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カテリナです。愛娘のシャーリィが教会へ来てくれたので、柄にもなく抱きしめてしまいました。
シャーリィは多忙です。『血塗られた戦旗』や領邦軍との戦いの後始末があるだろうに、わざわざ訪ねてきたのは理由があるはず。そう思っていたら、やはり今後についてでした。
「既に『血塗られた戦旗』は虫の息です。レイミが用心するようにと警告を出している少女やスネーク・アイの所在は分かりませんが、壊滅させるのも時間の問題でしょう」
十五番街では、マナミアが部下達を引き連れて派手に暴れまわっているみたいですね。
既に『血塗られた戦旗』の経営する酒場などのシノギの大半が壊滅。先の戦いから逃げ延びた奴等も片っ端から始末しているのだとか。
奴等の本拠地である酒場にはまだ攻撃していませんが。
「本拠地を攻撃しないのですか?」
「場所は分かっていますが、一階の酒場には冒険者ギルドの受付がありますから」
確かに厄介ですね。冒険者ギルドは帝国の冒険者達を束ねる組織。その影響力は決して侮れません。敵対するくらいなら味方に引き込んだほうが何かと便利な連中です。
「『血塗られた戦旗』もそれを承知しているのか、本拠地に生き残り達が集まりつつあるとラメルさんから知らせが届きました」
攻撃すれば冒険者ギルドを巻き込む。それが分かっているから、奴等も立て籠るでしょうね。姑息な奴等です。
「体勢を立て直されては困りますね」
「その通りです」
「『血塗られた戦旗』を見逃しますか?」
この辺りで手打ちにするのも手段のひとつです。何も相手を壊滅させるだけが抗争の終わりではありません。
相手を屈服させて傘下に加えることも組織を拡大する上で重要なことではあります。
「見逃すつもりはありません。彼らは敵です」
「確かに敵ですが、傘下に加えると言う選択もあります。マーサ達のような扱いです」
「有り得ません。彼らは私の大切なものを奪いました。それに、いつ裏切るとも知れない人達を傘下に加えるつもりはありません。なにより、マーサさん達とは比べることも失礼に当たります」
この娘は……理性的ではありますが、こう言った頑固な一面があります。大切なものに敵意を向けられたら、容赦がありません。譲れない一線なのでしょう。
「ではどうしますか?下手をすれば冒険者ギルドも敵に回すことになります。今後を考えると、それは良い手とは言えませんよ?」
「シスター、冒険者ギルドに伝手はありませんか?」
それが本題ですか。
「残念ながら、ありません。彼らはあくまでも表側の人間ですからね」
裏社会とも繋がりはありますが、冒険者ギルドはあくまでも表側の組織。流石に伝手はありません。
二人で頭を悩ませていると、扉を開く音が礼拝堂に響きました。シャーリィと二人で振り向くと、マーサが立っていました。
「居た居た、探したわよシャーリィ。あっ、カテリナ。邪魔をしたかしら?」
「問題ありません」
「大丈夫です、マーサさん。何かありましたか?」
まあ、愛娘との時間を邪魔されたのは少しばかり不満ではありますが、公私は分けないと。
「冒険者ギルドについて悩んでいたわよね?たった今マナミアから面白い知らせが届いたわよ」
マーサが差し出した紙をシャーリィが受け取って一読。
「シスター」
「はい」
シャーリィに差し出された紙を受け取って中身に目を通すと……ほう。
事態はこの子にとって都合が良い方向へ転がるみたいですね。
十五番街ではある揉め事が発生していた。
「ふざけんな!」
『血塗られた戦旗』本拠地のある酒場では唯一残された幹部であるガイアの怒号が響き渡っていた。
そんな彼の怒号を涼しい顔で受け流すのは、冒険者ギルド本部から派遣された若い男性の使者である。
「ふざけてなどいませんよ。抗争が激化した現在、より深刻化する情勢から職員を護るのが我々の務めです」
「今更かよ!この大事な時に!もう少し待ってくれねぇか!?」
「暁による攻撃が近いから、ですか?」
使者は目を細める。
「いや、それは……」
「困りますな、我が職員を盾にして徹底抗戦をするおつもりですか」
「そんなつもりは!」
「とにかく、職員は一時的に避難させます。これは本部の決定事項です。ああ、ご安心を。抗争の終結が確認出来次第職員を戻して職務を再開しますので」
「待て!待ってくれ!これまで俺達はそっちに便宜を図ってきたじゃねぇか!土壇場で見捨てるってのか!?」
「人聞きの悪いことを仰有らないで頂きたいですね。我々は職員の身の安全が保証できない状況を憂慮しているだけです。先ほども申し上げましたが、抗争終結後は再び業務を再開しますので」
冒険者ギルドは今回の抗争について静観していた。相手は過去に『エルダス・ファミリー』を破ったとは言え新興勢力である『暁』。
規模も『血塗られた戦旗』とは比べ物にならない程の弱小勢力と判断していた。
だが、先の戦いに於ける大敗と十五番街各地で続く攻勢を見て『血塗られた戦旗』に見切りを付けていた。
「だっ、だが!」
「それと、業務を再開するにしても委託している高額依頼の大半は取り下げることになりますのでそのつもりで」
「はっ!?なんでだよ!?」
「あれらの依頼は、傭兵王個人に対する信頼からの依頼。しかし本人を含め手練れの大半を失ったあなた方に回せる依頼はほとんどありませんよ。では、これで。運が良ければまたお会いしましょう」
傭兵集団『血塗られた戦旗』の知名度で数多の高額依頼が冒険者ギルドから出され、それが彼らの収入の大半を占めていたが、既に半壊どころか壊滅寸前の現状では依頼を回すこともない。
冒険者ギルドにとっても顧客の信用はなによりも優先される。
ガイアは唖然としながら立ち去っていく冒険者ギルドの職員達をただ見送ることしか出来なかった。
「どうするんだ?」
そんな彼に仕事を終えたジェームズが声をかける。
「スネーク・アイ……首尾は?」
「帝都へ逃げようとしてたが、一歩遅かったな。ほら、依頼の首だ」
彼が手に持った布を開くと、中から『ターラン商会』ピーター=ハウの首が出てきた。
『血塗られた戦旗』大敗の報を受けても一番街から動かずに右往左往し、ようやく帝都へ逃れようと考えた矢先ジェームズによって始末された。
ガズウット元男爵に唆されてマーサを裏切り、『ターラン商会』を乗っ取った男の余りにも哀れな最後であった。
「よし、こうなったら予定を繰り上げる。こいつを手土産に詫びを入れてくる」
「『暁』に下るんだな?」
「ああ、所詮相手はガキだ。表向き順応なフリをして時間を稼ぎ、寝首を取る」
「そう上手くいくかねぇ」
「それしかないんだ!こうなったら多少は我慢してやらねぇと。うちのアガリの四割を納めるつもりだからな!スネーク・アイ!小娘を連れて護衛をしろ!」
追い詰められたガイアは最後の賭けに出る。だが、彼はシャーリィという少女を正しく認識できていなかった。