◆一週間後。
その日、アラカはアリヤに筆談で頼みショッピングモールに来ていた。
「……お嬢様、厳しかったらいつでも言ってくださいね」
「……」(こくり)
例え厳しくともアラカはここに来たかった…
外が怖いという認識を壊す必要があったのだろう。
「お嬢様、付き添いは必要ですか」
「……」
アラカはスマホのメモアプリを開いて見せる。
『必要ないよ。ここから先は僕一人で構わない』
「了解しました、何か必要なことがありましたら連絡を」
そう言って下がるアリヤ。過干渉をせず、本当に僅かな干渉しかしない。
それはアラカからしたらかなりマシな印象であった。
人間不信を拗らせきってるアラカからしたら、側にいるだけで不安な気持ちになる。
ショッピングモールに入ると、空気は一気にガラリと変わったのを二人は気付いた。
「それでさ……ぁ……」
「あ? なんだ……」
アラカを見て、気まづそうに俯く通行人。
アラカの身体は幼く、庇護欲を掻き立てる存在であるほどに傷付けたという事実が胸を抉るのだ。
「……なあ」
「……ああ…。わか、ってる……」
「ここ来たら、しっかり、謝ろう……昔から彼は優し……」
と、途中まで言いかけてから……はっと、気付いた様子で、俯いた。
「……優しい青年、だったんだよ……」
それが今では、あんな風に何も喋れなくなっている。
ーー誰が、そんなことをしたのか。全員がしっかりと自覚できていた。
「……みえない」
アラカはポツリと、そんなことを呟いた。
不快。アラカの脳にじわりと痛みが広がる。
そして目を開くとやはり案の定、アラカの目には真っ黒な人のような形の存在が写っていた。
「…………」
ーー何も見えない。
アラカにはどのお店も、どの人も、店員も、一部の商品でさえ瞳には真っ黒な何かにしか見えなかった。
「……………」
ただその代わり、殺意が湧かない。
きっとこれはアラカの脳が自己防衛をするために起こした現象だろう。視界に入れれば不快感を覚えるけれど、そこまでひどく無い。
「(見えるのは……数人。
荷物からして、観光客)」
アラカの視界にまだマトモに映る人間を見るも、それは町の外からの人間だけだった。
「(ショッピングモール……。
昔、何かあったか、n)」
ーーーーお前、人を強姦した癖に何平気で彷徨いてんの? はははははは、死ねよ
ーーーーうちで入った改造スタンガンの実験させてくれよ、な? おい!!
ーーーーお前聞いたよ、なんでもお前の元部屋、やり部屋になってんだって? 今夜俺らも使う予定なんだ〜ww
アラカは息が出来なくなり、嗚咽を漏らしながら涙を溢れさせた。
「…ぁ…・ぅ、ぁ……はx、…」
膝を着き、首を絞める。
苦しくて、苦しくて、吐きそうになるアラカの様子に周囲も注目するも近付いたりは決してしない。いいや。しても大丈夫なのか分からないのだ。
「なあ、助けろよ……」
「そ、うだ、な……」
そんな声が聞こえて、一人の男性が近くの店から借りた毛布を持って近付くが。
「ひっ……!」
心底、心の底から怯えた表情をされた。
涙が溢れて、瞳孔が恐怖一色に染まり、それが彼らに降り注ぐ。
ーー自分達の罪が、棘となって胸をぐちゃぐちゃに壊す感覚に襲われる。
じわ……
「なあ、あれ……なんで、血が、滲みでて」
「わから、ん……」
周囲がまた困惑する。アラカの身体から、正確には身に纏う服が真っ赤な血の色で染まっているのだ。
良く見ればアラカは首に包帯を巻いており、そこから血が滲んでいた。
「あ……ご、ごめん……なさい」
そしてアラカの絞り出すような声で、綴られるのは謝罪だった。
消え入りそうな声で、泣きそうな声で。必死に声を殺しながら腕で頭を守るようにして。
「ごめんなさい、ごめんなさい…ごめんなさい…ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
ーーーーアラカにとって周りが敵にしか見えていないと、誰が見ても明らかだった。
周囲の人間は誰もが思った、謝るのは自分の方なのにどうして、と。
「……ぁ、ち、が」
そこで初めて、男は動いた。毛布を床に置いてから
「ご、ごめん……ここに、毛布、置いとくから」
そんな罪悪感で潰れそうな声で、そう告げて去った。
誰も幸せにならねえなこの構図。
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