コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
「随分と熱心に本を読んでるのね。何読んでるの?」
「うわっ、吃驚させないでよ。後ろに立つの禁止」
ヒョコリと、私の背後から現われたリュシオルは私の読んでいる本を覗き込むようにして腰を曲げた。別に、見られて恥ずかしい本でもないのに、私は咄嗟に閉じてしまい、リュシオルは勘違いしたらしくニマニマと私を見ていた。
「な、何よ」
「いかがわしい本?」
「なわけないでしょ! リュシオルといっしょにしないでよ」
「心外すぎるわ。その言葉。まあ、覗いたのは悪いと思うけど……でも、誰だって人の読んでいるものとか持っているもの、気になるでしょ?」
「……確かに、人がスマホで何見ているか気になる」
返す言葉もなく、好奇心には勝てないと言うことで落ち着き、私は本を机の上に置いた。リュシオルはもう読まないのかと首を傾げていたが私は首を縦に振って本の表紙をなぞった。
此の世界にある本なんて面白いものはない。ロマンス小説もベタなものばかりで新鮮みがないというか、私達の前世の世界では中世ヨーロッパだけじゃなくて、大正ものとか西部ものとか、中華とか……国問わず色んなジャンルだったり、色んな国での物語だったり一杯あったのに。ここには、極端に言えば一国ものしか無いのだ。まあ、ラスター帝国の周りに、中華系の国があるのだとか、アラビア系の国があるとか全く知らないから、なんとも言えないけれど、令嬢が恋に落ちて……見たいなものしか無い。それが悪いとは言わないけれど、それしかないのもつまらないと思ったのだ。
だからといって、小難しい本を読めるタイプでも無いし。
「それで、何を読んでた訳よ」
「……聖女の…………女神の、神話とか読んでたの」
「へえ、本当に珍しいわね」
「私、これでも勉強できた方なんだけど?」
「それは関係無いんじゃ無いかしら。まあ、エトワール様が勉強が出来たのは認めるし、その通りなんだけど。でも、今頃そんな本を読んで」
リュシオルは、珍しすぎる、そして今更? と私に不信の目を向けてきたけれど、私は別にどうとも思わなかった。どう思われても良いけれど、知りたいことがあったのだ。
「ほら、もう少しでラジエルダ王国にせめるって言ってたから。これって、つまり此の世界、ゲームの終盤って事だよね」
「多分、そうね」
「てことは、ヒロインと悪役聖女……どちらかしか生き残らないんじゃ無いかって思って。そうじゃなくても、聖女は責務を負えたら消滅するとか言われてるじゃん。ゲームでは、エトワールが消えて、トワイライト、ヒロインは消滅せずにハッピーエンドだったけど。どうなるか分からないし、それに……」
「それに?」
「トワイライトも私も助かる方法があれば良いなって……ちょっと贅沢かもだけど、思っちゃうんだ。だから、そういう手が借りないかなって探してたの」
私がそういえば、リュシオルは「お人好しなんだから」と呆れように言った。お人好しというか、そうなればいいなって言う願望で、相手が、ではなくて主体が私が、な時点でそれは違う気がした。
私がそうしたいから、私がその方が幸せだから、トワイライトにも生き残って欲しいし、二人とも消えない未来を探したいって思う。間違ってはないんだろうけど、間違いでもあるみたいな。そんな曖昧な。
結局人間って、人の為と言うより自分のためにそうするって言うエゴの塊で動いているものなんだと思う。自我がある故の行動というか。
(深く考えても分からないから、これぐらいにするけど……)
それ以上考えても仕方がないと、私は本を触っていた手を下ろした。
「この世界がゲームだって言う感覚は抜けないけど、戦争が起るって言うのは実感無いというか、怖いはずなのに、怖くないっていう自分もいて……それが逆に怖いなって思ってるの」
「エトワール様、いきなり哲学的なこと言うのね」
