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花月夜れん
2,251
世羅 鈴🎨🎤
269,850
ひより
5,242
#主人公最強
伊織
41
「本日の実習は――『魔獣狩猟大会』だ」
教師の声が、初夏の森に響いた。
「制限時間内に魔獣を捕獲せよ。希少性と能力に応じて加点する。捕獲した魔獣は、使い魔として飼育してもいいし、他者への譲渡も可能だ」
(はい来た、学園モノ定番のイベント回!)
学院の敷地に広がる巨大な森。その入口に設けられたテントで、私はのんびり椅子に腰掛けていた。
(魔力ゼロの私は当然見学。肉食魔獣のおやつになんてなりたくないもの)
(さて。推しの勇姿を、じっくり拝ませてもらおうかしら♡)
「ビビお姉さま」
「ん?」
狩猟用ブーツに履き替えたフローラが、私の袖をきゅっと掴んだ。
「私……おそばにいたい気持ちを抑えて、行ってきます!お姉さまにぴったりの、最高に愛らしい子を見つけてきますねっ!」
(推しが健気すぎて尊いわ……!)
「行ってらっしゃい。怪我だけはしないでね!」
「はいっ♡」
「それは僕の役目じゃないかな?」
眩しい笑顔とともに、レオンが割って入ってきた。
「バイオレッタには、もっと気品があって実用的な魔獣が似合うよ」
さらりと髪をかき上げる。
「僕のセンスを信じて待ってて?」
さらに――。
「……俺が用意する」
「うわっ!?」
振り返ると、アレクが立っていた。
(出たわね、圧の塊)
「バイオレッタ」
「な、何よ?」
真顔で告げられる。
「待っていろ。……最強の個体を捕らえてくる」
(いやいや、魔力ゼロの私に最強の肉食魔獣なんて、一瞬でおやつにされるわよ!)
(普通でいいの、普通で!)
開始の合図が鳴った。三人は競うように森へ飛び込んでいった。
***
(ビビお姉さまにふさわしい子……)
フローラは植物を介し、精霊魔法で魔獣たちの気配を探っていた。
「……きゅう……」
「?」
草むらから、かすかな鳴き声がする。そっと葉をかき分けた。
「あっ……!」
そこにいたのは――。白くてふわふわ。手のひらに乗りそうなほど小さな身体に、小さな翼。希少種『ピボット』の子どもだった。
「きゅ……」
身体は小刻みに震え、片方の翼には傷がある。少し離れた場所には、動かなくなった親らしき個体。
「……可哀想に」
フローラの表情が曇った。しゃがみ込み、小さな翼へ手をかざす。緑の光が傷を包み、さらに植物の繊維を編んで柔らかな包帯を巻いた。
「これでもう大丈夫ですよ」
「…………」
ピボットはしばらくフローラを見つめ――。
──すりっ。
小さな頬を、指先へ寄せた。
「……ふふ」
フローラが優しく微笑む。
「一緒に行きましょう!」
***
「ビビお姉さまーっ!」
一番乗りで戻ってきたのは、フローラだった。
「おかえりなさい! 早かったわね――って」
その両手に乗ったもふもふを見た途端。
「可愛い!!」
「きゅっ?」
小さな魔獣が首を傾げる。
「この子、森で怪我をしていたんです」
「まあ……」
手を伸ばすと。ぴょんっ!
「えっ?」
ピボットは私の肩へ飛び乗り――。すりすり。頬へ甘えるように身体を擦り寄せてきた。
「きゅいっ」
(何この生き物)
(可愛すぎるんだけど!!)
フローラの瞳が輝く。
「お姉さまに完全に懐いてますっ!」
「そうかしら……?」
「はい! きっとこの子には、お姉さまの愛とぬくもりが必要だったんですねっ!」
(推しが見つけてくれたもふもふが、私を選んでくれた……)
(何これ。運命?)
