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藤白りいな…お転婆で学校のマドンナ。天然で、先輩や後輩など学校のほぼすべての人が名前を知ってる。
はるきと付き合ってる。海と仲が良いが、最近結構意識してる
天童はるき…ツンデレの神。りいなのことが大好きだが、軽く、好きなど言えない。嫉妬深い。
男子と仲のいいりいなが誰かにとられないかと心配してる。海に嫉妬中!
佐藤海(かい)…りいなのことが昔から好き。りいなと好きなど軽く言い合える仲。
結構チャラめ(?)デートなどはゲームだと思ってる
月下すず…美人だがなぜかモテない。はるきと海の幼馴染。りいなのことは好きだが、嫉妬中(?)
はるきと海のことが気になってるが、どちらかというとはるきのほうが好きらしい(?)
すずとはるき
お化け屋敷の出口近く、騒がしさの中で4人は自然と緩やかに分かれていた。 かいとりいなは談笑しながら屋台へ。 すずとはるきは目が合って、小さなうなずきでそれぞれ歩き出す。
「……ねえ、はるき。喉乾いた。」
「うん。俺も。飲み物取りに行こっか。」
すずは無言で隣にぴたっと寄って、腕を軽くつかむ。
「誘導、お願い。体力ない。」
「文化祭で数歩歩いただけで限界なの!?笑」 はるきは軽くツッコミを入れながら、それでも歩幅をすずに合わせてゆっくり進んだ。
ジュースを買って、裏庭のベンチに並ぶ。 人があまり来ない静かな場所。
すずはストローを吸いながら、ふと首をかしげる。
「さっきの、お化け屋敷……はるき、ちょっと拗ねてた?」
「……拗ねてないけど。背景感はまあ、否定しづらかった。」
すずは笑って、はるきのジュースに手を伸ばす。
「一口ちょうだい。」
「味一緒だけど?」
「それでもいいの。」
はるきは無言で差し出す。 すずは飲むふりだけして、ストローを眺めるだけ。
「甘いね。」
「ジュースが?」
「はるきが。」
ふいに言って、笑いもせず、黙ってベンチにもたれるすず。
はるきは少しだけ体を向けて、そっと声をかける。
「疲れた?」
すずは目を閉じて、ぽつり。
「うん。でもね。隣が“はるき”だったのは、ちょっと、正解だったかも。」
はるきは少し目を見開いたあと、ふざけた声色で言う。
「それ、俺にしがみつく準備の前ふり?」
「違うよ。でも、もし“私もびっくりしてた”って言ったら…しがみついてくれる?」
「俺が?」
「ううん。逆。」
沈黙。 風が吹いて、紙コップがカタッと鳴る。 すずはその音に目を向けながら、ぽそっと言った。
「わたし、甘えてもいい人って、いつも迷うの。」
「でも、“迷われたらちょっと嬉しい”って思う人もいるよ。」
はるきの声は、柔らかいけど、奥に本気が宿ってた。 すずはその言葉に、静かに笑って、
「じゃあ、今日だけは…ちょっと迷わずに、甘えてもいい?」
はるきは頷きながら、ベンチの間にあったカバンを片づける。
「隣、もうちょい近くしていいよ。」
すずはその言葉に、小さく身体を傾けて── 肩先をちょこんと、はるきの腕に預けた。
騒がしい文化祭の中で、そこだけ時間が止まったみたいだった。 遠くで誰かが花火の試し打ちをしてる音が聞こえる。
「…ねえ、次のステージって、何見に行く?」
「俺は君が選んだとこに行くよ。」
「じゃあ、“君”って言うの禁止ね。今日だけ。」
「すず様って呼べばいい?」
「うん、それ好き。」
そう言ってすずは笑った。 その笑顔は、お化け屋敷の中より、ずっとドキドキする威力を持ってた。
りいなと海
「……で、あれは事故だからね。完全に反射。」
りいなが言い訳みたいに笑う。 かいは隣でチョコバナナの列に並びながら、わざとらしく眉をひそめる。
「事故でも、人を選びがちだったな~。俺、選ばれて光栄だよ。」
「ふざけてると、もう一本買わされるよ?」
「それは逆に“抱きつき記念”でおごってもらえるやつじゃない?」
りいなはぷっと吹き出す。 その笑いが、ほんの少し“安心した証”のように感じられた。
