「ファーガルドに魔物の群れがいた!」
冒険者の男の声で、賑やかだったギルド内は静まり返る。
「魔物だと? 何の魔物だ、ダークウルフか?」
そんな中、1人の冒険者が男に問い掛けた。
「そんなんじゃない! 森の浅いところにオーガだっていたんだ!」
男は息を整えながら質問に答えると、静かだったギルド内のあちらこちらでどよめきが起こり、一気に喧騒に包まれた。
すると私の隣にいたミーシャさんが建物内に入っていくので、私もその後に続く。
ギルドの中に入ったミーシャさんは男の隣まで歩いていくと大きく息を吸い込んだ。
「みんな落ち着きなさい! 冒険者だったら、こんなことで狼狽えないの!」
ミーシャさんの声がギルド内に響き渡ると、冒険者たちは次第に落ち着きを取り戻し始める。
それを確認したミーシャさんは「職員の誰か、ギルドマスターを呼んできてちょうだい」と言った。
ギルドマスターがカウンター裏の扉から出てきたことを確認すると、ミーシャさんは隣の男に顔を向ける。
「それで、ファーガルドで何があったのか最初から詳しく話してもらえる?」
「ミーシャさん……ああ」
男が語った話をまとめると、男とその仲間の冒険者のパーティは朝からファーガルド大森林の調査依頼を受けており、複数のパーティで手分けして別々の方向から森林内を調査したらしい。
そして男のパーティはある程度森林内を進んだところでダークウルフの群れと遭遇し、これと交戦した。
だがダークウルフの数を減らしてそのまま殲滅できるかという時、森の奥から更なるダークウルフの大群が現れたため形勢不利を悟り、殲滅から撤退に切り替えたらしい。
なんとか無事に森から出て調査隊との合流地点に向かうと、既に別の方向から調査していたパーティがいくつか集まっており、報告しあうと少なくともコボルドとゴブリン、ダークウルフの群れが確認されていた。
それらは森林の浅い場所では珍しくなかったため、数は多いがまだ慌てるほどではないという判断をしていたようだ。
だがその後、負傷して息を切らせながらも合流地点に駆け込んできたパーティの報告で調査隊は度肝を抜かれることになる。
そのパーティは森で数体のオーガと出会ったというのだ。
オーガは単体で冒険者ランクCに相当する魔物だそうで、それが森林の浅いところにいるのはおかしく、通常ならば比較的深い場所にいる魔物らしい。
そのため足の速い一人をギルドへ報告に向かわせ、残ったメンバーで森を見張ることに決まって今に至ると。
「そう、オーガね。……ギルドマスター」
「ああ、分かっている。あの時と同じだな」
静かに男の話を聞いていたミーシャさんとギルドマスターが互いの認識を確認し合うかのように頷き合う。
……二人だけで納得しないで、どういうことか説明してほしいものだ。
「あの時、ですか?」
「そう。オーガが森の浅いところまで出てくるのは少し前に起こった異変の前兆と同じなのよ」
どうやらあの時というのは、1週間ほど前に起こったファーガルド大森林から住処を失った魔物が出てきてしまった時のことらしい。
「もう二度と同じ失敗はせん。明日の朝、ファーガルド大森林の魔物を討伐する。ナザリガルドの冒険者ギルドと詰所の騎士たちにも協力するように早馬を出せ。冒険者共は3時間後にギルドに集まってくれ、ここにいない者やダンジョンに潜っている冒険者も捕まえておくんだ」
ギルドマスターの一声でギルド内の人が動き始める。
受付嬢数人は慌てて受付裏の扉に入っていき、冒険者たちは近くの人と話し始めたり、ギルドを出て行ったりと思い思いに行動し、ギルド内は一気に元の騒がしさを取り戻す。
「何が始まるんですか?」
「ある意味、冒険者にとってはお祭りね」
「はぁ……」
3時間後、私はミーシャさんが言っていることを真に理解することになる。
◇
ミーシャさんと宿の前で別れた私は夕食を済ませて部屋で休憩した後、まだ集合時間には早いが冒険者ギルドに向かうことにした。
時間まで適当に座って待っておこうと思っていたのだが、ギルドの扉を開けた瞬間に視界へと飛び込んできた光景に驚愕する。
――人、人、人と建物内が人で溢れかえっていて、それぞれが思い思いに騒いでいるため非常に喧しい。
酒盛りを始めている人もいて酒気を帯びた熱気に酔いそうになるなど、耳と鼻どちらを押さえればいいのか分からなくなっていた。
「ちょいちょい」
私が一度出て行こうか悩んでいると不意に後ろから肩を叩かれる。
振り返るとそこには私よりも少し小さい、亜麻色の三つ編みを一本肩から垂らした碧眼の女の子が立っていた。
「うわぁ、本物のスライムだぁ……」
「……えっと」
「あ、違うや違うや」
私が振り向くや否や、目をキラキラさせながらコウカに釘付けになる女の子に困惑していると、彼女はハッとかぶりを振って説明を始めた。
「あなたが何だか困ってるみたいだったから声を掛けたの。ここってお酒臭いし、めちゃめちゃうるさいでしょ。あっちのほうに少しマシな席があって、仲間と座ってるから一緒にどうかなって誘いに来たの」
どうやら私が困っているのを見て、親切で声を掛けてくれたらしい。
体を左右に揺らしながらニコニコとした表情で話し、その内容を体いっぱいで表現しようとするなど何というか忙しない子だ。
「それで、どうかなどうかな?」
