テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
翌朝。最初に蓮が目にしたのは見慣れぬ天井の色だった。 頭がぼうっとして、一瞬ここが何処だかわからずに混乱したが、すぐに昨夜の事を思い出した。
昨夜は何故か付き合おうという話になり、そのまま風呂場で致そうとして途中でのぼせてしまったんだ。
我ながら情けない話ではある。そして、なんだかんだで第二ラウンドに突入し、いつの間にか眠ってしまったらしい。
と言うか、付き合うって結局どういう事だろう? ヤっている事は以前と何も変わらないような気がする。
強いて言うなら、隠し事はしちゃダメだと言う事くらいだろうか?
まぁいいか。わからないことを悩んでも仕方がない。
付き合っていくうちにわかる事も沢山あるだろう。
ふと隣を見れば、ナギの姿はすでに無く、ひやりとしたシーツの感触だけが残っていた。
(随分早起きだな。朝は苦手な筈なのに……)
不思議に思いながら、ベッドを降りて水を飲もうとキッチンへと向かう。
寝室の入り口をくぐった所で、獅子レンジャーのジャケットを羽織り、ヘッドフォンをしてパソコンを前に何かぼそぼそと喋っているナギの姿を見つけた。
「えっ? 後ろ? 後ろって……」
「ん?」
壊れたロボットのようにゆっくりとナギが振り返る。そして、蓮の姿を認めた途端、ピシリと固まった。
「ちょ、ちょっ! 服! なんで服着てないのさっ!」
慌ててヘッドフォンを投げ捨て、バタバタとこちらにやってきたナギに部屋に押し返される。
「えっ? なに?」
一体何事だろうか? 訳が分からずされるがままベッドに座らされ、キョトンとしているとナギがタイミング悪すぎだよとぼやく。
そう言えば、先ほどチラリと見えたパソコンの画面には、端の方のスペースで文字が流れるように映し出されていた。
そう言えば、配信がどうのって昨夜言っていたような……。
あれ? これって、もしかしてヤバイ時に顔を出してしまった感じ?
気付いた時には既に遅し。
「と、とにかく! もう終わらせて来るから部屋からは出てこないでよ!」
ピシっと指を突きつけて、部屋から出て行く姿をポカンと口を開けて見ていたが、急に可笑しさが込み上げてきて思わず吹き出してしまった。
壁一枚隔てた向こうでは、恐らく言い訳を述べているであろうナギの声が聞こえて来て、ますます笑いが止まらなくなる。
それにしても……。
真っ赤になって慌てふためくナギはやっぱり可愛いかったなぁ。なんて思いながら蓮は再びベッドに寝転がった。
そんなトラブル、編集で何とかできるだろう。なんて呑気に構えていたのだが、配信を終えて戻って来たナギはどこか不機嫌そうだった。
「もう、お兄さんのせいで大変だったんだよ!? 生配信中に乱入してくるなんてありえないっ!」
「え? ナマ?」
「そうだよ! コメ欄ヤバい事になってたんだから」
そう言って睨み付けて来るが、よほど恥ずかしかったのかその頬は未だ紅潮していて、迫力に欠けるどころかむしろ可愛らしさが倍増しているような気がする。
「ハハッ、ゴメンって生配信だなんて知らなかったんだよ」
配信するとは聞いていたが、生配信だとは知らなかった。こんな朝早くに何人の人が見ていたのかは知らないが、コメント欄の荒れ具合を考えたらまた笑いが込み上げてきてしまう。
まぁ、例え知っていても、忘れていたのだから結果は同じだっただろうが。
そんな事を言ったら怒られるのは必至なので、そこはあえて言わずにおいておく。
するとナギは諦めにも似た溜息をつくと、蓮の隣に腰掛けて、肩に頭を預けてきた。甘えるような仕草に思わず心臓が小さく跳ねた。
「こんな所でも羞恥プレイかますなんて、ほんっとお兄さんって意地悪だよね」