チョコバナナを受け取って、校庭の端を歩く。 人混みから少し外れたその場所は、夕方の風が心地よかった。
かいは一口かじってから、ぽつり。
「あの鏡、見えた? りいなの“泣きそうな顔”。」
りいなは一瞬黙って、それからチョコバナナの端を少し噛む。
「…見えた。ちょっとびっくりした。 舞台の時の、心の中…映ってた気がして。」
「あれ、俺も見てたんだよ、実は。 泣きそうっていうか──言いきれない“ありがとう”が顔に出てた。」
沈黙。 夕陽が校舎の窓に反射して、二人の影が足元に延びていた。
「それ見て、なんか……ちゃんと、守んなきゃって思っちゃって。」
りいなは目を逸らす。 でもすぐに、ちょっとだけ甘えるように言った。
「…守るの、今日だけ?文化祭限定?」
「え、期間限定にする?“今なら腕にすがれます”みたいな。」
「それ、また誰かに嫉妬されるでしょ。」
かいはその言葉に目を細める。
「俺はさ。選ばれたいとか、背景になりたくないとか、あんま思ってないけど── りいなの“咄嗟の選択”に、ちょっと勝てた気がして嬉しかった。」
りいなはチョコバナナを見つめて、声を小さくする。
「私ね、瞬間に選んじゃう人って、 たぶん、もう少しで本当に好きになるかもって思ってる。」
その言葉にかいは、少しだけ黙る。 でも、すぐにふざけた声色で答える。
「じゃあ今度は、わざと俺が驚かす側になって、抱きつかせようかな。」
「やめて。そういうの、本気でドキッとする。」
ふたりの足音が揃って、笑い声が風に溶ける。 でも、かいの瞳は、チョコバナナの影に隠れたまま揺れていた。
りいな目線
理由をつけてその場を離れた。 小道具の確認、忘れ物の整理──誰もが納得する“孤独の言い訳”。
向かった先は旧倉庫。 そこにいたのは、劇中でも少し絡みのあった男子たちだった。
「ちょっとだけ、りいなちゃん。今日のこと……話したくて」
演劇後の空気にほだされたような笑顔。 でも、扉が閉まった瞬間──空気が変わる。
りいなは壁際で立ち止まっていた。 男子のひとりが、手を伸ばして肩に触れた瞬間──
「正直、あの役のりいな、めっちゃ良かった。惚れ直したっていうか」 「俺らの気持ちにちょっとは応えてよ。今日だけは、特別でしょ?」
顔が近づいてくる。 唇が触れそうな距離。 りいなの心臓は限界まで音を立てる。 「助けて」と思っても、声にならなかった。
そして──
扉が激しく開く音。
はるき目線
すずが言っていた。
「りいな、劇終わってすぐ男子たちとどこか行ってたよ。旧校舎の方かな?」
その瞬間、はるきの胸がざわめいた。 走り出した先の扉を開けると── そこにあったのは、あの距離だった。
男子の顔がりいなの唇すれすれにあって、 りいなは怯えていたのに、言葉が出ていなかった。
はるきは言葉より先に、男子を振り払った。
「お前、りいなになにしてんだよ!」 「文化祭終わったって、ふざけていいわけじゃねえぞ」
男子は笑う。
「は?なに嫉妬してんの?別にキスしてないし〜」
その軽さが、はるきを壊す。
「だったら──俺がする。お前に見せてやるよ」
はるきは、強くりいなを抱き寄せた。 唇を重ねた。 衝動だった。でも、心から出た“守りたい”の叫びだった。
男子が絶句する中、はるきの声が響く。
「これが、俺の全部。 これ以上りいなに近づいたら、絶対許さないからな」
りいな目線
驚き。衝撃。 でもその中に、りいなは“守られた”という実感を抱いた。
「唇の温度より先に、胸があたたかくなってた──」
涙がこぼれた。 はるきの腕の中で、ようやく震えが止まった。
「ありがとう……でも、はるき。信じてほしかった」 「あれは怖くて、言えなくて……ほんとは誰より、はるきに来てほしかったの」
はるきは小さく息を吐いて、額を彼女に寄せる。
「ごめん。信じたいのに、あの距離が俺を壊した。 でももう、俺がそばにいる。守る。隣は、絶対離さない」
倉庫の中。 舞台の拍手とは違う、ふたりだけの感情の余韻。 それは──誰より本物だった。
はるき目線
文化祭、終わった。 拍手も、衣装も、照明も、すべてが片づいて。 なのに、心だけはぐちゃぐちゃのまま。
