「もうすぐ、もうすぐです。お姉様」
「今日は機嫌が良いんですね。トワイライト様」
「ええ。だって、愛しのお姉様にもう少し出会えるんですから。機嫌が良いに決まってますよ。グランツさん」
窓の外の景色を見る私に、話し掛けてきたグランツさんは、スッとその翡翠の瞳を閉じた。従順なフリをして、全く私に忠誠心がないのは分かっています。それでも、彼が裏切らないと分かっているのは、彼が、彼の目的の為に私を利用しているからでしょうか。
まあ、どっちでもいいことです。グランツさんが、私の中で使えると思っているうちは、私も彼の手綱を握っているということにしましょう。それが、一番最善策。それが一番良い方法であると私は確信しているから。
(混沌の力も、各地に広がり、周りはパニックでしょうね……私には関係無いことですが。世界も、国同士の争いも、宗教戦争も)
かつて、聖女ともてはやされていた自分が嘘みたいにこんなことを思っているのですから、今の私を見たら、皆引っ繰り返ってしまうでしょうね。と、考えていると笑えてきてしまいました。
お姉様と別れてからかれこれ時間が経ちましたが、お姉様のいる国、ラスター帝国がこの占領された国ラジエルダ王国に責めてくるのは時間の問題のようです。それは、大きな戦争になるでしょうから、あちらも準備が必要でしょう。そのため、私とお姉様は暫くの間、離ればなれに。悲しいとは思いましたが、これも致し方のない事。
「そういえば、グランツさん。私でよかったの? お姉様がだーいすきなのに、何故私につこうと思ったの? それがずっと不思議なんです。お姉様の側に入れるなら、護衛を続けた方がよかったのでは無いでしょうか。それとも……」
「疑っているんですか」
鋭い目と、言葉が飛んできて、私は思わず笑ってしまいました。
疑っているかと言われれば、イエスと答えるかも知れません。でも、この場で彼が私を殺すなんてことはしないでしょうし、どんな受け答えだったとしても、グランツさんはその答えを飲み込むでしょう。彼は、表むきは従順な男性ですから。
私が笑っていると、グランツさんは、眉をひそめました。いつも無表情なのに、そうやって怒りや不快感を出すのはやはり珍しく思います。お姉様の前では、いい人ぶっていたんでしょう。お姉様は、年下に弱いみたいですし。そもそも、お人好しのお姉様のことですから、いい人、弱い人、賢く物わかりのいい人であれば、お姉様から切る事はないでしょう。
「いいえ、疑っているわけではありません。でも、貴方が裏切るんじゃないかって言うのは分かってますよ。グランツさん」
「……」
「だからといって、私は貴方を殺したりはしません。自分の手は汚したくないですから」
卑怯な、見たいな顔をしてグランツさんは私を見てきました。確かに、卑怯な自覚はありますし、戦いから逃げていると捉えられても仕方がないでしょう。でも、私の手が汚れたら、きっとお姉様は今度こそ私を見捨てるんじゃ無いかとも思っています。それが、不安で仕方がない。だからこそ、私は周りの人を使って自分の手を汚さず、お姉様を自分のものにしようと思っているのです。
グランツさんは違うみたいですけど。
自分の手が汚れることは厭わないみたいな。目的はお姉様を手に入れることでしょうが、あの紅蓮の人、アルベドさんに対しての怒りも隠せていないですし。彼もきっとここにくる。その時は正面衝突は避けられないでしょうから。
「ふふ……」
「何を笑っているんですか。トワイライト様」
「何でもいいじゃないですか。でも、笑えるんです。本当に皆自分勝手で、自己中で……私も今はその一人なんですけど。だから、笑えるんです」
「俺には、よく分かりません」
「理解して欲しいって言っていないので、結構です」
私がそう言ってやれば、グランツさんは口を閉じた。何か言いたげなかおをしていたが、私に逆らうのはよくないと思ったのか、そのままじっと私を見つめるだけだった。そういう所がずるいというか、賢いと言いますか。使いやすいけれど、腹の中が見えない危ない人という感じがします。出会った時から。その独占欲が隠せていないのです。
(長い時間お姉様と一緒にいたかも知れませんが、私だってお姉様のことが好きなのです。だから、他の人の手に渡るなんて……それこそ許せない)
誰であろうと、私からお姉様を撮っていく人は許しません。そういう意味も込めてグランツさんに微笑んでみれば、グランツさんはその瞳を細めた。