いや、さっきのは完全に不可抗力だろう。困らせたくてやったわけでは断じてない。
「……まぁ、でも。ワイプで映ってたみっきーと、はるみんの顔、超面白かった。真っ赤になって手で目ぇ隠してるのに隙間からバッチリ見てんの。弓弦は顔赤くしてそっぽ向いてたなぁ。レアな顔撮れたし、インパクトは充分だったのかも」
「へ、へぇ……」
そりゃそうだ。突然背後からパン一の男が出てきたら、誰だって動揺する。と言うか、誰とも知らない視聴者にあられもない姿を見せてしまった事が何よりも気まずい。今更だけど……。
「そう言えば、なんて言って誤魔化したんだ?」
「え? それは秘密」
「……気になるんだけど。と言うか恋人同士は隠し事したらダメなんだろう?」
悪戯っぽく笑う彼に、蓮は眉間にシワを寄せた。
「あは、ちゃんと覚えてたんだ? 気になるならアーカイブ見てみたら? しばらく残しておくって話だし」
どうにも嫌な予感しかしない。と言うか、初っ端から放送事故過ぎないか!? 大丈夫なのか、このチャンネルは。
「まぁまぁ、細かい事は気にしないで、朝ごはんでも食べよ。撮影は昼からだし、それまで一緒にいようよ」
ナギはそう言うと立ち上がり、キッチンへと向かう。
「僕も何か手伝うよ」
ジッとしているのはなんだか落ち着かなくて、キッチンに立つナギの後を追う。
「別に、座ってても良かったのに」
「そう言うわけにはいかないだろ。散々迷惑かけちゃったし」
「ほんと手がかかるよね。お風呂でのぼせちゃうし、配信には半裸で乱入してくるし……」
ナギはクスッと笑うと、冷蔵庫から卵を取り出し、手際よくフライパンに割り入れた。
「……まぁ、でも……そういう大人げない所も嫌いじゃないよ」
そう呟いて、ケトルのスイッチを押す。
その横顔が少しだけ赤いように見えたのは、きっと気のせいなんかじゃなかったはずだ。
こういう時、どう反応をするのが正解なんだろう?
なにかリアクションをと思うものの、気の利いた言葉一つ思いつかなくて、ソワソワと落ち着きなく視線を彷徨わせていると、ナギが蓮の方を見て小さく笑った。
「お兄さん、棚から白いお皿出してくれない? あと、マグカップも二個」
「わかった」
言われるがままに食器戸棚を開け、皿を取り出して空いているスペースに置くと、ナギが手際よくそこに盛り付けていく。
トーストにベーコンエッグ、レタスとトマトのサラダに、コーンスープ。あっという間に完成した朝食はとても見栄えが良くて、食欲を唆られた。
何故だろう。何処にでもありそうだし、勿論食べた事はある。なのにどうしてか、とても美味しそうな物に見えて仕方がない。
「ほら、出来たよ。運ぶの手伝って」
「うん」
ナギと一緒にローテーブルまで運んで、向かい合って座る。
自分だけソファに座るのは気が引けたが、ナギが先に床に座ってしまったので、仕方なくソファに腰を下ろした。
「いただきます」
軽く手を合わせてから、箸を手に取る。こうやって誰かと朝食を食べるのは何年ぶりだろう? 何時もコンビニで簡単に済ませることが多かったからだろうか。新鮮で、温かく感じた。
「……どうかな?」
じっとこちらを見つめる瞳に、蓮は口の中の物を飲み込んでから答える。
「凄くおいしいよ」
「……そっか」
朝の光の中、ナギは口元を微かに緩めて笑った。
その笑顔が眩しくて、蓮は目を細める。
「その顔、凄く好きだな」
「……えっ?」
ポロリと自然に口から滑り落ちた言葉に、ナギは一瞬驚いたように目を丸くして蓮を見た。そして、みるみると頬が紅潮していく。
じわじわと首から赤くなっていく様子を間近で見て、なんだか自分まで照れくさい気持ちになってしまう。
「……ッ、お兄さんって、時々すっごい恥ずかしい事言うよね」
「ご、ごめん」
あれ? 何かおかしなことを言っただろうか? 自分は何を間違えた?
