤になった。
「いやっ…あの……でも! 俺の中では“友情麦茶”だったんだけど……もし嫌だったなら――」
りいなは吹き出しながら、ボトルのフタをくるくる閉めて返した。
「べつに嫌じゃなかったよ。でも、ちょっとドキッとはした」
その言葉で、かいは笑うしかなかった。 そしてふたりのあいだに、小さな沈黙が流れた。
沈黙のなかで、麦茶のボトルだけが、ふたりの“秘密”みたいに教室の机に残っていた。
りいな目線
放課後の校舎裏。 影が長くなって、風が少しだけ涼しくなっていた。 りいなは部活の荷物を持って階段を降りかけたそのとき、はるきが静かに現れる。
「……昨日の電話。無理させたね」
その声は低くて、でも穏やかだった。
「私も、ちゃんと整理できてないから…あの夜は、全部がぐるぐるしてた」
ふたりは階段横のベンチに並んで座った。 誰もいない空気が、ちょっとだけ“話せる空間”を作ってくれていた。
はるきは少し目を伏せて、制服の袖をいじりながら言った。
「昨日あんなふうに言ったのってさ、かいに負けたくなかったんじゃなくて── 俺がりいなの隣にいられるって信じたかったからなんだ。 でもそれって、りいなに甘えてただけだったよね」
りいなは何も言わず、風の音を聞いていた。
「勝手に“俺が彼氏だ”って思い込んでる部分もあった。 でも、ほんとは…そうじゃないのかもしれないって、昨日りいなの沈黙で気づいた」
彼はゆっくりとりいなの顔を見た。 その瞳には、“怒り”じゃなくて、“答えを知りたい”という静かな切実さがあった。
「りいなが、俺をどう思ってるかは…今は聞かない。 でも、もしまた一緒に帰りたくなったら、俺はいつでも待ってる」
その言葉で、りいなはすこしだけ目を細めて、微笑んだ。
(はるきって、やっぱり不器用。でもこうして言葉にしてくれるだけで、なんか、救われる気がする)
8月3日(晴れ・風すこしあり) 部屋のなかは静か。窓の向こうに虫の声がしてる。
今日は、かいと昼休みにまた話せた。 麦茶を一口飲んだ瞬間、「え、今の…間接キス?」って気づいて、 笑いそうになったけど、胸も少しざわっとした。
かいは全然気づいてなかったふりしてたけど、あれは絶対わかってたと思う。 私が意識したことにも気づいてた…はず。
“友情麦茶”って言葉、たぶんちょっと照れ隠しだよね。 でもそれが、なんかかわいくて安心した。
笑い合えたことが嬉しかった。 かいといると、気を張らなくてすむ。ほんとに“友達”って感じなのに、たまにドキってするのがずるい。
でもそのあと、はるきから「話したい」って言われて、校舎裏で少しだけ話した。
はるきはちゃんと言葉にしてくれた。 昨日の電話で、自分が“自信をなくした”って。 私の沈黙が答えだったかもしれないって言ってて、心がぎゅってなった。
“譲りたくない”って言葉、すごく重かった。 でも、それを静かに伝えたかったっていうのが、はるきらしくて…たぶん好きなところなんだと思う。
ふたりとも、私のことを大切にしてくれてるって伝わった。 でも私がどうしたいのか、まだ見えてこない。
かいといるとほっとする。 はるきといると心が深く震える。
どっちも、私の世界に必要で どっちも、私に“好き”をくれる。
それって、ほんとはとても贅沢で、でもすごく苦しい。
明日、またふたりに会う。 その時、自分がどう笑ってるかで 少しだけ、自分の気持ちが見える気がする。
今日はまだ、選ばない。
――りいな
「今日からこのクラスに転入します、藤白すずです」 春からの転校。新学期の空気がまだ教室に残る中で、白いセーラー服のすずが前に立った。
瞳は淡いグレーで、髪は柔らかな茶色。 クラスがざわついた。“芸能人みたい”“モデル?”そんな声もあった。
でも、はるきとかいはそれぞれ、別の反応だった。
──少し驚いたあと、互いの顔をちらっと見て。 すずは、黒板の前でゆっくり言った。
「はるき、かい……久しぶり」 「覚えてる?昔、近所だったの。小3まで、隣のブロックに住んでたよね」
はるきが少し目を見開いた。 かいは、どこか照れたように首をかしげた。
「藤白……って、あのすず?」
「うん。いつも“おにぎり争奪戦”してた仲間」
教室が笑いに包まれる中、すずはふたりにだけ向けて、小さく言葉を残した。
「あの頃から、はるきとかいのこと、ずっと好きだったんだよ。 ただの幼なじみって自分に言い聞かせてたけど…引っ越してからも、忘れられなかった」
すずが黒板の前に立ち、はるきとかいに向けて「ずっと好きだった」と言った瞬間。 教室はざわつきながらも、妙な静けさが流れていた。
