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「エメリア様、それからエドモント様も。おめでとうございます!」「ありがとう」
波乱の結婚式から一年。王太子エドモントとエメリアはとうとう結婚した。
日中にペジセルノ大聖堂で挙式を終え、今度は王宮で盛大なパーティーが開かれている。
昨年の薄暗い事件を払拭するかのようにパーティーは華やかで、王家とカディオ家の気合いの入れようが半端では無いことが感じられた。
「まさかマルス教皇様とティナーシェ大聖女様のお二人から祝福して頂けるとは、感激の極みだわ」
「嫌味にしか聞こえねぇんだけど」
けっ、と吐き捨てたマルスは、人間に生まれ変わっても相変わらずだ。
――そう、マルスは人間に生まれ変わった。
アルテアが姿を現した時の出来事は、マルスとティナーシェを除いて、周囲にいた人たちの記憶が少々消されている。
ティナーシェがマルスを天使に変え、更に天から現れた神の力によって人に生まれ変わった。
その部分のみが記憶に残っているようで、アルテアとユリセスの関係も、悪魔と天使の関係も、今も誰にも知られていない。
摩訶不思議な現象が起こったというのに誰も問いつめてきたりはしないのはきっと、アルテア様が力を貸してくださっているから。
おかげでティナーシェは悪魔を天使に変えた大聖女として扱われ、マルスは天使の生まれ変わり、神の愛し子として枢機卿よりも上の教皇の位に据えられた。
マルスは民衆から崇められることにふんぞり返るのかと思いきや、「ティナとの時間を無駄にされたくない」「めんどくせぇ」と言い迷惑がっている。
相変わらずの態度なので枢機卿もマルスの扱いに困り果て、最近ではとりあえずそこに居てくれればいいという扱いになっている。
アルテア様をクソババア呼ばわりしていたマルスを、アルテア教のトップに据えるなんて。と思わなくもないが、でも、神の愛し子と言うのは本当だ。
マルスは人になった今でも、男性でありながら桁外れの聖力を扱える。
アルテア様がきっと、愛する我が子の為に残してくれた力だ。
そしてティナーシェにも聖力が戻ってきた。
シルヴィーによって聖力を抑え込まれていた事、それから異性を魅了する力を使っていたのだと、後でマルスから聞いた。
そのシルヴィーはと言うと、彼女は今も地下牢に繋がれ幽閉されている。意味の分からないことをぶつぶつと呟いたかと思えば叫び出し、気が狂れて会話は成り立たないとの事。
時折地下から不気味な声が聞こえてくるものだから、周りは相当怯えている。
マルス曰く、直ぐに処刑されないのは見せしめなのだと言う。
悪魔と契りを交わせば身を滅ぼす。
あの気品に満ちて聖女の手本のような人だったシルヴィーが、悪に心を売ったことで見るも無惨な廃人と化してしまった。反面教師としての役割なのだと。
生きていても地獄、死んでも地獄。
既に天への扉は固く閉ざされてしまったシルヴィーだが、最後の羽根の力は使わなかったので魂を失うことはない。それが本人にとって良かったのかどうかは分からないけれど、地獄で罰を受けた後には魂を洗われるのだそうだから、他の魂達と同様、またゼロから再出発を果たして欲しいと思う。
しばらくエメリア達との会話を楽しんでいると、マルスがティナーシェの腰に腕を回してきた。
「そろそろ疲れてきたんじゃないか? 少し休もう」
「あ、うん。そうだね、ありがとう」
ティナーシェを気遣うマルスの言動に、エメリアがニヤニヤとしながらエドモントと顔を見合せている。
「やだわぁ、人の結婚式で見せ付けてきちゃって。ティナーシェは今、妊娠しているのよ」
「そうでしたか! おめでとうございます。こんな所で長く立ち話をさせてしまい申し訳なかった。休憩室も多数用意してありますので、どうぞご自由にお使い下さい」
「お心遣いに感謝致します。それではお言葉に甘えさせて頂いて、失礼します」
まだそんなにお腹は膨らんできてはいないものの、初めての妊娠と急激な体の変化に心がついていけてない。
それにこの立場に就いてから重鎮と呼ばれる人達を相手にすることも多く気疲れも半端じゃない。
まぁ、マルスは猫かぶりモードでやり過ごしてくれるから、何とかなっているんだけど。
ふぅっ、と息をついて休憩室のソファに座ると、マルスがベリージュースを持ってきてくれた。甘酸っぱくて、妊娠してからというものよく飲んでいる。
「エメリア様とエドモント様の結婚式が、今度は無事に済んで良かったわ。パーティードレスをどれにするのか凄く迷われていたけど、やっぱりエメリア様は深紅のドレスよね。素敵だったなぁ」
「そう言えばあいつ、去年の結婚式では黒いドレスで参列しようとしていたんだっけ?」
「そうそう! ふふっ、エメリア様らしいわよね」
あれからもう一年も経つなんて信じられない。全てが目まぐるしく変わって、今ではマルスと夫婦になっただなんて。
「……2枚目の羽根」
「ん?」
「2枚目の羽根を使うと、契約した悪魔の奴隷になるって言っていたでしょ? 今回みたいに、契約した悪魔が途中で天使になったりしたらどうなるのかなって」
「あぁ、そういうことも稀にあるな。そういう場合は殺生有りの奴隷の取り合い。悪魔だからな」
「兄弟なのに?」
「兄弟っつっても、人間の兄弟とはまた違うからなぁ。感覚が全然違う」
「そっか……そうよね」
同じ親から生まれた者同士で番になるのだから、人間で言ったら近親婚だ。
でもそこは神の世界。人智を超えた、全く別の世界なのだろう。
部屋に飾られている天使が描かれた絵画。
ふわふわの雲の上で、真っ白な翼を生やした二人の天使が寄り添いながら座っている。
内緒話でもしてるみたいに、頬を寄せ合いながら。
あ……!