ぐるぐると考えを巡らせながら、チラリとナギを見れば、彼は耳を真っ赤にして俯きながらコーンスープを飲んでいた。
テーブル一つ挟んではいるものの、相手が凄くドキドキしているのが伝わってくる。
なんだかこっちにまでソレが伝染してしまいそうで、誤魔化すようにトーストを齧り、落ち着かない気持ちをなんとか抑えようと試みる。
なんなんだろう。胸の奥がムズムズする感覚。今まで味わったことのない感情が溢れて来て、心が満たされる。もっと彼に触れたくて仕方がない。
「……ねぇ、お兄さん」
ナギの声色が変化した。甘い空気を感じて戸惑う蓮の目の前に、身を乗り出して来たナギの顔が近付く。
「キス、しよ?」
「……え?」
「ダメかな?」
「だ、駄目ではないけど……」
テーブルを脇へ押しやり、手からカップを奪って置くや戸惑う蓮を押し倒した。
「ん……」
軽いキスの繰り返しが擽ったい。目が合って魅惑的な視線が絡むとドキリと胸が高鳴った。引き合うみたいに唇を寄せ合い、何度も角度を変えて啄ばみあう。グッと押し付けられたナギの下腹部の存在にぎくりとして、蓮は腕の中からナギを見上げた。
「おい、これから仕事……」
「大丈夫。マネージャー来るまで時間あるし……。もう少しだけ、こうしていたいな」
そう言ってギュッと抱きつかれ、躊躇いがちにその細い身体に腕を回して抱きしめ返す。
お互いの鼓動が伝わって来る。ドクンドクンと脈打つ音が妙に大きく聞こえるのは、きっとそれだけ自分の心拍数が上がっているからだろう。
「お兄さん、凄くドキドキ言ってる」
「そっちこそ」
クスクスと笑いあって額を合わせる。そのまま至近距離で見つめあいながら再び唇を重ねようとしたその時、ピンポーンと言うチャイムの音が二人の動きを止めさせた。
「えっ、もう来たの!? 早くない!?」
ガバッと起き上がったナギが慌てた様子で何やらモニターに話しかけている。
その様子になんだか可笑しさが込み上げてきて、思わず吹き出してしまった。
こんな自分は知らない。今まで誰かと付き合ったことなんて一度も無かったから、恋人同士の距離感なんてものがイマイチよくわからない。これが普通なんだろうか? それとも、違うんだろうか?
今までヤりたいという気持ちはあっても、こんな風に触れたいと思ったのは初めてだった。
こんな些細なやり取りでさえ、なんだかくすぐったくて、楽しいと思えるのは何故だろう?
これが恋というものなんだろうか? まだハッキリとはわからないけれど、少なくとも今この瞬間、蓮はナギと一緒にいる事がとても心地よく感じていた。
「あ! ナギ君達来た!」
「え? 何?」
迎えに来たナギのマネージャーの車でスタジオ入りすると、既にみんな集合していて美月が慌てた様子で駆け寄って来た。
「朝のアレ、かなりヤバい事になってるよ」
「アレ? あ、あぁ……あれね」
車の中であらかじめ、SNSで随分話題になっているようだと聞かされてはいたが、美月の慌てっぷりを見て、改めて事の重大さを実感する。
「もー、蓮さんも、いくら酔いつぶれてたからって出て来るタイミング悪過ぎでしょ」
「へっ!?えっ、あ、……あー、ははっそ、そうだね……ごめん」
一瞬、何の事だかわからなかったが、おそらくナギがそう言ったのだろうと瞬時に理解した。
もっとマシな言い訳はなかったのだろうか?