「うーん、だって三日後ラジエルダ王国に攻め込むって言われて、『はい、そうですか』って言えなくない!?」
「確かにそうだけど、決まってしまったことだしねえ」
リュシオルは何処か遠くを見ていた。それは、話を逸らしたいからと言うよりかは、単純に、戦争なんてない方が良い、戦いなんて無意味だという冷めた目のような気がした。私もそう思っている。
聖女殿が復活して、そっちに戻ることは出来たのだが、ルーメンさんから三日後にラジエルダ王国と云々かんぬんと言われて、正直頭がついていかなかった。言われたことは分かったのだが、三日後というタイムリミットを聞いて、現実味が湧かなかったという方が正しい。
それでも、決まってしまったことに対して私が何かを言える立場でない事は明白なので、それに従うしか無いと。
いつか、来るだろう、来るだろうと想っていたものが、ついにきた。それだけの話なのだ。ということは、アルベドは私が尋ねに言ったときには既に知っていて、出来るだけ知識をと詰め込んでくれたに違いない。何も言わなかったのは、今回優しさだと捉えておくと。
「でも、正直どうなの? 矢っ張り、怖いんじゃ無い?」
「……そう、うん。確かに怖いんだけど。何だか出来る気がして。ああ、でもでも、本当にどうなるか分からないから。ほら、ストーリーからは外れているわけだし……はあ」
「溜息が出るのも分かるわ」
リュシオルはそう言って、私の背中を撫でてくれた。私は、ただその場でうなだれることしか出来なかった。
現実味が無い。でも、私も激しい戦火の中に身を投じ無ければならないのだと。覚悟を決めるとか、口では言っているけど、全然覚悟なんて決まらなかった。
問題は山積み。
トワイライトのこと、グランツの事。リースやアルベド、ブライトとの連携。それだけじゃ無くて、騎士団やら魔道士の人達とも。私のことをよく思っていないだろうけど、連れて行かなければ、混沌を倒せないことを彼らは知っているのだ。
聖女に頼るしか無い。そう、一縷の望みを持っている。私を光としているのだ。
「怖い、怖いよ……だって、ゲームではこんな風じゃ無かったし」
「そうよね……」
ボロボロと弱音が出てくる。考えれば考えるほど、怖くなって足がすくむ。今からこんなんじゃどうしようもないのは分かっていても、まだ精神的には幼いのだ。二十歳は超えているけど。
そんなことを思いながら、もう一度本を見た。女神のことも混沌のこともよく分からない。混沌が話が通じる相手なのかも、女神の加護があるのかも。だから、信じられるのは自分だけだと。そう分かっていても。
(矢っ張り、転生とかそういうのがあると、物語って狂っちゃうんだな……)
元あったストーリーから外れすぎた物語。エトワールが主人公のエトワールストーリーでも、こんな風になったのだろうか。それとも、エトワールストーリーからも外れてる? 確認しようが無いけど。
「リュシオル。ちゃんと世界救って帰ってくるからね」
「何よ、それ。死亡フラグみたいじゃない」
「……違うもん。でも、言っちゃうものでしょ? こういう時って」
「はあ……まあ、私でも言うかも知れないけど。でも、約束よ。破らないでね?」
と、リュシオルは小指を突き出した。
私は、その小指に自分の小指を絡める。リュシオルの不安そうな、心配そうな顔を見ていると胸が痛んだ。
死ぬ気何て更々ない。でも、どうなるか分からない。だから、保証は出来ない。そんなこと口にしたら、余計に心配させると思って言わなかった。言葉を飲み込んだ。
私は笑って指切りをする。
必ず戻ってくるから、待っていてと。
メイドのリュシオルはここで待機で、私の護衛にはアルバがついてくることになっている。ラジエルダ王国の玉座の間、そこに混沌はいるだろうとのことだった。
三日後、その戦いが幕を開ける。これが最後。どんなエンディングをむかえるか、私にも、誰にも想像は出来ない――――