その時。
「ふーん」
聞き覚えのある声。
「それが特待生ちゃんの見つけてきた一匹?」
「レオン?」
振り返る。
「…………わあ」
そこにいたのは――。純白の身体。虹色に輝く一本角。そして背中には、大きな銀色の翼。ユニコーンの希少種――『プリズム』だ。
「この子は長距離飛行もできるし、知能も高い。手紙やちょっとした荷物も運べるよ」
「す、すごいわね……神話から抜け出してきたみたい」
「僕も同じプリズム種の『ソル』を使い魔にしてるけど、すごく賢い子だよ」
レオンが得意げに微笑む。
「だから君にも、同じ種がいいと思ってね」
(なるほど)
(自分で使って便利だったから、私にもってことね)
そして、ちらりと私を見る。
「実用的だし――君の紫の瞳にもよく似合う」
(最後は結局それ?!)
その直後。ドォォォォン!!
「今度は何!?」
地面が大きく揺れた。木々の向こうから現れたのは――。アレク。そして──。
「グルルルル……」
漆黒の鱗。鋭い角。巨大な牙。見るからに凶暴そうな、若い黒竜だ。
「……お前のために、森で最強の個体を捕らえた」
手綱を持つアレクが誇らしげに告げる。
「これをやる。お前を守る盾にしろ」
「…………」
絶句した。
(いらないわよ!!)
(盾になる前に私が食べられちゃうでしょ! セキュリティ対策の限度を超えてるわよ!!)
「あはは」
レオンが呆れたように肩をすくめた。
「そんな物騒な猛獣、バイオレッタが扱えるわけないじゃん?」
「貴様の魔獣など不要だ」
(また始まった……)
「ビビお姉さま」
フローラが私の袖を引いた。
「お姉さまは……どの子を手元に置きたいですか?」
「え?」
三人の視線が、一斉に私へ集まる。最強の漆黒の竜。宝石のように美しく、便利なプリズム。そして――。
「きゅ……」
私の首筋に身体を寄せている、傷ついた小さな命。迷う余地なんて、最初からなかった。
「……決まってるわ」
肩の上のふわふわの頭を優しく撫でた。
「――この子にするわ」
「…………」
アレクとレオンが同時に固まった。
「本気なの?」
「ええ」
「プリズムなら空も飛べるよ?」
「知ってるわ」
「黒竜なら、お前を守れる」
「それも分かってる」
けれど、私は首を振った。
「私は、この子がいいの」
「……なぜだ?」
アレクが、心底理解できないといった顔で尋ねる。
「だって――」
指先を差し出す。ピボットが、嬉しそうに頬を擦りつけてきた。
「この子が、私を選んでくれた気がするから」
「きゅいっ!」
胸を張って、誇らしげに鳴くもふもふ。
「……っ!」
隣で、フローラの顔がぱあっと輝いた。
「さすがビビお姉さまですっ!!」
「…………」
二人は、そろって無言になった。
(……なんでそんなにショック受けてるのよ?)
***
「そうだ」
レオンが、ふと思い出したように懐へ手を入れた。
「この子を連れて歩くなら、これを使うといいよ」
「これは……?」
手渡されたのは、繊細なプラチナの鎖に宝石が埋め込まれた、ブレスレットだった。
「『魔獣収納具(ケージ)』。魔獣を一時的に中で休ませて、気軽に連れて歩けるんだ」
「それは、すごく便利ね!」
「王室特注品だからね。性能は保証するよ」
「ありがとう! 助かるわ!」
「どういたしまして」
私は肩の上のピボットを見る。
「そういえば、名前を決めなくちゃね」
「きゅきゅっ!」
ピボットが肩の上で、くるくると回り始めた。
「あっ」
フローラが手を叩く。
「『ルピ』なんてどうでしょう?」
「ルピ?」
「くるくる回って遊ぶ姿が、ぴったりな気がします!」
(ループみたいだから“ルピ”ってことかしら? 可愛い!)
