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着信音はしつこく鳴り続けていた。
けれど蓮は一度も視線をそらさなかった。
まるで、莉子を逃がさないように。
「……本当に、出なくていいの?」
莉子が小さく言うと、蓮は短く答えた。
「いい。今は君のほうが大事」
その一言で胸がぎゅっと痛む。
こんなふうに誰かに向けられる優先順位なんて、知らなかった。
蓮はゆっくり立ち上がり、携帯をテーブルに伏せて着信を切った。
その仕草すら落ち着いているのに、どこか焦りが滲んでいる。
そしてまた、莉子のほうへ歩いてくる。
一歩。
また一歩。
距離が縮まるほど、鼓動が速くなる。
「さっきの……続き、しよう」
柔らかいけれど逃げ道のない声。
蓮がソファの前にしゃがみ、莉子と目線を合わせる。
「……緊張してる?」
「……してるよ……蓮くんが、近いから」
素直に言えば、蓮の目がわずかに細くなる。
それは怒っているわけじゃなくて、むしろ逆。
どこか嬉しそうに、喉の奥で低く笑った。
「そう。……俺も緊張してる」
そう言うと、蓮は片方の手で莉子の頬をそっと包み込んだ。
もう片方の手は、彼女の肩に触れる。
ほんの少し力が入っていて、感情を抑え込んでいるのが分かる。
「莉子」
名前を呼ばれた瞬間、全身が熱くなる。
「俺……君を見るといつも、落ち着かなくなる」
「……え?」
「初めて傘に入れた日も。
教室で君が笑ってた日も。
体育館で抱きとめたときも……全部」
蓮の声は静かで、どこか震えていた。
「……ずっと、触れたいって思ってた」
告白よりもずっと重い言葉。
胸の奥までゆっくり沈んでいく。
莉子はもう、何も言えなかった。
ただ、蓮の目を見つめるしかできない。
蓮はふ、と息を漏らし、
莉子の耳の横に額を寄せるように近づいた。
「……怖がらせたくないけど、正直に言う」
その声は、甘くて、熱くて、静かで。
「君のこと、誰より欲しいって思ってる」
胸の奥が跳ねた。
呼吸が不規則になる。
頭の中が真っ白になる。
「蓮……くん……」
呼び返す声が震えたとき、蓮は頬に触れた手でそっと指を滑らせた。
その動きがくすぐったくて、甘くて、心の奥を撫でる。
「逃げないよな」
「……逃げない」
その返事を聞いた瞬間、蓮の目がわずかに揺れた。
嬉しさと、安堵と、抑えきれない感情が混ざったように。
「……名前、呼んで」
蓮自身がそう言った。
低く、囁くように。
「蓮くん……」
呼ぶたび、蓮の呼吸が深くなる。
莉子の手をそっと取って、自分の胸元へ導く。
速い鼓動が、指先に伝わる。
「……聞こえる?」
「うん……」
「ずっとこうだった。君といると」
蓮はもう、隠そうともしない。
莉子の肩に腕を回し、そっと抱き寄せた。
「近くにいてほしい。……これからも」
耳元に落ちる声があたたかくて、涙がにじんだ。
「……私も……蓮くんがいい」
そう言った瞬間、蓮の腕の力がわずかに強くなる。
胸の奥で、彼の鼓動が跳ねた。
「……嬉しい」
その声は、初めて聞くほど優しかった。
蓮はゆっくり離れて、改めて莉子の顔を見つめる。
指で頬をそっと撫で、髪を耳にかけ、
まるで何かを確かめるように。
「……ほんとに、可愛い」
その一言で、また心臓が熱くなる。
蓮は莉子の手を握り、指先を絡めるように重ねた。
「嫌なこともしない。
急がない。
だから……ちゃんと傍にいて」
「……うん」
互いの手が、離れずに重なり続ける。
鼓動は止まらないまま、しかし不思議なほど安心していた。
雨の日の傘から始まった距離は、もう戻れない。
でも、それでいい。
蓮は一度、そっと額を寄せた。
触れた瞬間、静かに目を閉じて言う。
「……これから、よろしく」
「うん……」
手も、心も、もう離れる気がしなかった。
こうして——
莉子と蓮の関係は、静かに、でも確かに結ばれた。