はるきは目を逸らし、かいはそっとうつむく。 誰もが“この空気、触れちゃダメだ”と思っていた…はずだった。
なのに、その空気を割るように、男子のひとりが突然叫んだ。
「いやでもさ!今って、かいもはるきもりいなに惹かれてるって、みんなわかってるよな!?」
教室が凍りつくような一瞬。 黒板の前のすずは、まっすぐその声が飛んできた方をにらんだ。
視線は、冷静でいて怖かった。 一瞬だけ、グレーの瞳に光が差す。
「……それって、本人たちが言ったの? 好きかどうかを、勝手に決めて誰かのこと追い出すみたいな空気、気持ち悪いね」
静まり返った教室に、すずの声が響いた。
はるきは立ち上がりかけたが、言葉を探せず。 かいは、一瞬りいなと目が合い、そのまま視線を落とした。
りいなは、自分の心臓の音が他人に聞こえるんじゃないかと思うくらい、胸がドクドクしていた。
(その“惹かれてる”って言葉、わたしも思ってた。 でも誰かに言われると、こんなに苦しくなるなんて…)
すずは黒板を一瞥して、こう言った。
「私、ふたりのことが好きって言ったけど、今は、勝手に誰かの気持ちを決めるほど子どもじゃないから。 りいなちゃんがどんな人か、ちゃんと自分の目で見たいだけ」
その言葉は、“宣戦布告”じゃなかった。 でも、“絶対に譲らない”という感情だけは、明確にそこにあった。
りいなとはるき
「……すずのこと、好きだったよ。あの頃は、ほんとうに」
りいなの心臓が一瞬止まったように感じる。 だけど、はるきの顔はどこか後悔と、懐かしさの混ざった色だった。
「あいつ、転校してくる前からずっと真面目で…芯があって、誰にでも優しくて。 でも、なんか…近づくと不安になる感じがしてた。 たぶん、“わかってほしい”って目をしてた。俺には、あの目が少し、こわかった」
りいなは黙って聞いていた。はるきが自分以外の誰かについて語るときの声は、普段より少し低い。
「だけど、あいつが突然いなくなって…何も言わずに去ったこと。 それが、ずっと心に引っかかってた。 好きだったのに、それ以上踏み込めなかったし——今思うと、“向き合うのが怖かった”だけかもしれない」
りいなは、ほんの少しだけ目を伏せた。
(はるきの“好き”は、過去形なんだ。 わたしに向けられる視線とは、違う種類の感情……でも、そこに嘘はない)
はるきは、りいなを見る。その目はまっすぐで、今だけは取り繕っていなかった。
「今のすずは、変わったなって思う。強くなってた。 あの“にらんだ目”、…なんか俺が逃げてたものを思い出させられた。 でも——今惹かれてるのは、すずじゃない。 ……りいな、お前なんだ」
教室の空気が、窓の向こうの空気と混ざるように揺れた気がした。
りいなとすず
放課後。空が淡い桃色に染まり始めたころ、すずはりいなを呼び止めた。 人気のない校舎裏。風がカーテンみたいに空気を揺らす。
すずはいつもの落ち着いた瞳のままで、でも声だけは張っていた。
「……りいなちゃん。話したいこと、ちゃんと伝えておきたいの」
「……うん」
すずは、一歩だけ近づいた。足音が小さく、でも体温だけは高く感じた。
「わたし、はるきくんのこと、“今でも本気で好き”だから。 子供の頃のこと?思い出?……そういうのじゃない。 今の彼のことが、好きなの」
「だから…ごめん。もしりいなちゃんが、彼を好きなら——邪魔されたくないって思ってる」
りいなは、言葉を失って立ちすくむ。
「戦いたいってわけじゃない。だけど、私は“何も知らない顔”で引き下がるつもりはない。 好きって気持ちに自信があるから。 はるきくんの中に、私がまだ残ってるってことも、信じてるから」
夕陽の反射で、すずの瞳がわずかに濡れて見えた。 でもそれは悲しみじゃなく、感情を押し出している強さだった。
りいなは、胸がぎゅっと締め付けられる。
(“邪魔されたくない”——その言葉、ちゃんと痛い。 でも、すずの目には嘘がない。負けたくないっていう感情だけが、まっすぐに宿ってる)
すずは最後に、少しだけ声を落として言った。
「……りいなちゃんが優しいのは知ってる。 でも、優しさだけじゃ、はるきくんの心は掴めないと思う」
そして、黙って去っていった。 あの言葉だけが、りいなに焼きついて残った。
りいなと海
「……苦しいよ」 その言葉の後、かいが隣に来て、黙ってそばにいてくれた。
りいなは、柵にもたれて目を閉じていたけれど——風の音の向こうに、彼の呼吸が聞こえた。