「あの倉庫で、俺……なんでキスしたんだろうな。」
顔が近づいてるの見て、全部が真っ黒になって。 引き剥がして、怒鳴って、気づいたら抱き寄せてて。 あいつの唇、あったかかった。震えてた。 でも──
「あれ、ほんとに“俺の気持ち”だったのかな」 「……いや、違うかもしれない」 「本当は、抱きしめたかっただけなのかも。」
守るためのキス。男子への牽制。誤解の怒り。 そのぜんぶが混ざってて、 けどいちばんしたかったことは── りいなをぎゅっとして、“もう大丈夫”って言ってあげることだった気がする。
「あいつ、泣いてたよな。俺の胸元に顔伏せて」 「俺、強引すぎたかな……でも、他にできなかったんだよ」
溢れ出す嫉妬と不安を、あいつにぶつけてしまったのが悔しい。 でもキスしたあと、りいなが震えながら「ありがとう」って言ったんだ。 それが、せめてもの救いだった。
「……ほんと、好きなんだよ」 「ただ“好き”なだけじゃ足りなくて。 俺の隣にいてほしくて。誰にも触れてほしくなくて。 でも一番やりたかったのは、俺の腕で、ただあいつを包むことだった。」
帰り道の夜風が、胸を冷やす。 舞台は終わったのに、心の“演技”は、まだ終われそうにない。
りいな目線
文化祭の片付けも終わって、家に帰った後。 いつもより少し遅い夜、りいなはベランダに出た。 演劇の余韻と、倉庫での出来事──すべてが心に残って、眠れなかった。
空には満月。 あの日のステージと同じくらい、強い光。
りいなは静かに、夜風に髪を揺らしながら、空を見上げた。
「誰も見てないところで、涙が出るときって…… あの倉庫の壁みたいに、冷たい空気に包まれるんだね」
思い出す。 壁際の怖さ、動けなかった自分。 そして──はるきの声、腕、唇。
唇に触れた感触は、まだ少しだけ残っていた。 でも、それ以上に胸に強く残ってるのは──
「あの瞬間、守られたんだって思った。 無理やりじゃなくて、真っすぐな気持ちが届いた」
月の光が、舞台の照明みたいに、自分を照らしてくれる気がして りいなはそっと目を閉じた。
そして──ぽつりと呟く。
「……はるきの本気、ちゃんと届いたよ」 「あんなに強引なのに、わたし……安心してた」
心に残った傷もある。 でも、それ以上に抱きしめられた温度が“信じていい”って教えてくれる。
りいなは少しだけ笑って、夜空に向かって手を伸ばした。 満月が、まるで答えるように、静かに瞬いた。
「わたし……きっと、ほんとの隣を選べる気がする」
明日、はるきにちゃんと伝えよう。 あのキスじゃなくて、そのあとの“想い”が届いたって。
海目線
文化祭の夜。 演劇は拍手の中で幕を閉じて、みんなのSNSには笑顔の写真が溢れていた。 でも、海はその画面をひと通り見た後、そっとスマホを伏せてベランダに出た。
夜空は静かで、月がまるく光っていた。 文化祭の飾り付けに使った月形の照明よりずっと綺麗で──だけど、ちょっとだけ寂しく見えた。
「りいな、今日はよく笑ってた。演技も完璧だった」 「なのに……どこか、触れられないような気がした」
月を見上げながら、海はゆっくり息を吐いた。
「最近、距離がある気がする」 「目が合っても、心までは届いてないみたいで──… いや、俺が届かせようとしなくなってるのかもしれない」
演劇の終盤、りいなの目が少し潤んでいたのを思い出す。 拍手に包まれているのに、孤独みたいだった表情。 海はその一瞬に気づいた。でも、声をかけなかった。
「誰かがりいなの隣にいたのかな。今夜も」 「月は同じなのに、君は違う空を見てる気がする」
言葉にしない切なさが胸に残る。 そして──小さく呟いた。
「りいな、どこにいるの……今、誰の腕の中?」
月がやさしく輝いている。 でもその光は、ちょっと遠い。
海は手すりに手を添えて、空を見上げたまま、 胸にそっと小さな痛みを抱いた。
海とすず
文化祭の翌朝。 校舎の窓からは、昨日の飾りがまだ風に揺れていた。 余韻の中でみんなが浮き足立つ中、海は静かに階段の踊り場にいた。 手には、劇の台本。読み返しては、ふとため息をついた。
