廊下を歩きながら、りなはずっと黙ったままだった。
涙をこらえたあとの赤い目が、まだ少し痛々しい。
そんなりなの横を歩く澪は、珍しく眉を寄せたまま前を向いていた。
「……ごめんね。澪に迷惑かけた」
りなが小さく言うと、
「迷惑じゃない」
澪は立ち止まって、まっすぐ顔を向けて言った。
「りなが泣くほうが、私が嫌」
りなは思わず息をのむ。
澪は普段、こんなふうに感情を表に出す子じゃない。
なのに、今日だけは違っていた。
「……りなを傷つけるやつ、許さない」
涼しい声の中に、確かな怒気が混ざっていた。
胸の奥がぎゅっと熱くなる。
「澪……そんな怒らなくてもいいよ。あたし、平気だから」
「平気じゃない」
きっぱり言い切る澪。
「さっき、泣いてた」
その一言に、りなの心が震えた。
(見られてたんだ……)
恥ずかしさよりも先に、
あぁ、この子はほんとに私のこと見てくれてるんだ
という気持ちが湧き上がる。
澪は、りなの手首をそっと握った。
キュッ、と優しい力。
「りな。私がいるから」
耳まで熱くなる。
「……もう、なんなの。そんなこと言われたら……好きになっちゃうじゃん」
言ったあとで、りなは口を押さえた。
無意識に出てしまった。
澪の目がほんの少し、大きく開いた。
「……なっていい」
小さく小さく、けれど確かに。
りなの胸が跳ねた。
(やば……ほんとに好き……)
二人の距離が静かに縮まっていく。
そのとき——
「……あれ? アイツら、まだ図書室にいるっぽいよ」
別のクラスの女子たちの会話が耳に入る。
りなの体がピクリと強張った。
いじめてきた、あのグループ。
澪は、りなの手を握り直す。
「りな。逃げないでいい」
その優しさは、強さの形をしていた。
りなは深く息を吸って、うなずく。
「……澪がいるなら、大丈夫」
廊下の光が二人の影を重ねて、伸ばしていく。
新しい何かが動き出す瞬間だった。
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