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六月の放課後は、ラムネみたいな匂いがする。
窓から吹き込む風に前髪を揺らしながら、私はシャーペンをくるくる回していた。黒板にはまだ消し残しの数式。教室には、部活に向かう足音と、笑い声と、__彼。
「今日、一緒に帰る?」
何気ない一言。なのに心臓は、短距離走のゴール直前みたいにばくばくしている。
「べ、別にいいけど?」
素直になれないのは、きっと思春期のせいだ。そういうことにしておく。
彼は私の斜め前の席。朝は必ず眠そうで、数学はちょっと得意で、炭酸が飲めないくせにラムネ瓶を振り回すタイプ。つまり、ちょっとおばかで、やさしい。
駅までの道は、三駅ぶん歩くより短いのに、今日はやけに長い。
「そういえばさ、昨日のドラマ見た?」
「見た見た。あの告白シーン、ベタすぎない?」
「でもさ、ああいうの、ちょっと憧れない?」
不意打ち。
「な、なにそれ」
彼は笑う。夕陽が横顔をオレンジに染めて、ずるいくらいきれいだ。
「好きな人にさ、ちゃんと好きって言えるの、すごくない?」
胸がきゅっとなる。
好きな人。
__目の前にいるよ、ばか。
言えるわけない。言ったら終わるかもしれない。今みたいに、隣で笑えなくなるかもしれない。
改札が近づく。三駅のうち、もう二駅ぶんは過ぎた気分だ。
「ねえ」
彼が立ち止まる。
「もしさ」
鼓動がうるさい。周りの音が、遠くなる。
「俺が好きって言ったら、どうする?」
世界が一瞬、静止した。
「……誰に?」
自分でも驚くくらい、かすれた声。
彼は少しだけ真剣な顔をして、それから照れくさそうに笑った。
「目の前にいる人」
風が吹く。制服のスカートが揺れる。夕陽が、まぶしい。
三駅目。
逃げ道は、もうない。
「……ばか」
「それ、どういう意味?」
「そのままの意味」
一歩、近づく。
「私も、好き」
言えた。言ってしまった。
次の瞬間、彼は子どもみたいに顔を赤くして、でも嬉しそうに笑った。
「やっと言った」
「は?」
「ずっと待ってた」
胸の奥で、なにかが弾ける。ラムネのビー玉みたいに、ぱちん、と。
電車の音が近づく。ドアが開く。新しい世界みたいに。
「これからさ」
彼が言う。
「毎日、一緒に帰ろ」
「……考えとく」
強がりながらも、頬はゆるむ。
青春はきっと、特別なことじゃない。
放課後の匂いとか、夕陽とか、三駅ぶんの勇気とか。
そういう小さな瞬間の積み重ねだ。
電車に揺られながら、窓に映る自分の顔を見る。
__ちゃんと、笑ってる。
好きって、言うまであと三駅。
でも今日からは、
好きでいられる毎日が、ずっと続く。 💗