「“君の隣がほしかった”…か。セリフなのに、本音みたいだ」
そこへすずが現れる。 大きなクマのぬいぐるみを抱えながら、何気なく隣に立った。
「その台本、昨日の感情がまだ染みてるね」
海は軽く笑う。 でもその目は、昨日の月をまだ引きずっていた。
「なんか、距離ってすぐできるんだなって思った。 目の前にいるのに、触れちゃいけない気がしてさ」
すずはその言葉を聞いて、少し沈黙したあと── 静かに語りかける。
「知ってるよ、海。 あなたがほんとは触れたい人、ちゃんとわかってるから」
海がびくりと目を見開く。
「……え、俺──そんなわかりやすい?」 「いや、ていうか……誰のこと、言って──」
「りいなでしょ」
海は言葉を失った。 すずはぬいぐるみの頭をぽん、と撫でながら微笑んだ。
「文化祭の夜、りいなが演劇のとき泣きそうだったの、あなただけが気づいてた。 でも、それ以上は踏み込まなかった。 本当は、手を伸ばしたかったのに、怖くてできなかった。でしょ?」
「……俺、隣にいたいって思うだけじゃ届かないんだなって、最近よく思うよ」 「はるきの隣は、言葉じゃなくて行動だった。……俺は、月を見てるだけだった」
すずは少しだけ真剣な目を向ける。
「月を見てるだけじゃ、光は届かないよ。 でも、月を見て“あなたを想ってた”って伝えることなら、今からでもできるかも」
海は小さく頷いた。 そして、台本を閉じて──次に開くべき“本心のページ”を探し始めた。
はるきとりいな
教室の空気は、文化祭の熱がすこしだけ冷めて、静かになり始めていた。 片づけのあと、はるきとりいなは並んで歩いていたけれど── どこか“間”ができていた。
りいなの視線は、遠くのグラウンド。 はるきは、昨夜のキスがりいなにどう届いたか、まだ確かめられていない。
「昨日、俺……強すぎたかな」 「りいなは優しいから、何も言わないけど……本当は、戸惑ってるかもしれない」
そして、ふたりは教室の前で少し立ち止まる。 「またね」と小さく言ったその瞬間── はるきの手はポケットに残ったままだった。 りいなも、振り返らなかった。
海とりいな
りいなが昇降口へ向かう途中。 階段の踊り場で、海が立っていた。 制服の袖をまくったまま、窓の外の空を見ていた。
「……やっと見つけた」 声は静かだけど、確かな想いが滲んでいた。
りいなが立ち止まる。 海は少しだけ微笑んで、言った。
「あの月、昨日見たでしょ」 「俺も見てたよ。ずっと」
りいなの目が、ふと揺れる。
「はるきが隣にいたの、見えてた。けど……君の顔は、月みたいだった」 「綺麗なのに、ちょっとだけ遠い。 届かない位置で、泣いてた」
りいなは、言葉が出せなかった。 海はそれを責めない。 ただ、そっと言葉を置いていった。
「俺、あの月に“君のこと”を想った。 隣じゃなくても──遠くからでも、ちゃんと見てたよ」
その声は、昨日の月と同じくらい静かだった。 でも、確かに届いていた。
りいなは、海の目を見て、初めて少しだけ笑った。
夜、ベッドの上。 文化祭の写真をスクロールしながら、海はふと指を止めた。
それは──りいなが舞台の端で、誰にも見られていない瞬間に撮られた一枚。 ライトの陰で、少しだけ揺れた瞳。
その表情が、曲の中で何度も浮かんできた。
海はスマホのメモに書き溜めていた歌詞をギターでなぞりながら、録音アプリを立ち上げる。
「遠くにいたのは 怖くなかったから ただ君を 壊さない場所を 選んでただけ」
録音されたのは、わずか数十秒。 でもその声に、海自身の震えと願いが混じっていた。
LINEの添付には──
🎧音声ファイル「月の隣」
🖼文化祭写真・舞台の端のりいな
✉️短いメッセージ:
「昨日の月と、この瞬間を 曲にしてみた。答えはいらないよ でも、届いてほしいから、送った。」
「送信」──指先が離れる。 それは、まるで空に放つ手紙だった。
はるきとすず