「うん、それじゃあお願いするね」
この場所にとどまるのも辛く、断る理由もなかったので女の子の誘いを快諾すると、彼女は「よし、行こ行こ」と私の腕を引きながら歩き始める。
冒険者たちの間を縫うように歩いて騒ぎの中心から外れると、1つのテーブルに私よりも1、2歳上くらいの少女と青年が並んで座っていた。
そして少女のほうはこちらに手を振ってくれているようだった。
私の手を引く女の子はまっすぐにそのテーブルへ向かうと椅子を1つ引いて、笑顔のままこちらに振り返る。
「ささ、座って座って!」
「ありがとう」
女の子にお礼を言いながら引いてくれた席に座ると、女の子も私の隣の席にサッと移動し座った。
「うっわ……ホントにスライムじゃん……」
対面に座る、先ほど手を振っていた少女がボソッと呟いたかと思うとすぐに表情を取り繕いながら口を開く。
「やあ初めまして、僕はアルマ。それでさっき君を呼びに行ったのが妹のカリーノだよ」
「カリーノだよ~よろしくね~」
なるほど。この2人――アルマとカリーノは姉妹らしい。
確かに2人の髪と目の色は同じだし、纏う雰囲気もどこか近いものを感じる。
それじゃあアルマの隣に座る黒髪に榛色の目をした青年は誰だろうと疑問に思いながら目を向けると、アルマが説明してくれた。
「こっちのはヴァレリアン。僕とカリーノの幼馴染なんだ。無口だけど、まあ悪いヤツじゃない」
「……よろしく」
確かに無口で愛想笑いもしないような人だけど、こちらを悪く思っているわけではなさそうだから純粋に感情表現が苦手なだけだろう。
3人がそれぞれ挨拶をしてくれたので私も自己紹介をすることにしよう。
「私はユウヒっていいます。さっきはありがとう、本当に困っていたから助かったよ」
「ははっ、ここの冒険者たちには困ったものだよねぇ。話はまだこれからだってのに、もうお祭り気分だ」
先ほどの光景を思い出して苦笑していると、同調したアルマも愚痴をこぼす。
ミーシャさんもこれから始まるのはお祭りだって言っていたけど、確かにこの騒ぎを見ると頷ける。
ギルドマスターはファーガルド大森林の魔物を討伐すると言っていたがこんな雰囲気で果たして大丈夫なのだろうか、などと考えているとふと隣の席から強烈な視線を感じた。
私が目線だけで視線の元を辿ると、どこかソワソワしたカリーノがコウカを食い入るように見ていた。瞬きせず、コウカに穴が開いてしまうのではないかというほどの圧で見つめているので結構怖い。
「ねね、触ってもいい? いいかな?」
「えっ!? えーっと、どうかなコウカ?」
そんな感じで急に話しかけられたものだから驚いて、つい大きな声を出してしまった。
その恥ずかしさを誤魔化すようにコウカに尋ねてみると、とても渋りながらも何とか了承してくれたみたいだ。この圧に長時間耐えられそうもなかったので、正直ホッとした。
――ありがとう、そしてごめんコウカ。
私はコウカをカリーノの前のテーブルに乗せた。せめて、優しくしてもらえるようにお願いしよう。
「コウカも良いってさ。でも、できるだけ優しく触ってあげてね」
「うん! それじゃあ、そーっとそーっと……うわぁぁすごい! すご~い! モチモチだぁ!」
コウカに触れた瞬間、表情を蕩けさせたカリーノはまるで壊れ物を扱うように優しい手つきで撫で始める。
そんなに心配する必要もなかったようだ。
――それにしても本当に幸せそうな表情で撫でるなぁ。反対にコウカは少し嫌そうだけど。
私がぼーっとしながらその光景を眺めているとテーブルの向かい側に座るアルマが「カリーノはさ――」と言葉を紡ぎはじめる。
「スライムを連れた新人冒険者が現れたって噂を聞いて、すごく会いたがっていたんだよ。……まあ、僕は信じていなかったんだけど」
「カリーノってスライムに興味があるの?」
「いや、知らないものや珍しいもの全般さ。好奇心旺盛なんだ」
無邪気に喜ぶカリーノに優しげな目を向けながら、アルマはこれまでもその好奇心旺盛さで何度も振り回されてきたという話をしてくれた。
気付くとヴァレリアンまでもが、その顔に微笑を浮かべながら静かに話を聞いている。
――姉妹、か。
「カリーノ、そろそろやめておきなよ。スライムちゃんも不満そうだ」
エスカレートしていくスキンシップに段々と不機嫌になっていくコウカを見兼ねたのか、アルマがカリーノに止めるように促した。
どうやらコウカは先ほどから助けてほしそうに私に視線を送っていたようだ。
――ごめんねコウカ、気付いていなかった。
それにしても、私が気付けていないのにコウカが不機嫌なことを雰囲気で読み取ったアルマには感心する。
「ごめ~ん、お姉ちゃん」
「まったくもう、やりすぎないように注意しなさいっていつも言ってるじゃないか。それに謝る相手は僕じゃないだろう?」
「あ、そかそか。スライムさんごめんね、やりすぎちゃった」
えへへ、と頭を掻きながらカリーノはコウカに謝る。
相変わらずコウカは不機嫌だけど、これ以上機嫌が悪くなることはないだろう。
呆れたような目でカリーノを見つめるアルマだが、その表情はどこまでも優しかった。
――ああ、少し羨ましいな。
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