桜子と銀次郎が再会した3年後
―大阪 ミナミ―
あの夜から萬田くんとはそれっきり会う事はなかった。
“お前やったらええ男に出会える”
そう残した萬田くんの言葉
あいにく全く当たっていない。
夜の世界で働いていると生々しい男女のいざこざや闇を目の当たりにする事が多く、誰かを心から好きになることが段々と出来なくなっていく。
それと同時に萬田くんへの思いは逆に増すばかり。
“ワシも心揺らいでたんやで…”
まだ萬田くんと一緒になる望みが残されてるかのような、あんな言葉を最後に残して去っていくなんてほんとに悪い人だなとつくづく思う。
あの日から萬田くんのことを忘れられずにいる。
萬田くんに見合うような強い女になりたくて、どうせなら足を突っ込んだこの夜の世界にとことんどっぷり浸かってこの道を極めてやろうと決心し、自分のお店を持ちたいと思うようになった。 そしてあれから必死に働きお金を溜め、今年、遂に自分のお店をオープンさせた。
もしかしたら…
何かの縁で萬田くんもこの店に来てくれるかもしれない。 そんな淡い期待を抱いて、毎日なんとか頑張っている。
「本間先生、今日もお越しいただいてありがとうございました。またお待ちしております。」
馴染みの客のお見送りに出た桜子。
「えー?ママぁ、今夜はこの後2人きりで付き合うてくれるって約束やったやろぉ?」
「え?そんな約束してましたぁ?先生今日はえらいお酒進んではったから、違うお店の子とした約束と勘違いしてるんと違います?」
「もーう! またそんなん言うて約束はぐらかすー。 ママこの前約束してたでぇ?俺しっかり覚えてるんやからぁ!」
「そない言われても今日はまだお店にお客様いらっしゃいますしぃ…。」
「そんな客ほっといたええんやぁ! 俺は大学の名誉教授やぞぉ?そんなしょうもない客とでは格が違うんや。 それに俺はお店のお得意様やないか。」
「先生!それはなんぼなんでも言い過ぎですよ!」
「なんやぁ!俺ここの店にいくら使うてると思とるんや?ちょっとくらい俺にサービスしてくれてもええんと違うか?今晩だけやねんから、そんな減るもんでもないし…な?」
ぐい…!
「ちょっと先生!」
相当悪酔いしてるのか教授は桜子の腕を強引に引っ張り出した。
「先生!痛いです!」
「今晩だけやないかぁー、夜の仕事してたらこんな事くらい慣れたもんやろ?別に一回くらいええやないか…」
「かっこ悪い遊び方すなおっさん」
ん?この声は…
聞き覚えのあるそのドスの効いた声の方へ振り返る。
「あぁ? なんやとぉ?誰に向かって口聞いて……」
「これはこれは先生、 えらい今日はご機嫌やなぁ。そやけど…わしのツレに手出したらそれなりに高うつくでえ、それでもええんでっか?」
そこにはあの特注のスーツのズボンのポケットに手を入れ、鋭い眼光で教授を睨みつける萬田くんが立っていた。
「あ…。萬田くん。」
「え?あ……ま、萬田はんでしたかぁ〜! は…ははは!こりゃ失敬!」
相手が萬田くんだと分かった途端、急に態度が変わった教授…顔見知り?