「……なにも言わなくていいから。 俺はただ、ここにいるよ」
しばらくして、りいながゆっくり顔を伏せて、ぽつりと声をこぼした。
「わたし、傷ついてるのに……平気なふりしかできないの。 でも、ほんとは怖いんだよ。 自分がいらなくなるのが」
かいはその言葉に、そっと腕を伸ばした。 躊躇いはなかった。ただ、自然に——それが“いま必要なこと”だとわかっていた。
ゆっくりと、りいなを抱きしめた。
「……怖くてもいいよ。俺は離さないから」
りいなの肩が、かすかに震えた。涙は出ない。でも体が、少しだけ力を抜いた。
(やさしい……すずの言葉みたいに、刺してこない。 ただ、包んでくれるだけ)
かいの腕の中で、りいなはもう何も言わなかった。 でもその沈黙の中に、確かに「信じられるもの」が生まれていた。
海目線
夜の屋上で、りいながぼそっとつぶやいた。 「……苦しいよ」 風に流れそうなほどかすかな声。でも、俺の耳には残ってた。
隣に立っただけで、言葉は何もなかった。 それでも——彼女の肩が、ほんの少し震えていたのに気づいた瞬間、俺の中で何かが静かにひらいた。
(あの震え……誰も見ない。誰も知らない。 でも、俺は気づいた。——りいなの涙、誰よりも先に)
ハグした時、彼女は何も言わなかった。 それでも俺には分かった。言葉より、重たいものがそこにあった。
「……怖くてもいいよ。俺は離さないから」
その言葉は、彼女のためじゃなくて、俺自身に言い聞かせたみたいだった。 だって、あの涙に気づけたこと——それが、俺にとっての答えだったから。
(優しくされたいんじゃない。強がりたいんじゃない。 ただ、“そばにいてほしい”だけだったんだよな、きっと)
屋上の風の中で、りいなは目を閉じてた。 俺は、ただ彼女のその時間に、触れるように寄り添った。 “それだけでよかった”と俺は思った。 そして——“それだけができるのは、俺だけだった”とも。
はるき目線
朝。昇降口で靴を履き替えながら、はるきはなんとなく周囲の話に耳を傾けていた。 クラスメイトの何気ない言葉が、なぜか引っかかる。
「昨日の夕方、屋上で誰か泣いてたらしいよ」 「かい先輩が、一緒にいたってさ……あれ、女の子だったみたい」
はるきは、ほんの一瞬だけ動作を止めた。 ただの噂だと片付けるには、心の奥がざわつきすぎていた。
(屋上?泣いてた?……誰かがそばにいた? それがかいで……女の子?)
胸の奥で、何かが静かにチクリと鳴った。
教室に入る。目は自然とりいなを探す。 彼女は机に向かっていて、いつも通りの表情を浮かべていた。 穏やかで、にこやかで……でも何かが違った。
(……目、赤い? 昨日……泣いた?)
昼休み。はるきは、迷いながらもりいなの席に近づこうとした。 けれどその途中、かいの姿が視界に入った。
彼は、りいなに何かをそっと囁いていた。 その声は届かない。でもりいながふわっと笑って、「うん」と頷いた瞬間—— はるきの足は、そこで止まった。
(……なんでだよ。俺が知らない“会話”をしてる。 俺には見せない表情。俺じゃない誰かが、彼女に触れてる)
はるきの指先がかすかに震えた。 そんな自分をなだめるように、ため息をついて席へ戻る。 でも、それからの時間は何も手につかなかった。
すずが声をかけてくれても、上の空だった。 「疲れてるだけ」と笑ってごまかしたけど、胸の中は重かった。
夜。ひとり部屋で、スマホを手にとる。 りいなのトーク画面を開く。最後に送ったメッセージは、既読もつかないまま、ぽつりと残っていた。
(……俺の知らない場所で、誰かに泣き顔を見せてたってことか)
そこには、嫉妬より先に焦りがあった。 りいなが「弱さを見せる場所」を、自分じゃない誰かに開いてしまった——その事実が、 はるきの中の“優位な位置”を静かに崩していく。
(りいなは、俺の中で当たり前だった。いてくれるって、信じてた。 でも……もしかして、もうそうじゃないのか)
記憶の中のりいなが、かいの腕の中で小さく揺れているような錯覚が浮かぶ。 それを振り払おうとしても、目を閉じたらまた浮かぶ。
(俺じゃなきゃ、ダメだと思ってた。 でも……違ったのかもしれない)
はるきはその夜、何度もスマホを閉じては開いた。 メッセージを送るべきかどうか、何を送ればいいのか、わからなかった。
ただ、りいなに触れられている“誰かの手”の存在が、 言葉よりも強く、はるきの心を締めつけていた。
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