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ボクの名前は朔。都内にあるごく普通の高校に通っている。
……少なくとも、そういう“日常”を装って生きている。
でも、本当は“普通”なんかじゃない。
一昔前、ボクはある男に拾われた。
南雲さん―。
妙に軽い口調で、誰にでも笑っていて、でも……ときどき、底の見えない目をする人だ。
初めて会ったのは、雨の夜だった。
ぬかるんだ路地裏で蹲っていたボクを、彼は躊躇なく抱き上げた。
「なにしてんの、君。……こんなとこで死んじゃうよ?」
あのとき、助けてなんて頼んでない。
でも、彼は勝手に傘を差しだして、勝手に家に連れ帰って、勝手にボクの生活を変えていった。
「明日からここが君の部屋。何か言いたいことある?」
あったけど、言えなかった。
身体は冷えてたし、心はとっくに擦り切れてたから。
南雲さんの差し出す毛布が、あったかくて……なぜか、悔しくて。
それでも。
気づけばボクは彼と一緒に生きていた。
冷蔵庫の中に牛乳があること。
洗濯物が畳まれてること。
朝起きると、なにかしらのごはんが用意されてること。
―全部、南雲さんの手の中で起こる日常だった。
そして今、ボクは高校に通っている。
楽しいことは少ないし、他人に興味もない。
でも、ギターを弾く時間と、南雲さんの作る晩ご飯だけは、なんだか悪くないと思える。
……こんな生活が、いつまで続くかはわからないけど。
ボクの“普通”は、あの日から始まったんだ。
あの男に拾われた、あの雨の日から。