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ファミレスで頼んだものをそれぞれ平らげ、食後のデザートを待っていた。
いつもなら注文したものを訊ねてから、目の前に置いていくウエイトレスが、週末のお昼時の忙しさで、それをせずに置いていった。
「見た目で判断されると、やっぱこうなるよな」
宮本になってる自分の前には、大きなチョコレートパフェがででんと置かれた。
「陽さんの姿でデザートを食べるのは、大変そうですね」
橋本の姿になってる宮本が、苦笑いしながらエスプレッソが入った小さなカップとチョコレートパフェを、手早く入れ替える。
「それを食べる俺が、見るからに似合わないからな。しょうがないだろ」
パフェ用の長いスプーンを使って、チョコソースがふんだんに塗されている、甘ったるそうなソフトクリームを掬う自分の姿を目の当たりにし、うへぇという表情を浮かべた。
中身が宮本とわかっているから、何とか直視することができるが、ほっぺが落ちます的な、幸せな感情を露にする自分は正直なところ、似合わないを通り越して、別な人間になっていると思われる。
「陽さんが俺の中に入っていると、何ていうか格好良く見えます。表情だけじゃなく、言うことがいちいち格好いいんです」
「は? 自画自賛かよ」
にんまりした宮本を見ながら、ずびびとエスプレッソを口にする。
程よい苦みが舌の上に染み込んでいくと共に、鼻腔を通してコーヒーの香りを楽しむことができた。いつもより苦みを堪能することができるのは、宮本の舌だからだろうか。
「……美味い」
ぽつりと呟いた橋本の言葉を聞いて、宮本がスプーンを口に咥えたまま、テーブルをバンバン叩いた。小さな子どもがしそうなその態度に、思いっきりドン引きするしかない。
「雅輝、店のものを壊すなよ。どうした、そんなに興奮して。あと俺の姿で、変な行動をしないでくれ。二度と店に来られなくなる」
さりげなく注意を促したというのに、宮本は興奮を抑えきれないのか、く~~~っなんていう奇声を発した。
「これが、騒がずにはいられようか。陽さんの舌で堪能するソフトクリームの甘さが、いつもよりあまぁく感じるんですよ。躰の中にじわじわと染み込む」
「普段は、口にしないからだろうな。俺も同じことを感じていた」
「俺の顔なのに、エスプレッソカップが様になってる。2割増しでイケメンになってます!」
長いスプーン片手に熱く語られても、自分で宮本の顔を見ることができないので同調できない。
「残念ながら俺は、イケメン度がだだ下がりしてる。知り合いがこの姿を見たら、目を逸らして見なかったことにするくらい、酷い顔をしてるぞ」
同じタイミングで、2人そろって吹き出した。笑いを抑えようとしても、どうにも可笑しくて、お腹を抱えながらクスクス笑い合った。
(夢の中なのに不思議だ。匂いだけじゃなく、味覚まではっきりとわかるなんて。雅輝と味覚の違いをこうして分かち合えることも、いいものだな――)
そんなことを考えつつ、エスプレッソカップをソーサーの上に置き、咳払いをしてから宮本に話しかけた。
「ちょうどいい機会だから、春物の服を見に行こうぜ。自分を見ながら洋服を試着するなんて、普段はできないことだろ」
「確かに! いいことに気がつきましたね、陽さん」
「会話はいつも通りなのに、見た目が入れ替わってるから、何だか変な気分だな」
「そうそう。入れ替わってみて、あれって思ったことがあったんですけど」
「なんだよ?」
喋りながらも、器用にデザートを食していく宮本。口の端にチョコソースがついているのは、最後に指摘してやろうと心に留める。
「陽さんってばイケメンなのに、すれ違う人が振り返ったり、遠くから熱視線を飛ばされたりしないんだなぁって」
「俺レベルで、そんなことするヤツいねぇよ。恭介レベルまで引き上げなきゃ、そんな事態にならないから」
「そうなんだ、みんな見る目がないんだな」
「そんなこと言って褒めてくれるのは、雅輝くらいしかいないさ。ありがとな」
30過ぎのいい歳した自分なんて、そこら辺に転がってる石や雑草と大差ないのに。なんて考えながらちょっとだけ俯いた。
(頬が熱い。きっと赤くなってるに違いない。宮本の顔でこんなことになっていたら、間違いなく――)
「陽さんってば赤くなっちゃって。可愛いんだから!」
「言うと思った、やっぱり言いやがった。おまえ、自分の赤ら顔を見て、よくもまぁ可愛いなんて言えるな」
ぷいっとそっぽを向いてふて腐れた橋本の頬を、宮本は手を伸ばしてツンツン突っつく。
「自分の顔だけど中身は陽さんですから、やっぱり可愛く見えちゃうんです。でも本音を言ったら、ちょっとだけキモい」
「だろう、そう思うだろ。俺の目に映る自分のデレた顔も、すっげぇ気持ち悪い」
同調した宮本の言葉で顔をもとの向きに変え、語気を強めて気持ち悪いを連呼した。
「でもね、陽さん」
「ぅん?」
「陽さんが見てるその顔は、きっと俺の好きな顔です」
「なっ!? ちょっと待て。だらしなく目尻を下げて、ニヤけてるっていうのかよ」
そう指摘すると宮本は目尻を指差し、えへへと笑う。普段はしないその笑い方に、ぞっと悪寒が走ったのは内緒だったりする。
「ここにできる笑い皺が、さらに可愛らしさを強調してるんです」
「へー……」
テーブルに置かれたチョコレートパフェがなくなっても、熱心に橋本について語る宮本の話を遮ることはできなかった。
宮本がどんなことを思っているのかを、余すことなく喋る姿を通して、自分の顔を見ていた。
(相変わらず萌えポイントはわからないが、こんな俺を一途に愛してくれることはわかる――)
デレまくる目の前の自分の顔は見たくなかったが、微笑みながら話に耳を傾けたのだった。
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