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竜崎
「雪斗今日も休みだって」
陽向がスマホを見ながら言う。
「結構長引いてるね」
紅葉が少し心配そうに眉を寄せる。
「ここ最近、急に暑くなったり涼しくなったり、気温の変化激しかったしねぇ」
「たるんでるんだろ(笑)まぁ今はそんなに熱もないみたいだし、大丈夫っしょ!」
「そうだといいですけど……」
「……あ、そうだ」
渚が思い出したように言う。
「これ、保護者会のプリント。昨日先生に言われてて、雪斗の家に届けないとなんだよね」
「あー言われてたね。家近いから持っていってくれって」
言った側から、首を傾げる紅葉。
「ん?昨日言われて……なんで今それ持ってるの?」
「いやぁ…その〜………」
一瞬の間。
「……えへっ♡昨日の帰り、急いでて忘れてた♡」
渚の言葉に呆れる3人
「私だけだとまた忘れるかもしれないし、放課後みんなで行かない?」
(雪斗くんの家………!?)
「みんなで行くのってどうなの?」
「まぁ、プリント渡すだけだし、いいんじゃね?そこまで酷いわけでもなさそうだし」
「……あの!えっと……私も行っていいですか?」
遅れてこはるが言う。
「もちろん!それじゃみんなで行こうか!」
⸻
ピンポーン
「はいはーい」
……!!
こはるの心臓が大きく跳ね上がった。
玄関の扉が開く。
「あら、いらっしゃい」
「おばさん!先生から頼まれて、保護者会のプリント持ってきました!」
(お母さんの……声だ………)
こはるの目に涙が溜まっていく。
みんなにバレないよう、サッと涙を拭った。
「あら、ありがとう」
「雪斗、体調は大丈夫ですか?」
「もうだいぶ落ち着いているわ。でも今は部屋で寝てるみたいね」
「そっか」
「わざわざありがとう。暑かったでしょう?せっかくだし、上がってお茶でも飲んでいきなさい」
「え、いいんですか?」
「もちろんよ」
⸻
リビング。
「はい、どうぞ」
「ありがとうございます」
カラン………
氷の溶ける音が心地いい。
そして……落ち着く匂い。
「……」
(……懐かしい………)
閉じていた目を開き、周囲をゆっくりと見渡した。
軽く紅葉とこはるの自己紹介をした後、
陽向が雪斗の母親に尋ねた。
「そういえば……俺はよく来てますけど、渚が来るの久しぶりじゃないですか?」
「昔はあんなによく来てたのにね」
「いや……なんか思春期?と言うか……なんか恥ずかしくなっちゃって……」
「そんな柄じゃないのにね」
紅葉がツッコミ、くすりと笑う母親
「いつでも来ていいのよ」
「いいんですか!?」
みんなの会話が盛り上がる。
こはるは、その輪から少しだけ離れた。
部屋の空気。
匂い。
音。
すべてが懐かしい。
(…………)
でも、
胸の奥が、少しだけ苦しくなる。
視線が部屋の隅に置いてある棚に向いた。
「……」
棚の上の一枚の写真。
そこに写っていたのは——
小さな、うさぎ。
——ドクン
ゆっくりと近づく。
————ドクン
心臓の鼓動がだんだん大きくなっていく。
その時……
「その子ね、」
「!?」
急な声にびっくりするこはる。
後ろには雪斗の母親が優しく笑っていた。
「はるちゃんっていうの」
「昔、飼っていたうさぎさんなのよ」
——キュッ
胸が締め付けられた。
「……そうなんですか……」
こはるの指先が、ほんの少しだけ震える。
⸻
「うさぎさんのこと……最初はね、全然分からなくて」
母親は、懐かしそうに話し始めた。
「おうちに来て最初の頃かしら。」
「ケージの外に出したら、急にぴょんぴょん跳ね始めて」
「足元のマットが気持ち悪いのかな?とか、何かが嫌なのかなってびっくりしちゃって、すぐケージに戻しちゃったのよ」
「あとで知ったんだけど、うさぎさんって、嬉しいときに、ジャンプするのよ」
「外に出れたー!わーい!ってはるちゃんは言っていたのに、すぐにおうちに戻しちゃって……可哀想なことしちゃったこともあるのよ(笑)」
「……」
こはるは、静かにその話を聞いていた。
(……あの時のことだ……)
ふと、写真の隣に目がいく。
小さな皿。
そこに乗っているのは、
大好物のパインとバナナのチップス。
こはるの視線が止まる。
「それ……」
少しだけ迷って、
「嬉しいときに、ぴょんぴょん跳ぶやつ……ビンキーって言うんですよね」
「ええ、そうなのよ。こはるちゃん、よく知ってるわね」
母親が微笑む。
ほんの一瞬の間。
「急に広いところに出られたから、嬉しくて……」
――はっとする。
「……あ」
言葉が途切れる。
「えっと……その……!」
一瞬迷って、
「私も昔、うさぎ飼ってて……その……似たようなことが、あって……!」
言ってから、しまったと思った。
「……あれ?」
いつの間にか、すぐ後ろにいた紅葉がぽつりと呟く。
「こはる、うさぎ飼ったことないって言ってなかった?」
「えっ!?」
こはるは慌てて顔を上げる。
「いや、その……!」
「いとこの家で飼ってて……少しだけ……一緒にお世話とかしたことがあって……!」
自分でも、言い訳が雑だと分かる。
「へぇ〜」
紅葉は、じっとこはるを見る。
「だから、そんなに詳しいんだ」
そう言いながら、紅葉も写真を眺めていた。
「うさぎさんがおうちにいるって珍しいからね、こう言う話ができて私も嬉しいわ」
母親が優しく返す。
けれど、その視線が少しだけ残る。
「久しぶりにはるちゃんの話をしたからかしら……」
ふっと笑う。
「なんだか……とても懐かしい感じがする」
そう言って、写真に指をそっと添える母親。
⸻
帰り際。
「今日はありがとうね」
「いえ!」
「雪斗にも伝えておくわね」
「うん」
「こはるちゃんも、紅葉ちゃんも。またいつでもいらっしゃいね」
「「はい」」
⸻
玄関の扉が閉まる。
静かな部屋。
後ろから足音。
「……母さん」
雪斗が少しだけ顔を出す。
「起きてきて大丈夫なの?」
「飲み物飲んみに来ただけ」
「わざわざ来たんだ……大丈夫だって言ったのに」
「そう言わないの。プリント持ってきてくれたんだから。あとでちゃんとお礼するのよ?」
「……わかってるよ」
それだけ言って、
またゆっくりと階段を上がっていく。
⸻
母親は、ふと振り返る。
棚の上。
写真の中のうさぎ。
「……はるちゃん」
くすりと笑う。
「……本当に、懐かしいわね」
⸻
帰り道。
夕方の空。
こはるは、少しだけ俯く。
(……)
「……もう」
「……5月、か」
少しだけ、目を伏せる。
「……あっという間……だなぁ」
握った手に、
無意識に力が入っていた。
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