何かを考えているときの目だと、私に探りを入れてきているのでは無いかと思いましたが、彼に私の腹の中が見透かせるでしょうか。答えは、ノーです。
「そんなに見つめても、何も出てきませんよ」
「……トワイライト様は、俺に何故エトワール様の護衛ではなくトワイライト様についたのか、と仰いましたが、俺も不思議なんです。何故、貴方はエトワール様を裏切るような行為をしたのですか」
「グランツさん、貴方はどちらの味方なんですか」
「……」
「会話のキャッチボールって言うんでしたっけ、出来ませんよね。グランツさんって」
皮肉って言えば、グランツさんはまた顔を険しくしました。よくよく観察すれば、グランツさんにもちゃんと感情があって顔に出ないというわけではないようです。最近はグランツさんと一緒にいることが多いので、グランツさんを知れば知るほど、近くにいればいるほど分かってくるものもあると言うことです。
グランツさんは、裏切る可能性がある。でも、今じゃない。それは分かっているんです。でも、ふと、その翡翠の瞳で見つめられると、本当はどうなのか分からなくなってくるものです。
こういう時、人の心が読めれば簡単なのでしょうが、グランツさんの心を読むのは大変そうだと思って、早々に諦めました。それに、心の声が聞えるというのは多分面倒な事だと思います。聞きたくない部分まで聞えるようになる。それって、あまりいいことではないですから。
私は、ため息をつきながら、曇天の空を見ました。雲は分厚く、遠くの方では雷が鳴っています。空が唸っている、海も荒れている。そんな島に、お姉様は来るのでしょうかと。荒波に飲まれて死んでしまった……何て日には私はどうすれば良いか分からなくなるでしょう。でも、お姉様はそんなので死ぬわけないと思っています。だって、私のお姉様ですから。
「ああ、それで、私の答えを待っているんでしたっけ。グランツさんは」
「……無理に答えて下さいとはいっていません。俺も答えていないので」
「そう? でも、グランツさんの事は何となくよく分かりますよ。私のこといつでも裏切れるけれど、今は従順なフリをしておこうって。お姉様を独り占めする気なんですよね?」
「どうしてそう思うんですか?」
「だって、グランツさん私と一緒ですから。お姉様のこと大好きですもんね」
「……俺は」
グランツさんはそこで言葉を詰まらせました。また何か言いたげに口を開いた後に、閉じて拳を握って俯いてしまいます。言わなくてもバレている。でも、きっとグランツさんの深層部を覗いたら、私はゾッとしてしまうに違いありません。グランツさん、まだ何か隠していることがあるでしょうから。
私には関係無いことのはずなのに、気になってしまうのは、お姉様がグランツさんを気に掛けていたことと関係があるのでしょうか。姉妹は似るといいますから、そうだったら嬉しいですけど。
(問題はそこじゃ無いですけどね)
「大丈夫ですよ。分かってますから。そうだ、そうだ。グランツさん。グランツさんは私のことどう思っているんですか?」
「どう、とは?」
「いつも殺意むき出しの目で見てくるの分かってるんですよ。矢っ張り、いなくなればいいって思ってるんじゃ無いですか?」
「……そんなこと思ってませんから」
「まあ、良いでしょう。百点の回答をしたところで貴方の評価が上がるわけでもないですし。元々、私の中でも低かったわけですから」
グランツさんはどうでも良いというように顔を逸らしてしまいました。
私も、グランツさんの事は苦手。でも、お姉様が大事にしている人だから、大事に死体気持ちと、大事にされているのに現状で満足しないグランツさんに腹が立っていることロもあります。嫉妬と言うんでしょうけど、まあ醜いものです。
(今の私を見たら、お姉様は幻滅するのでしょうか)
私を取り戻したいから、と言ってくれたお姉様。その気持ちは変わっていないと良いですけど、もし変わっていたりしたら……
考えるだけ無駄だと私は頭を横に振りました。
「グランツさん」
「はい。何でしょうか、トワイライト様」
「言っていなかったんですけど、私、この『世界』の住民じゃ無いらしいですよ」
「疑問系……でも、聖女とは元々そういうものなのでは無いのですか。天界……とかそういう」
「違います。こことは違う世界の人間なんです。まあ、言っても分からないでしょうけどね。ふふ……」
私はそう笑って、困惑しているグランツさんを見つめた。
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