と、不満さえ覚えるが、彼も相当焦っていたのだろうし、蓮に非があるのは事実なので何も言えない。
「というか騒ぎになってるって、やっぱり批判が殺到してる感じなのかい?」
せっかくの宣伝が逆効果になってしまったのではないかと不安になって尋ねてみれば、少し離れたところで台本を読み返していた弓弦が、少々複雑そうな顔をしながらため息を吐いた。
「批判、というより……突然現れた蓮さんの存在に、一部の若い女性が沸き立って、騒ぎ立てている感じですかね。今の所、批判的な意見は少ないんですが、子供番組なのでなんとも言えないかと」
「あぁ……なるほど……」
確かに、子供が真似したらどうするんだとか、教育上良くないだとか、そういった類の意見が寄せられてもおかしくはない。
「草薙くんの言う通りだ。蓮……話がある」
いつになく硬い声が飛んできて、ひゃっと背筋が伸びる。
恐る恐る振り返れば、そこには眉間に深いシワを刻んだ凛が立っていた。
「……蓮。お前、あいつとどういう関係なんだ?」
「え?」
人気の少ない廊下に移動し、単刀直入に凛の口から放たれた言葉は、予想だにしていないものだった。蓮は思わず足を止めて、目を丸くして兄を見上げる。
「え? じゃない。お前がそこまで酒に強くないことくらいは知っている。だが、自分の限界を知らない年齢でも無いだろう」
「……」
返す言葉が無かった。酔いつぶれていたというのは嘘だと見抜いて、こんな質問を投げかけてきたのだろうか?それとも、ただ単に疑問に思っただけなのか。
この場合、兄になんと説明したらいいのだろう? 少なくとも今、付き合い合い始めたなんて言える雰囲気ではないこと位は蓮にもわかる。
思わず黙り込んだ蓮を見て、凛は眉間のシワを一層深くする。
どうしよう。何か言わなければ。
頭の中ではそう思っていても、上手く言葉が出てこない。口を開いては閉じてを繰り返していると、痺れを切らしたのか、兄は大きな溜息をついた。
「まぁいい。お前のプライベートに干渉するつもりは無いし、仕事に支障が出ない限りは何をしようと勝手だ」
「……」
「だが、一つだけ言っておく。あまりのめり込み過ぎるなよ。あいつは危険過ぎる」
「え……?」
一体何の話をしているのだろう? ナギが危険? それはいったい……?
聞き返そうとしたが、兄はそれ以上は何も答えてくれなかった。
蓮は兄が去って行った後もその場に立ち尽くしたまま、困惑気味に頭を掻く。
兄はいつもそうだ。言いたい事だけ言って肝心な事を何一つ教えてくれない。
前回の謎発言だって結局何が言いたかったのか、何を知っているのかわからないままだし、今度はナギが危険だって?
「ムカつく……」
兄に彼の何がわかるというんだ。考えれば考えるほど段々と腹が立ってきて、思わずチッと舌打ちをすると蓮は乱暴に壁を蹴った。
「あっ」
「あ?」
不意に横から聞こえて来た間抜けな声に、蓮は反射的に振り向く。すると、物陰から雪之丞が怯えた様子で顔を覗かせていた。
しまった。おかしなところを見られてしまった。
「ご、ごめんね。別に覗くつもりは無かったんだ……たまたま通りかかったら、凛さんとあまりいい雰囲気じゃなかったし、怒ってるみたいだから出るタイミング失っちゃって」
「いや、こっちこそすまない。変なとこ見せちゃったね」
苦笑いを浮かべながら謝罪すれば、雪之丞はブンブンと勢いよく首を左右に振る。
「だ、大丈夫! 子供みたいに壁を蹴って八つ当たりしてたことは誰にも言わないから!」
「あ、あーうん……。お願い、内緒にしておいてもらえると助かる」
子供みたいだと言われてしまって、流石に恥ずかしい。穴があったら入りたいとはこのことだ。
「ナギ君の配信、すっごい話題になってるね……。僕も見てたけど、びっくりしちゃったよ」
まだ自分は観てないから何とも言えないが、そこまで話題になっているのだとすると流石に笑えない。
「雪之丞も見てたのか……」