はるきの「俺、一番見逃してたかも」という言葉に、すずはしばらく黙っていた。 窓の外の雲がゆっくりと赤く染まっていく。
「……はるきは、優しいのに 時々、誰にも届かないね」
はるきはその言葉に振り返り、すずの目を見る。
すずは一歩だけ、距離を詰める。
「ねえ、もし……わたしだったら りいなより、少し素直で、少しずるくても…… それでも、隣にいてもいいって、思ってくれる?」
その声は、冗談のように軽いのに、どこか震えていた。
はるきが答えを出す前に── すずはそっと、腕を広げ、彼の胸に飛び込もうとする。
でも──
はるきは、ほんの一瞬だけ身体を斜めにずらす。 すずの腕は、空を抱いた。
「……ごめん。 そういうの、今はちゃんと受け取れない」
すずの目が、かすかに揺れる。 でもすぐに笑って、「そっか」とだけ言った。
その笑顔は、曖昧なカーテンのように、感情を隠していた。
教室に残ったのは、モップの水音と、二人の距離。 近くて、遠い。そのまま、時間だけが進んでいった。
はるき目線
すずが笑って去ったあと── はるきはまだモップの水を捨てずに、その場に立ち尽くしていた。
足元に差し込む夕陽が、赤く揺れている。
「すず……ごめん。 本当に優しくて、真っ直ぐなのに……」
彼は天井を見上げて、息を吐いた。
「でも俺、気づいてた。 あの日のりいな── 照明の裏で、袖をぎゅっと握ってたこと」
文化祭の写真が脳裏をよぎる。 舞台の端の、誰にも気づかれていない一瞬。
「誰かの隣にいるって、こういうことかって…… 海みたいに、言葉じゃなくても 伝えられるならって、思ったこともあった」
でも、自分が選んだのはキスだった。 守るつもりで、勇気だと思って── だけどその「答え」を押しつけただけだったかもしれない。
「俺、あの時、りいなの“目”を見なかった」
水音が小さく、廊下に響く。 はるきはようやくモップを動かしながら、ぽつりと続ける。
「でも、今なら言える気がする。 あの時じゃなくて、 もっと手前で、好きになってたって── 誰にも見えてないところで、 誰より、見てしまってたって」
廊下の窓の外、空がひとすじだけ金に染まっていた。 はるきの声は、誰にも届かなくても、 りいなの写真と、海の歌の中には、もう染み込んでいたかもしれない。
りいな目線
自室のベッドに横たわりながら、イヤホンをつける。 海から届いた音声ファイル──「月の隣」。
再生と同時に、ギターの音が部屋に広がる。 静かで、でもどこかに震えを含んだ歌声。
「遠くにいたのは 怖くなかったから ただ君を 壊さない場所を 選んでただけ」
りいなの指先が、膝の上でぎゅっと丸まる。
文化祭の写真──舞台の端にいる自分。 誰にも見られていないと思っていたその瞬間を、海は切り取ってくれていた。
(……あの時、私、泣きそうだった。 はるきのキス、うれしかったけど──でもそれって、守られた感覚じゃなかった) (“これが好きの証明だよ”って言われたような、そんな……重たさ)
海の歌は、違った。 寄り添うでも、押しつけるでもない。 ただ、「わかろうとしてる」声だった。
りいなの目に、涙が浮かぶ。
(私は、誰かに触れられたいんじゃなくて “私を見てほしい”って思ってたんだ)
枕元のスマホ──はるきからの未読のメッセージ。 気づけば、既読をつけていなかった。
その画面を伏せるようにして、りいなはそっと呟く。
「……言葉って、近づくのに使うものだと思ってた。 でも海は、静かなままで、ここにいた」
そして──文化祭の翌日。 交錯の場面が、幕を開ける。
りいなと海とはるきとすず
夕方、校庭では文化祭の片付けが終わり、空が淡い金色に染まっている。 三人は、偶然にも同じ場所で足を止めた。
海はリュックにギターを背負っている。
はるきは段ボールを片手に、疲れた顔。
りいなは飲みかけのペットボトルを持ちながら、ただ空を見ていた。
誰も、最初に言葉を発さない。
海:「……昨日の歌、どうだった?」
りいなは少しだけ海の方を見る。 目が、あの写真と重なっていた。
りいな:「……優しかった。 思い出したの、誰にも見つけられなかったあの日」