「夜の店で遊ぶんはあんたの勝手やけど、あんたも大人の男なんやったらもっと気前よう遊ばな、 終いに痛い目見まっせぇ。」
「ほんま!萬田はんの言うとおり!ちょっと今日は呑みすぎたかなぁ…。はは…ははは…。 ママ!えらい迷惑かけて申し訳なかったな…。ほな、わしはこれで帰らせてもらいますぅ。萬田はん!ほんますんませんでした…!」
「謝るような事、最初からしなはんな。 あ、また銭に困るような事があったらいつでも用立てまっせぇ」
「い、いやぁ!それだけはもうよろしいわ! ほな失礼っ!」
そう言ってさっきまで勢いはどこへやら…足早に去っていった教授。
贔屓にしてもらっているお客様とはいえ、もう二度とお店には来てもらいたくない…。
私が会いに来てもらいたいのは今目の前にいる…
「萬田くん…久しぶりやね。助かったわ、ありがとう!」
「おう米原、久しぶりやのう。」
「まさかこんなとこで会えるやなんて。」
「そやから言うたやろ、ミナミの街は狭いからまた会えるて。」
「ほんまに世間は狭いもんやね 笑。 悪い事できひんわ…。」
「ふっ…。あのおっさんわしのとこの昔の客なんや。 ああいう威張り散らす奴に限って人に知られたくない弱みぎょーさん持っとるもんや。」
「そうやったんや… でも馴染のお客様やから無下には出来ひんくて…。困ってたからほんまに助かったわ。 萬田くんありがとう。」
「ああいうややこしい客は銭絞れるだけ絞り取ってから願い下げたったらええんや。」
「えぇ…萬田くん相変わらず鬼みたいに厳しいね…。」
「鬼かて役に立つこともあるっちゅうもんや。」
「確かに…笑」
「まだ仕事中やろ。店はよ戻った方がええんと違うか?」
「うん、仕事中やけど…私、あれから頑張って働いて自分のお店開いてん。少しくらいやったら店は若い子らに任せてられるから大丈夫。」
「ほー、自分の店持ったんか。 そらええなぁ、また資金繰りに困ったらいつでも融通するで。」
「えぇ…悪いけど萬田くんとこからお金借りるのだけはごめんやわ…笑」
「へー、3年前”私に1000万貸せ”言うて喚いてたんはどこの誰やったかいのぅ?」
「ちょっと!あの時の事はもう終わったことやんか… 人に聞かれたらどうするんよ。」
「その頃に比べたら強なったんちゃうか?米原。」
「本当?そう見える?」
「ほんのちょっとだけな。」
「またそうやって意地悪な言い方するんやから!積もる話もあるしよかったらお店でゆっくりしていかへん?」
「ゆっくりしたいところやけどわしも仕事があるからな。」
「そっか、残念。しゃあないね…」
「まぁ安生気張って店、繁盛させろよ。ほな。」
そう言ってその場を立ち去ろうとする萬田くん。
正直、また会えなくなるのが辛くて仕方ない… あの孤独感がまた蘇ってしまった。
「 あ!萬田くん、ちょっと待って!」
咄嗟に私は萬田くんを引き留めた…
3年前と同じ事をしてしまっている自分が悲しい…。
「なんや?」
「あの…実はお金融通してくれるとこ探してるお客様がいて。 萬田くん一回その人の話だけでも聞いてあげてくれへん?」
「あぁ…それは別に構わへんけど。その客は今店におるんか? 」
「いや、今日はお店には来てないから… そのお客さんに一回直接話だけでも聞きに会いに行ってあげてくれへん?」
「まぁ…しゃあないな。米原からの紹介やったら特別に話聞きに行ったる。」
「ありがとう!お客さんに伝えとくわ!あ、ちょっと待ってて。」
………
………
「はい、これ!」
桜子はそのお客の連絡先と住所を書き、銀次郎に手渡した。
「……ここに話聞きに行ったらええんやな?」
「うん、また時間ある時でいいから。」
「わかった。いっぺんわしから連絡入れるってその客が来たら伝えといてくれ。ほな、わしはこれで失礼するで。」
「うん!萬田くん、ほんま色々ありがとうね。」
そして、萬田くんはミナミの街へ消えて行った。
でも…私はこの時嘘をついた
お金を融通してほしいお客さんなんて… 実はおらんかった。
ただ萬田くんと2人だけで会いたい…。その一心でまた嘘をついてしまった。
さっき教えたのは私の家の住所。
連絡先も私の番号だ。萬田くんに会うとどうしても自分の感情がコントロール出来なくなってしまう。
私は萬田くんじゃないとダメなんや、 どうしても…
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!