翌日の朝。
教室のドアを開けた瞬間、りなの足は本能的に止まった。
――視線。
いじめてきた三人組が、りなを見た瞬間ひそひそ笑ったのが分かる。
(また来た……)
喉が少しだけきゅっと詰まった。
でも昨日とは違う。
だって——
「りな」
後ろから、澪がそっと背中に触れた。
それだけで心臓のバクバクが落ち着いていく。
「だいじょうぶ。私もいる」
その一言で、りなは深く息を吸った。
「……うん」
2人で席に向かうと、いじめっ子の中心にいる美咲が
わざと聞こえるように言った。
「え、なに今日。仲良しアピール?」
周りの女子たちがクスクス笑う。
つい昨日までのりななら、
その笑いに押しつぶされて、俯いていた。
でも今日は違う。
りなはまっすぐ顔を上げた。
「……澪と仲良いの、悪い?」
美咲の眉がピクッと動く。
「は? 急に何その口のきき方」
りなの胸はまだ少し震えていたけれど、
澪が隣にいるだけで、その震えが“勇気”に変わっていく。
澪がゆっくり前に出た。
「りなに、もう関わらないで」
いつもの無表情。だけど、
そこに隠し切れない“怒り”が滲んでいた。
美咲は笑うように息を吐いた。
「はぁ? あんた何様? 陰キャが調子乗ってんじゃ——」
バンッ!
澪が美咲の机に手を置いた。
静かな教室の空気が一瞬で変わる。
澪の声は低く、でも揺れなかった。
「りな泣かせたら、許さない」
美咲は言葉を失って固まる。
クラス全体が静まり返った。
りなの胸は熱くなって、
怖さよりも嬉しさが勝っていた。
(澪……私のために、ここまで……)
美咲は悔しそうに唇を噛んだ。
「……別に、泣かせてないし」
「泣いてた」
澪は一歩も引かない。
「りなが、泣いてた」
小さな声だけど、重かった。
美咲は完全に押されて顔をそむけた。
周りももう笑っていない。
少しの沈黙のあと、美咲は椅子を乱暴に引いて立ち上がった。
「……関わんないわ。好きにしなよ」
そう吐き捨てて、後ろの席へ移動する。
その瞬間、
(……終わった)
りなの全身から力が抜けた。
澪がそっと手を握る。
「がんばったね、りな」
涙がこぼれそうになる。
「ん……澪のおかげだよ……」
「ううん。りな自身で立ってた」
その言葉で、りなはほんとうに泣きそうになった。
(あたし、変われたんだ……)
澪と並んで席に座ると、
昨日までの教室とはまったく違う景色に見えた。
“もう、いじめられていた頃の私じゃない。”
そう強く思えた。
そして——
机の下で、そっと触れた澪の指先が
昨日より少し長く、りなの手を握っていた。