「……二人で飲んでたんでしょ? いいなぁ……。僕も混ざりたかったな」
「へっ?」
「あっ!? や、そ、そういう意味じゃないからね!? えっと、一緒に飲みたかったって意味だからっ!」
まだ何も言っていないのに、顔を赤らめながら一人でワタワタと言い訳をし始める雪之丞を見て、思わず笑ってしまいそうになるのを何とか堪えた。
「そういう意味って、どんな意味? 何を想像してたの?」
「あっ、や……、えっと……違くて……そのっ」
意地悪くそう尋ねると、彼は更に顔を赤く染めて俯き、モジモジと指先を擦り合わせ始める。
その仕草がなんだか可笑しく思えて、それどころではないのにもっと虐めてやりたいと思ってしまえばもう止められなくて、蓮はニヤリと口角を上げた。
「雪之丞はあの動画を見て何を妄想してたのかな? 気になるなぁ……」
「そ、そんなの言えないよぉ……」
泣きそうな声で呟いて縮こまってしまった彼に近づき顔を覗き込む。目が合うなりサッと逸らすものだから益々面白くなってしまって、つい調子に乗ってしまいそうだ。
「言えないような事? 何を考えてるか当ててやろうか? そんな事には興味ありませんって顔してんのに、いやらしいなぁ雪之丞は」
「……ッ」
耳元で囁けば、ビクッと肩が跳ね上がる。
そのまま耳に息を吹きかけてみれば、面白い位に身体が震えて、ぎゅっと服の裾を掴まれた。
「あ、あのっ、蓮くんっ……ちょっと、近いよ……」
「んー? そうか?」
「そうかって……あの、本当に……っ」
「……何二人してじゃれ合ってるの?」
「……っ!?」
突然背後から声を掛けられてハッとする。振り返ると、そこには呆れた表情のナギがいた。
「あ、ナギ君……おはよう」
「おはよ雪之丞。もうすぐ撮影始まるよ。早く支度しなよ」
「あっ、うん! すぐ行く」
何時になく硬い声でそう言って、自分には冷たい視線が突き刺さる。
「???」
何か気に障るような事をしたのだろうか? 不思議に思って首を傾げているとナギが蓮の服の袖をグッと引っ張って、耳打ちしてきた。
「心配してたのに……油断すると直ぐ浮気して……」
「は? 浮気?」
「あんな可愛い子に迫られたら、誰だってコロッといっちゃうよね」
ナギは何故か不機嫌なようで、唇を尖らせてぶつくさと文句を言っている。どうしてそんなに怒っているのだろう?
蓮には全く理解できなかった。
「え、いや……ちょ、待ってくれよ。僕がいつそんなこと……」
「今してたじゃん」
「してないって……」
「自覚なしなの? タチ悪いなぁ」
どうやら、無意識のうちに彼を怒らせてしまっていたようだ。
一体何が原因なのかはわからないが、とりあえず謝っておいた方がいいのだろうか。
だが、それよりも先に確認しなければならない事がある。
蓮はゴホンと咳払いをして、気まずさを誤魔化しながらナギに尋ねた。
「ごめん、悪かった。えっと、浮気してるつもりは無かったんだ。一つ聞きたいんだけど、友人をからかうのも浮気に入るのか?」
「~~~ッ! ばかっ!」
「いたっ」
ポカポカと背中を叩かれて思わずよろける。ナギはキッと鋭い目つきで睨みつけてくると、逃げるようにその場を離れていった。
(なんなんだ……?)
蓮はポカンと口を開け、その後ろ姿を見送っていたが、やがて大きなため息をついた。
「ねぇ。……二人は、付き合ってるの?」
「え? あ、ぁあうん。一応。流れ的にそうだね」
「……そか。ーーたんだ……」
雪之丞がボソリと何かを言った気がしたが、上手く聞き取れなかった。
「どうかしたのか?」
「ううん。なんでもない」
雪之丞はふるりと首を振ると、何処か寂しげに笑った。
「それより、僕らも急いで準備しないと。遅れると凛さんにドヤされるよ」
「あ、あぁうん。そうだね」
どこか寂しげに微笑む彼に疑問を抱きながらも、促されるまま足早にスタジオへと向かう。その間、雪之丞がこちらを振り返ることは無かった。