はるきが、その言葉に反応する。 でも口を開いた瞬間──閉じてしまう。
海:「答えはいらないって言ったけど、 でも、こうして顔見られるのは……うれしい」
りいなは海に微笑む。 その笑顔は、どこか「選び始めた人」の顔だった。
そして──その空気にすずが現れる。少し離れた場所から見ていた。
すずの目に、海・りいな・はるきの距離が映る。
彼女は、はるきの背中をそっと見る。
すず:(あの時、はるきは私をよけた。 でも、それでいいって思った。 だって──きっと、りいなに向けてしまってるから)
すずは足音を立てず、ゆっくりとその場を離れる。 彼女の“選択”は、「黙って引くこと」だった。
りいなは、海のギターのストラップに手を伸ばし、
「……今度、もう少し長めに聞かせてほしいな。 その時は、答え……もしかしたら、いるかもしれない」
はるきはその光景を見つめながら、ふと口元を引き結ぶ。
(もう言葉じゃ、追いつけないかも。 でも……俺が見てる場所も、まだここにある)
三人が立つ位置は、近い。 でもその“向いてる場所”は、それぞれ違っていた。
夕陽が、三人の影を少しずつ長くしていく。 言葉じゃない選択が、静かに交錯していた。
りいなと海とはるき
扉の向こうから、誰かがピアノを鳴らしていた。 夕焼けが差し込む音楽室前──ギターを背負った海と、段ボールを抱えたはるきが向かい合う。
目は合っていないのに、空気が軋む。
海:「りいなのこと、見てなかったのは、お前だ」
はるき:「俺は、“隣”にいた。それだけで、十分だったはずだ」
海:「“隣”にいた?じゃあ、なんで──彼女の涙、届いてないんだよ」
はるきが段ボールを置き、拳を握る。 目に火が灯る。
はるき:「じゃあ、お前は何をした! 見てただけ?それで満足して、 優しさぶって、届くふりしてたくせに──!」
海:「ふりなんかじゃない。 俺は、りいなの目を見た。 誰も気づかない場所で、彼女が震えてたこと、 ちゃんと歌にした。 言葉が届かなくても、“祈り”は届くって信じた!」
一歩、はるきが詰め寄る。
はるき:「なら、なんで今ここで──彼女はお前を選んでない」
海:「それでもいい。 俺は、“届いた”って確信がある。 俺の歌が、彼女の胸を揺らした。 それが“隣”よりも強いって、わかってる!」
はるき:「……そんなの、信じたもん勝ちだろ」
海:「そうだよ。俺は、信じる。 りいなが“見られたこと”で、心をほどいたって。 お前のキスより、俺の沈黙の方が深かったって──!」
その瞬間、ピアノの音が止まる。 音楽室のドアが開く。
りいなが、ふたりの間を見つめていた。 目は、涙に濡れていたけど、しっかりと開いていた。
ふたりとも、一歩も動けない。 でも視線だけは、彼女に向いていた。
りいな:「……どっちが深いかなんて、 まだ私にもわかんないよ」
風が吹いた。 火花は静かに、切なさのなかに散っていった。
瓦礫のような段ボールと、くたびれたギターケース。 校舎裏、文化祭の喧騒が少しだけ遠ざかっている。
海が、りいなを見送ったあと、はるきと鉢合わせる。 視線が交差する。
はるき:「……“答えはいらない”とか、 逃げてるだけだろ。お前、最初から“勝ち”諦めてる」
海の目が細くなる。
海:「逃げた?俺は、言わなかったんじゃない── 届いてるって、信じたから黙ったんだ」
はるき:「それでも彼女は、俺の隣にいた」
海:「それ、彼女の選択じゃなくて、お前の“場所取り”だろ。 本気なら、答え奪いに来いよ── “奪えるほどの想い”があるならな」
💥海:「だったら奪ってみろよ」
一瞬、風が止まる。
はるきの拳がギターケースのバックルを強く叩く。
⚡はるき:「お前じゃ足りないんだよ!!」
校舎の壁に、叫びが跳ね返る。 目は、海を睨むのではなく──どこか泣きそうな表情。
はるき:「俺は、声を出した。抱きしめた。キスだってした。 それでも……それでも彼女の心、掴めなかった。 でもな、“見てただけ”のお前じゃ──届いてたって、嘘なんだよ」