ぼんやりと見つめながら、ティナーシェは今更なことに気がついた。
「天使が必ず二人なのって、番だからなんだ……」
大聖堂に飾られている天使の彫刻も、レリーフも、壁画も、全て必ず二人セット。
人間が番制度を知るはずもないのに。
もしかしたら天国でイチャイチャしている天使を見た記憶でも、魂のどこかに残っているのかもしれない。
そんなことを考えると、じんわりと胸が熱くなる。
「答えはすぐそこにある。ってな。大体、あいつが俺に口止めなんてしてなきゃ、さっさと問題解決だったんだよなぁ」
「もう、あいつなんて言って」
真の番になれば天使になるという事実を話そうとすると、声が出なくなっていたらしい。
アルテア様のあの感じからするときっと、コロコロと笑いながら見ていたに違いない。
隣に座ってベリージュースを飲んでいるマルスに、ティナーシェは勇気を出して声をかけた。
「ねえマルス、ひとつ聞いていい?」
「なに」
マルスが人間になってからずっと、気になっていた。けど、聞けなかったこと。
喉元まで不安がおしよせてきて、声が震える。
「番でなくなってしまった今も、マルスは私を好き?」
人間になってからのマルスには沢山甘やかして貰っているし、愛されてるって思う。実際に何度も口にして貰っている。
それでも、番という強固な絆があったからこそ、マルスはティナーシェに惹かれていたんじゃないかと、時々不安に思うことがある。
キョトンとして目を見開いたマルス。
次の瞬間には、目の前に火花が散った。
「ぃったーい!! 何するのよ?!」
指でおデコをピンッと弾かれたティナーシェは、涙目になりながらマルスを睨むと「バーカ」と返された。
「お前は相変わらずの馬鹿だな」
「馬鹿って何よ! ……だって、マルスが後悔しているんじゃなかって不安になるんだもん。無理してるんじゃないかって……。それをまた馬鹿呼ばわりするなんて」
ティナーシェの体を引き寄せたマルスは、デコピンしたその額に、自分の額をコツンとぶつけた。
「加えて、相変わらずのクソ真面目。どうしたら伝わる? どうしたら信じられる」
「どうしたらって言われても」
「よしっ、ならこうするか」
ソファから立ち上がったマルスは、窓の外側へ話しかけるようにして天を仰いだ。
「おーい、聞こえてるか、クソババア。今から俺が嘘を言っていたら、真上に雷落としてくれ」
それだけ言い終えると、今度はティナーシェの手を取り跪いた。
「我、天と光の神アルテアと地と闇の神ユリセスの子マルスは、ティナーシェ・アルチュセールを嘘偽りなく心から愛していると万物を創造した神々に誓う」
「……」
「……」
パーティー会場から、微かに聞こえてくる楽器の音色と話し声。2人の息遣いがハッキリと聞き取れるほどの静けさ。
「ほらな、何にも起きないだろ?」
ニィっと口角を上げたマルスは、おでこにかかったティナーシェの青い髪をかきあげて口付けた。
「不安になったらいくらでも神に誓ってやる」
「ううん、もう必要ない。ほんと、マルスの言う通り」
マルスは出会ってから一度も、私には嘘をついていない。
あの時信じるんだって決めたのに。
これからはちゃんとマルスを信じるよ。
「私が大馬鹿者でした」
重ねられた唇からは、さっきまで飲んでいたベリーの甘酸っぱい香りと、頬を伝う涙でほんの少しだけ塩辛い味がした。
おわり