私は小さな身体を抱き上げた。
「今日からあなたは、ルピよ」
「きゅいーーっ!」
***
大会の結果は――。黒竜を捕らえたアレクと、プリズムを捕らえたレオンが同率一位。そしてフローラも、負傷した希少種ピボットを保護した功績を評価され、二位となった。
(さすが私の推し!! メダル姿まで神々しいわ!)
フローラへ思いきり拍手を送る。一方、一位の男二人は――。
「……同率か」
「君と一緒って、ちょっと納得いかないなあ」
揃ってそっぽを向いていた。
(仲良く一位なんだから喜びなさいよ!)
***
表彰式のあと。学院の中庭で、フローラがルピの翼へ手をかざした。緑の光が、傷を優しく包む。そして包帯を巻き直した。
「すごいわね、フローラ」
「えへへ。すぐにまた元気に飛べるようになりますよ!」
「よかったわね、ルピ」
ふわふわの頭を撫でていると、フローラが少しだけ表情を曇らせた。
「私の精霊魔法は、すでに失われてしまった命までは戻せません。それに、自分自身には使えないんです」
仮面舞踏会の夜を、ふと思い出す。あの時、フローラは手を怪我したままだった。
(そういうことだったのね……)
***
少し離れた、鬱蒼とした木陰。
「…………」
アレクは腕を組み、バイオレッタたちを眺めていた。
「ルピ! あんまり遠くに行っちゃ駄目よ~」
バイオレッタの声がする。蝶を追いかけていたもふもふが、こちらへ近づいてくる。そして。
「…………!」
目が合った。
「きゅ……っ」
ルピの小さな身体が、硬直する。
(……俺には懐かないだろうな)
この身の魔力は、壊し、焼き尽くすことに特化している。魔力に敏感な魔獣には、なおさら恐怖を与えるのだろう。
「……怖いか」
「きゅう……」
アレクは、その場へゆっくり膝をついた。
「……案ずるな。お前を傷つけるつもりはない」
意識して、身体の奥に渦巻く魔力を抑え込む。パチッ。指先から漏れた赤黒い火花が――。すうっと消えた。
「…………」
ルピが、おそるおそる顔を上げる。一歩。また一歩。そして――。すりっ。
「……!」
頬が、アレクの指先へ触れた。
「きゅい」
「…………そうか」
険しかった表情が、ほんのわずかに緩む。
「お前が、バイオレッタを選んだのだな」
「きゅっ」
「それなら――」
怖がらせないように、そっと小さな頭を撫でる。
「……悪いが、少しだけ付き合え」
「きゅ?」
アレクは腰の短剣を抜き、左手へ刃先をそっと触れさせた。次の瞬間――。ぽうっ。指先に、小さな赤い光が灯る。
「お前の主は、バイオレッタのままでいい」
「きゅう……?」
不安そうに見上げるルピを前に、アレクは赤く光る指先をゆっくりと動かした。空中に、黒い紋様が描かれていく。円を描いた術式はそのまま地面へ降り、ルピの足元を静かに囲んだ。
「彼女に危険が迫った時だけ――守る手助けをしろ」
ルピが小さく耳を伏せる。
「代償は、すべて俺が払う」
ぱちっ。黒い術式が一瞬だけ輝く。ルピの小さな足元と、アレクの左手に、同じ紋様が淡く浮かび――すぐに消えた。
「ルピー? どこへ行ったのー?」
遠くから、バイオレッタの声がした。
「きゅいっ!」
魔法陣が消えると、ルピは彼女のもとへ駆けていった。
「いたいた! 勝手に遠くまで行っちゃ駄目よ?」
「きゅい」
ルピを抱き上げ、幸せそうに笑うバイオレッタ。アレクは木陰から、その姿を見つめた。
「……守れるなら、それでいい」
初夏の風が、吹き抜ける。この時――。アレクがルピに何を施したのか。バイオレッタは、まだ何も知らなかった。