海は震えながら、ギターのストラップを握り直す。
海:「そうかもな。俺じゃ足りないかもしれない。 でも、俺は“見えてた”。 誰も気づかない瞬間の、りいなの泣きそうな顔…… あれが俺の、すべてだったんだよ」
はるき:「だったら……っ、全部賭けろ。 俺は、隣にいたことだけじゃなく、“譲れなさ”でも、勝つ」
夕焼けの赤が、二人の顔を濃く染める。
その場に立ち尽くすふたりの間には、 拳以上に痛い、“言葉の傷跡”が残された。
遠くで──りいなが、音楽室の窓からその場面を見ていた。
彼女の目もまた、沈黙の中で燃えていた。
りいな目線
ドアの隙間から差し込む夕陽。 りいなはピアノの譜面をめくる手を止め、ふと校舎裏に目を向けた。
そこにいたのは──海とはるき。
言葉が、叫びになっていた。
「だったら奪ってみろよ!」
「お前じゃ足りないんだよ!!」
瞬間、胸がきゅっと音を立てて縮んだ気がした。
(……どうして、そんなふうに叫べるの? どっちも私を“選びたい”って、言ってくれてるのに── でも、私にはその言葉が、どこか他人事みたいに聞こえた)
ふたりは、それぞれの「見ていたりいな」を抱えて、 互いに傷つけ合っていた。
(はるきは隣にいてくれた。あの日のキス、嬉しかった。 でも……それが正解じゃないって、私の心が言ってる)
(海は遠くから見てくれてた。 その距離が、いつも心地よかった。 だけど、“触れてほしい”って思う瞬間も、確かにあった)
窓に映る自分の顔は──泣きそうで、でも泣いていなかった。 涙は、まだ“決断”をしてくれない。
(“足りない”って、誰が決めるんだろう どっちの言葉も、私の心の深いところに触れてこない じゃあ……私が、まだ誰にも心を開けてないってこと?)
ふたりの影が離れていく。 それぞれが、譲れない想いを胸に、でも私には触れないまま。
(もしかして──私こそが、 誰にも“届かせない”場所に立ってたのかもしれない)
そのざわめきは、叫びよりもずっと静かで。 でも、りいな自身を一番揺らしていた。
すずとりいな
文化祭の翌々日。 教室の空気はやわらかくて、みんな少しずつ“日常”に戻り始めていた。 でも──すずとりいなは、何かだけ置いてきぼりにしたままだった。
「最後の装飾チェック、一緒に行こっか」 すずのひと声で、二人は旧校舎の階段に並んで座った。
窓から、夕陽が少しだけこぼれている。 しばらく無言で、廊下の遠くに聞こえる部活の声を聞いていた。
すず:「ねえ、りいな」 「……私、嫉妬してた。ずっと」
りいなの目が揺れる。 すずは、ほんの少し笑って、でも目は真っ直ぐだった。
すず:「はるきが、りいなを見る目とか。 海が、りいなにだけ歌を届けることとか。 ……その全部が、羨ましかった」
りいなは何も言わなかった。 ただ、すずの手にそっと自分の手を重ねる。
りいな:「……すず、すごく優しいのに。 ちゃんと自分の“気持ち”も持ってて、私──憧れてたよ」 「私ね、すずのこと……好きだったよ」
すずが少しだけ驚いた顔をして、ふっと涙ぐむ。 でも、すぐに強く笑って、言葉を返す。
すず:「……私も。 好きだった。 誰より、りいなのことを、ちゃんと見てたつもりだった」
りいなはうつむいて、ぽそっと。
「だけど、私は“自分が好きな人に好かれたい”って思ってばっかで…… すずから向けられた気持ち、ちゃんと受け取れてなかったかもしれない」
すず:「いいの。今、こうして受け止めてもらえたから── 私、それだけで、ちゃんと終われる」
沈黙。 窓の外ではカラスがゆっくりと空を渡っていく。
りいなは、すずの肩にもたれて、小さく笑う。
「ねえ、すず。今度さ、ふたりで文化祭出し物作ろっか。 誰も好きにならない代わりに、 ふたりで一番きれいな作品つくるの」
すずはそれを聞いて、すぐにうなずく。
「うん、いいね。それ、“好きだったふたり”の記録になるかも」
階段の時間が、静かに流れる。 もう涙はないけど、言えなかった気持ちが、ようやく言えた。
それが、ふたりだけの“好きだったよ”──小さなエピローグだった。